光の旅人と暗黒の魔女


守れなかった。

守りたかった。

もう幸せな日々は戻らないーーー。





「莉亜っ!しっかりするんだ!」

「魔力が切れています…!」

『はぁ…はぁ…、』

ジュダルとの戦闘で魔力切れをした莉亜はベッドで医者の治療を受けていた。しかし莉亜の体調は一向に良くならなかった。医者やヤムライハでさえ、何が原因なのかわからない。莉亜は窮地に立たされている。

「手は尽くしましたが…あとはご本人の気力次第になってしまいます王様。」

「そんな…、」

シンドバッドは何も出来ない無力さを噛み締めた。自分を守って苦しんでいる莉亜をどうすることも出来ないなんて。そう思ったのだ。

「莉亜、頑張ってくれ…っ、」

莉亜の手を握り締め、縋るようにシンドバッドは祈る。どうか無事でいてほしいと。

***

暗闇で誰かが泣いている。

「守りたかった。」

「守れなかった。」

「あの頃がもう一度来てほしい。」

「皆で笑いあったあの日々が、」

「愛おしくてたまらないんだ。」

何を守りたかったの?

誰を守りたかったの?

「大切な友人であり、」

「大切な家族。」

何から守れなかったの?

どうしては守れなかったの?

「誰もが求め続ける理想から。」

「俺が弱かったから。」

そうだ、弱かったんだ。誰かを傷つける勇気なんてなくて、怖くて、足がすくんで、進めなくて、立ち止まってしまった。



ただ守る力が欲しかった。

「強くありたかった。」

愛おしくて、

「尊くて、」

誰よりも大切な、

「×××ーーー、」


「『ごめんーーー。』」

守れなくて、ごめんねーーー。


「君まで泣いていてはいけないよ。莉亜。」

貴方は誰…?

「君を連れ戻しに来たんだ。」

私をーーー?

「"彼"と同化してはいけない。」

「君は"彼"だけど、"彼"じゃない。」

「今生きているのは市瀬莉亜だよ。」

「君の目的は何?」

私は、シンドバッドさんに恩返しを…、

「やっぱり、見失っているんだね。」

「彼の力に引き寄せられている。」

「莉亜、本当に君はそれでいいのかい?いや、今は止そう。さぁ、戻ろう、君があるべき場所へ。」

でも…まだ泣いてる。"あの人"が泣いていると心が痛い。

「大丈夫、また会えるから。今は心配をしている人達を安心させてあげなさい。」

たくさんのルフが、道を作る。それは光へと導いてくれた。今度"彼"に会うときは、笑顔が見たいなぁ。


「莉亜…っ、」

『……ん、王…様…?』

重たい瞼を開ければ、八人将の皆が心配そうな表情をして私の顔を覗き込んでいた。私は意識が覚醒し、ガバァと上半身を起き上がらせる。

『あ、あれ…!?私は一体…、』

「ジュダルとの戦闘で魔力が切れていたんだ。瀕死だった莉亜を助けたのはこいつ…ユナンだ。」

王様の隣にいたのはまるで絹糸のような綺麗な髪を緩く三つ編みにした緑の帽子を被っている優しそうなお兄さんだった。

『あ…、夢の…、』

「はじめまして、莉亜。僕はユナン、旅人さ。」

『はっはじめまして!莉亜と申します!この度は助けていただいてありがとうございました!』

「偶然通りかかっただけだよ。気にしないで。」

にこりと笑うユナンさんは、とても温かい感じがした。それに、ユナンの周りのルフは、とてもユナンさんが大好きなのだとわかった。

「この後はどうするんだユナン。」

「そうだね、せっかくだからこの国に少し滞在するよ。いいかい?」

「もちろんだ。なら緑射塔に泊まるか?」

「………いや、王宮の外で泊まるよ。ありがとうシンドバッド。」

「………ああ、この国を出て行くときは一言言ってくれよ。」

「もちろんだよ。」

なんだろうか、少しユナンさんと王様の様子がおかしい。私の考えすぎだろうか。

「莉亜、今はゆっくり休んでくれ。また来るよ。」

『はい。ご迷惑おかけしました。ありがとうございます。』

「礼を言うのはこっちだ。守ってくれてありがとう莉亜。」

『はっはい!!』

微微たる力しか持ってないけれど、王様を守れてよかった。王様と八人将は部屋を出て行ったが、ユナンさんはこの場に残った。どうしたのだろうか。

「莉亜は噂通りとても綺麗だね。」

『いえ…噂は色々な誤解が…、』

「そんなことはないさ。僕はとても綺麗だと思うよ。」

『あ、ありがとうございます。』

なんだかユナンさんに褒められると照れてしまう。頬が熱くなるのを感じた。

「君はどうしてシンドリアにいるの?」

『王様に命を救っていただいたんです。身寄りがないので、シンドリアにおいていただいてます。』

「シンドバッドは命の恩人なんだね。」

『はい。王様には感謝してもしきれません。私が一人で生きていける術を与えてくださいました。』

王様がいなかったら私は今頃のたれ死んでいるところだった。私が今この世界で生きていられるのは王様のおかげだ。

「そう………。莉亜、少しだけ魔法を使ってもいいかい?危害を加えるようなものじゃないから。」

『わかりました。』

ユナンさんは私の返事を聞くと、杖を一振りした。何か変化があると思ったが何も変化がない。ユナンさんは私に何をしたのだろうか。

『<何の魔法をかけたんですか?>』

「<一種の音魔法だよ。今話している声は僕達にしか聞こえない。>」

『<でも、ここには誰も…、>』

「<ここでは、ね。シンドバッドは盗み聞きが趣味だから。>」

『<は、はぁ…。>』

「<今から話すことは莉亜とってとても大事だからよく聞いて。>」

先程の優しい表情からとても真剣な表情をしたユナンさん。思わず私は背筋を伸ばした。

***

「そうですか。やはり現れましたか。」

嬉しそうに魔女は微笑んだ。まるで亡くした我が子を見つけた時のような母の顔で。

「長年待った甲斐があったわね。きっと会えると思っていたわ。」

恍惚とした瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。魔女は煌びやかな椅子から立ち上がり、持っていた杖をトン、と床へつく。

「"彼"、いいえ、"彼女"となったあの者は私の可愛い可愛い旧友。絶望した表情がよく似合うのよ。」

魔女は微笑みを絶やさず、目の前で倒れているジュダルの頬を撫でた。

「大丈夫よジュダル。白は黒へと変わるもの。彼女もそうなるのだから。」

「早く絶望に染まった顔が見たいわ。ねぇ、莉亜ーーー。」