ニック
デッドマンズボイスでの誤解からの拷問
仲間に引き入れても拷問の興奮が垣間見えてしまうニックボス
愛で方を学んだ冥主
お互い仕事が忙しくてニックにはもう何日も構わなかったのにヴィトとは時間作ってて怒ったニックの話
ファミリーの中で一番信頼を置いている人間を聞かれてまず第一に浮かぶ顔は、普段からうんざりするほど何事も正確すぎる執事でも、毎食揺るがない美味しさを届けてくれる情報収集が上手い料理人でもない。捜査官の真面目で心優しい彼でもなく、存在理由を探していた幼気な彼でも、楽しそうに私に似合うとあの紅を選んでくれ、今目の前でこの質問をぶつけてきた彼女の顔も一番には浮かんでこない。
私が一番信頼を置いている人間と聞かれて第一に浮かぶ顔。
「」
それは天井から釣り上げた私をムッとした顔で睨みつけるこの目の前の飼い犬だと思う。
{emj_ip_0615}捏造注意{emj_ip_0615}
あの満月の夜にこのファミリーのボスへと就任してようやく物事が進展したかのように思えたが、それは全くのお門違いであり、現実には元ファーザーである父を殺した犯人も就任式に敵対組織の刺客を入り込ませた人物も、まだ何一つ判明も解決もしていない。就任式から数ヶ月。ボスとしての働きを覚え、人々の上に立つ者としての意識が本格的に身についてきたこの頃、私は進展することなく身の回りについてまわる未解決の問題に煮え切らぬ思いを抱いていた。
「デッドマンズボイスの流通経路についてだけど、やっぱりダメだった」
小腹がすく昼下がりに食欲をそそるカルボナーラを持ってきたブライトは同時に喉の通りが悪くなりそうな情報も運んできた。軽やかな音を立て、テーブルに置かれたカルボナーラはいつ見ても美味しそうだが今回限り、私の意識は料理人の口から出た言葉に釘付けだった。
「……今回も進展は厳しそう?」
「前回と同じだね。取引されてる場所はもう、とうの昔にわれてるのに売人が見つからない」
もどかしい。中途半端なヒントに踊らされているこの状況に脳内がジリジリと焦げるような感覚に占められる。いつものように集めた情報が記された報告書を何枚か受け取り食い入るようにそれを見た。
あの薬は売人から直接購入者に手渡されることはないようで、いつも知らぬ間に隠された薬を薬漬けになった購入者が探し出してそれを貪っているらしい。金銭の取引はどこで行われているのか、いつ取引の約束がなされているのか。これらのことは未だ分かっていない。ニックが前に薬を購入したであろう人間から何か情報が得られるのではないかと拷問したことがあったらしいが、その時も大した情報は得られなかったようだった。
どうして何も見つからない。
何度情報を聞いても資料を眺めても気持ちだけが焦ってばかりで解決の糸口はどこにも見当たらない。それどころか探していくうちに自分が今、どこに向かっているのかすら分からなくなってくる。
(早く解決しないといけないのに、)
「ボス」
手の甲に触れる熱に意識が目の前の彼に戻る。握り締めた手のひらから抜き取られ、皺が付いた資料をテーブルに置いたブライトが困ったように笑う。
「ほら、俺のパスタ早く食べて」
自分が焦り過ぎていることは重々分かっている。慕ってくれる皆がそれをあまり快く思っていないことも。それでも。
「……うん。いただきます」
綻ぶように彼が目を細める。問題に執着する私は危なかしいように見えているのだろうか。それとも力のない小娘ががむしゃらに追いかける姿は力ある彼らから見れば滑稽に映るのだろうか。そんな風に見られたってもう止まれない。
私はこのファミリーのボスになったのだから。
ブライトの作ったカルボナーラを食べる私の視線の先には、今はフォークを握らされている手に先ほどまで握られていたあの資料しかなかった。
ブライトが持ってきてくれる情報には薬の売人については曖昧にのみ記載されているが、いつ購入者が薬を手に入れたかは載っている。密売が行われている現場では金銭のやり取りは行われていないことも毎回の資料に書かれている。購入者が誰から買っているか分からず取引が行われていることは以前ニックの拷問によって情報を得た。売人は購入者に正体がばれないように取引を行なっていることまでは分かったが、そこで目の前に塞がる問題は『どうやって存在を明かさずに購入者と密売の約束を取り付けているのか』である。連絡先も何も知らぬ相手とどうすれば確実に取引を行えるのか。分からない。まるで亡霊の後を追っているようで答えの出そうにないものを探しているような気持ちになり、衝動のまま髪を掻き乱した。パンクして重くなった頭をそのまま重力に任せ、デスクに突っ伏す。
「もうどうすれば良いの……」
「ボス、そのように怠けているということは当然、午前の職務はもう既に済ませているということでよろしいでしょうか」
