キスの理由

「花莉、これまとめて。」

『はい。』

委員長から書類を受け取り、パソコンに打ち込む。カタカタとキーボードを打つ音が鳴り響く。いつも通りのはずなのに、私の心臓は騒がしかった。

『ああああああ、』

「うるさい。」

『あはは、すみませーん。』

誰のせいだと、という言葉を飲みこみ、素早くデータを打ち込んでパソコンを一旦閉じる。

『まとめ終わりました。』

「ん。」

『私、校内の見回り行ってきます。』

「君さっきも行ったでしょ。何回行くつもり?」

『う"…、行ってきます!』

私は逃げるように応接室を出た。これで見回りは3回目だ。仕方がない、何故ならあの場にいると全然集中できないからだ。何度も何度も先日の出来事を嫌でも思い出してしまう。あの柔らかい感触が忘れられない。あの日、初めて委員長との物理的な距離がなくなった。頬に手を当てられ、そのまま唇が重なった。

『あああああ。』

思い出すたび、顔がポポポと熱くなる。ああもう嫌になる。委員長はいつもとなんら変わらない態度なのに、私だけ意識してしまうなんて。きっと彼は小動物にしたような感覚なのだろう。頭ではわかっているのだが感触が忘れられないのだ。私は変態なのだろうか。

「む、星影ではないか!」

『ああ、笹川君。あれ?部活は?』

「ああ、今日は休部だ。だが体が疼いてな。先程から校内を50周はしている!」

『いや疼きすぎだから!ボクシング場開けて自主練すればいいじゃん!』

「その手があったか!!ならば行くぞ星影!!」

『えええ、なんで私もぉぉぉ。』

ズルズルと笹川君に引きずられ、私は彼とボクシング場へ行く羽目になった。流れるままボクシングのグローブを渡され、身につける。

「お前も何か悩んでいるようだからな!拳をぶつけてスッキリするといい!」

『え、わかるの。』

「なんとなくだ!!」

「雲雀が原因か?」

『なっ、なんでわかったの…ってリボーン君!?なんでここに、』

「おおー!パオパオ老師ー!!!極限に久しぶりだなー!!」

『いやパオパオ老師って…、』

私と笹川君が話している足元に突然ゾウの被り物をしたリボーン君が現れた。完璧に悩みのタネを当てられ、心臓がはねる。何故わかったのだろうか。

「花莉、サンドバッグに悩みをぶつけてみろ。案外スッキリするかもしれねーぞ。」

『えええ、』

「そうだぞ星影!極限にお前の思いをぶつけてみろー!!!」

『じ、じゃあお言葉に甘えて…、』

もうどうにでもなれという気持ちでサンドバッグの前に立つ。静かに息を吐き、拳を構えた。そして全身の力を振り絞って拳をぶつける。

『委員長のっ、バカーーーー!!!』

『なんで、あんなこと、したんですかーーーー!!!』

『私ばっかり意識してーーー!!!』

『恥ずかしいじゃないですかーー!!』

『理由を教えてっ、くださいー!!!』

最後の力を振り絞り、拳をぶつけた。思いのほかサンドバッグが揺れていなくて自分のよわよわパンチに笑いそうになった。

「星影、極限にいい拳だったぞ!だが、お前に悪い知らせだ!!本人が来たぞ!!!」

その言葉で、ピタリと時間が止まったような気がした。ギギギ、と首を入り口の方へ向ければ、とても不機嫌な委員長が立っていた。

『ひっ!!!!リボーン君!!わかってたでしょ!!!』

「なんのことやら、私はパオパオ老師ですぞ。」

『裏切り者!』

笹川君は委員長に絡みに行ったが、リボーン君に引きずられて出て行ってしまった。待って、今私を委員長と2人きりにしないで。確実に咬み殺される。

「へぇ、サボって群れてるなんていい度胸じゃないか。余程咬み殺されたいらしい。」

『…っ、』

トンファーを構えてゆっくり近づいてくる委員長から逃げるように後ずさる。しかし絶対に逃げられないことはわかっているので私は勢いよく土下座をした。

『すいませんでしたぁあ!!!』

「許すと思うかい?」

『サボっていたのはすみません!!でもっ、委員長も悪いんですよ!?』

「僕の何が悪いのか言ってごらん。」

『だ、だって、あの時、き、ききききすするから…!!初めてだったのに!』

ついに言ってしまった。いや、でも私だけが悪いわけではない。同意も得ずキスをした委員長も悪い!と開き直った。一体どんな言葉が返ってくるのだろうかと純粋に気になった。

「……意識して仕事ができないの?」

『そうですよ!!誰だってあんなことされたら意識しちゃいますよ!!委員長は小動物にしたような感じかもしれませんがっ、私は…っ、』

ああ、なんかもういっぱいいっぱいで涙が出てきた。悲しいのやら怒りたいのやら。こんなことで泣くつもりなんてないのに勝手に涙が出てくる。

「フッ…、」

『なぁっ!?笑いましたね今!酷い!』

「何も泣くことはないでしょ。」

委員長はしゃがんで私の涙を拭う。その指先は壊れ物を扱うように優しかった。

『すみません、でも私だって幼気な乙女なんですよ。』

「本当に君は阿呆だね。僕だって別に小動物にしたつもりはないよ。」

『……………え?』

「ほら、早くそれ外して戻るよ。まだ書類溜まってるんだから。」

『委員長、今のどういう意味ですか!?委員長〜〜〜っ!』

ボクシング場からスタスタと出る雲雀を花莉は急いで追いかけた。ほんの少しずつ、2人の関係は変わりつつあるのだった。