本当の君はどこ

最低最悪。自分への嫌悪感が溢れて止まらない。白蘭さんにいいようにされて気を失うなんて。たぶん、最後まではされてないと思う。目を覚ましたらちゃんと脱がされたものを全部着ていたが、彼が着せてくれたのかと思うと恥ずかしくて頭を壁に打ち付けたくなった。すぐにお風呂に入って汚れた体を洗い流し、触られたところをごしごしと擦る。まだ触れられた感覚が消えなくて気持ち悪い。そのうち涙が出てきて止まらなくなった。きっとこのままじゃ彼に…。それだけは絶対に嫌。

『逃げなきゃ。』

もう思ったのは初めてだった。今までどうせ逃げられないと諦めていた。やらずに後悔よりやって後悔がいいに決まってる。私はシャワーを止めて、髪を乾かして隊服に着替えた。しっかりワイシャツに風紀の腕章をつけ、上着を着る。ポケットからペアリングだけを出して首にかけた。自分のできることをやろう。あの人に屈してばかりじゃいられないんだ。

『よし、』

私は自分の頬を叩き、ドアの前に立った。正直ここが開かなければ何も始まらない。私はそっとドアに触れる。すると自動ドアのようにあっさりとドアは開いた。あたりを見回しても人はいない。真っ白な廊下が続くだけだ。部屋から出るとドアはすぐに閉じて消えてしまった。

『え、消え、』

そういえば誰もこの部屋を知らないと言っていた。こうやって隠しているのだろうか。いや考えている暇はない。とにかく進もう。私は慎重に隠れながら廊下を突き進んだ。どうにか隠れながらやり過ごしたが、ついにばったりと人に会ってしまった。

『あ…、』

「なんだ貴様、どこの部隊の奴だ。」

『っ本日から配属されました!ヴェネレと申します!よ、よかった…!道に迷ってしまいまして…!』

「何?今日からだと…?そんな話聞いておらんが…、」

『そ、そうですか!しかし白蘭様からお聞きした通りでした!頼りになる上司だからよく言うことを聞くようにと言われています!』

嘘八百。これが通用するとはとてもじゃないが思えない。でも今はこんな嘘に頼るしかないのだ。私と同じ色の隊服を身に纏うその男性は眉間にしわを寄せて私をジッと見ている。

「びゃ、白蘭様がそんなことを仰っていたのか?」

『!…はい!信念があり、とても強く期待していると!』

「そうかそうか、ヴェネレと言ったな。今日からよろしく頼むぞ。」

『はい!』

どうにか騙せたようだ。単純な人で良かったと心の底から思った。咄嗟に母の名前を使ってしまったが、大丈夫のようだ。私は騙した彼の後ろをついていき、しばらくはどうにかやり過ごした。色々なところに振り回されたが、着実に下の階へと足を進めている。これならうまくいきそうだ。

「おお、任務から戻ってたのか。」

「お疲れ様です。今戻ってきたところです。…その女は?」

この上司の部下にあたるものに会った。どうやら今任務から戻ってきたようだ。なんだか怪訝な顔をして私を見ている。

「ああ、今日から配属されたヴェネレだ。お前の部下にあたるからよくしてやれ。」

「今日から配属…?そんなはずありません!配属される人材は必ず私を通してから配属されます。そんな女データベースにはありませんでした!」

「なに…?」

『っ、』

ついにバレてしまった。私は一歩後ずさり、その場から逃げた。待て!と制止の声が聞こえたが、一心不乱に走る。どうしよう、どうしたら。バレてしまった後のことなんて考えていなかった。とにかく今は身を隠すしかない。逃げている途中で入ることのできる部屋があったので、すぐにその部屋に入った。バタバタと走る音が遠ざかり、ホッと息をつく。

「何者ですか。」

『っ、』

凛とした、女の子の声が聞こえた。今いる部屋を見れば、やけに広いことに気づく。部屋の奥には大きな椅子があり、そこにちょこんと女の子が座っていた。彼女も私と同じ白い隊服をきている。

『あ、あの、道に迷っちゃって、』

「すぐに出ていきなさい。」

『す、少しだけここにいさせてください。お願いします。』

「………。」

無言は肯定と捉えてもいいのだろうか。私はそっと部屋の奥は進み、彼女の前に立った。いくつくらいなのだろうか。見たところ小学生…いや、もう少し上?ここにいるということはこんな幼い子までマフィアだということだ。

『…、』

どうして彼女の目を見ると悲しくなるのだろう。彼女の目は空っぽで心が感じられない。彼女自身の意思を何も感じることができないのだ。

『どうして、ここにいるの?』

「私は白蘭様のために存在します。」

人形のような話し方、冷たい表情、虚ろな瞳。まだ会ったばかりなのに、私は本当のこの子を探している。どうして。初めて会ったのに、ずっと前に会った気がしてしまうの。懐かしくて、他人とは思えない。そう思ったらもう体が動いていた。彼女の前にしゃがみ、小さな手にそっと触れた。すると全身に電流が駆け巡るような感覚に陥る。

「『!!』」

直後、頭に何か流れ込んできた。声だ。誰かが悲鳴をあげる声。怒鳴る声。嘲笑う声。懇願する声。それが一気に流れ込んで、涙が溢れた。

やめて、私の中に入ってこないで。額が割れるように痛い。痛い痛い痛い痛い−−−!!

『あぁあぁああああああ!!!』

私の叫び声だけが、空虚な部屋に鳴り響いた。