背後から飛んできた冷ややかな声に反射的に身体を起こす。声の方へ勢いよく振り返ればいつも以上にうんざりとした表情をした執事が私を見下している。これは空気で分かる。ここで返答を間違えようものなら午後の職務はお説教で潰れ、こなされなかった仕事は次の日に持ち越されてただでさえハードなスケジュールが更に厳しいものになると。冷や汗をかきながら重かった頭で何とか返答を絞り出す。
「もちろん、仕事は終わってる、ボスだから、ちゃんと責任もって仕事は終わらせるって前から決めてたから、」
「歯切れが良くないのが些か気になりますが、ボスとしての自覚がきちんとあるようで何よりです。そんな意識の高い貴女には勿論、午後の職務もありますよ」
目の前に鈍い音を立てて山積みの資料が置かれる。午前の比ではないその量に口角がひくりと動いた。そんな驚きを隠せない私を余所に小言が多すぎる執事は淡々と言葉を続ける。
「本日中までにこちらの書類全てに目を通した上でサインをお願いします。目を通した上でですよ、ロクに読みもせずサインなんて意識の高いボスである貴女はしませんよね?」
断定に近い質問が首を縦に動かすこと以外許していないと物語っている。その空気に抗えず圧力に従うままブンブンと首を動かせばサルヴァトーレは満足したかのように頷いた。断れないと言えど、明らかに多すぎる資料の量にげんなりしつつ身体をデスクへと向けて職務に取り掛かる。
「仕事の量、日々増えてってるよね。毎日どこからこんなに探してくるの」
「仕事が増えていくということはその分このファミリーの勢力が強くなっているということを意味します。良い傾向ではありませんか」
そう言われてしまえば「そうだね」としか言えなくなる。けれど日々増える仕事が自分の焦る気持ちを少しでも遮ろうとする目的で増やされていることに本当は気付いていた。他のファミリーから問題の究明が遅れているのは私のせいなんじゃないかって疑心暗鬼の目で見られていることももちろん分かっている。それなのにブライトだけでなく一言どころか二言、三言も多いこの執事もやんわりと妨害をする。けれど自分が目の前に度重なる問題に生き急ぐかのように躍起になっていると分かっているから彼らにやめてとは言えない。
「」
食後にようやく職務を全て終わらせた。
ベッドに潜りながらブライトからもらった今までの報告書を見比べていると取引がある一定の期間を置いて行われていると気付く。
もしかしたら取引現場に行ってみたら何か分かるのではないか、と考え後日、単身で乗り込もうとする。
当日、屋敷から抜け出すところをニックに見つかる
「ボス、こんな朝早くから何処に行くんだ?」
「ち、ちょっとした買い物に」
「買い物になら俺も付き合う、何を買うんだ?」
「いい、大丈夫だから、一人で行けるから」
「冷たいこと言うなよ、俺がボスに似合う服を選んでやるぜ?」
上機嫌な飼い犬に対し、私の顔は段々と蒼くなっていく。何故今このタイミングで会ってしまったの。
ニックはブライトやサルヴァトーレと同じように私を止めるだろう。この犬がデッドマンズボイスに関する問題の早期解決を望んでいることは分かっているが、それと同時に迂闊にあの薬に近付くことを彼が強く嫌がっていることも日々の会話でよく理解している。けれど今日を逃せば次の取引は後日に行われる。もしかしたら私達に勘づいてもう場所を変えてしまうかもしれない。悪い予感ばかりが頭の中で積もってしまったせいで目の前の飼い犬への良い言い訳すら浮かばない。一番信頼している相手を目の前にしているのに、まるで殺人犯から銃口を突きつけられているように頭の中が白でいっぱいになる。言うか。いや、
(言えない、)
丸く収めなくては。そう思っても取引現場に早く行かなくては、という思いが思考を更に乱して正常に働かせてくれない。
ニックが、でも時間が。
信頼とボスとしての業がごちゃまぜになったところで、最後に真っ白になった脳裏に薄らと残ったものは目の前で不思議そうな表情を浮かべている犬ではなくて昨日網膜に焼き付くほど見尽くした取引現場の写真で。私は彼から逃げるように身体の向きを変え、走り出した。
「あっ、おいっ!!ボス、どこ行くんだよ!?」
「着いてこないで!!!」
まともに走ったところで体力と足の長さの差ですぐ追い付かれる。ただ逃げたって捕まるのがオチだと分かっているけれど捕まっていられる状況ではない。
隠れながら逃げてようやく取引現場の廃工場の裏口につく。
どこら辺にあるんだろうと手当り次第に探しているとロッカーの中にこの場に似合わない箱を見つける。
箱を開け、無色透明の液体、薬だと確認し、急いでみんなに教えないとと思ったところで怒っているニックが目の前に現れる。
「こそこそお買い物に行きたがるから何を買うのかと思っていたらまさかこんなもの買いに来てるとはな」
手首を引かれて抵抗すると銃口を向けられる
その顔は就任式の夜に
拷問部屋に吊られる
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