李影
この男は最低だ。
週末になると気まぐれに電話をかけてきては思ってもいないことを言って私をあの騒音と人混みの中に呼び出す。携帯のスピーカーからはボリュームが壊れてるかのような音楽に混じって甲高い女の声が聞こえる。その場所にいる男の言葉なんて聞かなくても嘘だって分かるのに、どうしてもその言葉に耳を傾けてしまう。
「イチゴちゃん、また一緒にカクテル飲もうよ。沢山苺食べさせてあげるよ」
「……行かない。あんなところもう行きたくない」
「そう言って先週も来たよね。イチゴちゃんだってクラブの楽しさ、分かってきたんじゃないの?」
あんなところ、楽しいなんて思わない。スピーカー越しから聞こえる騒音に既に頭は痛いし、記憶の中でちらつくチカチカとした明かりや怪しげな雰囲気は何度通っても慣れそうにない。不快感に眉を顰める。思い出すだけでいい気持ちはしないあの場所のことを考えているところにあの男は更に不快感を与える。
「オレ、ずっとお前に会えなくて寂しかったんだよ。それなのにイチゴちゃんは会いに来てくれないの?」
嘘つき。そんなこと少しも思ってないくせに。
李影はいつもこうして何度も何度も耳を塞ぎたくなるような言葉を私にかける。会いたいなんて感情が少しも滲まない、むしろこちらに拒否なんてさせないような圧力が含んだ言い方をするのだ。耳を塞いで聞くことを拒んでも、この男はその手を薄っぺらい笑みを浮かべながら、その表情からは想像できないような強い力で取り払う。そして空いた耳元に嘘を吹き込んで、私で遊ぶのだ。
言葉通りの感情なんて一切持ち合わせていない、楽しそうな顔をしているんだろう。電話越しにいるあの男の表情がありありと想像できる。それなのに胸の中がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられたような感覚に息が詰まり、行き場を失った呼気が時間差で震えるように吐き出された。それを拾い取ったであろう李影が愉快そうに笑いを零す。
「ほら、イチゴちゃんもオレがいなくて寂しかったでしょ」
「……全然寂しくなんてなかった、むしろ清々した」
「いろんな女の子もいるけど、オレにはお前だけなのに」
あぁ、また掻き乱される。不快感が更に胸に広がり、息苦しさが増す。慈愛が切実な思いなんて一切伝わらないどころか含まれてすらいないのにそれでも言葉を拾ってしまう。鼓膜を震わす否定を許さない声色に反論や強がりの言葉が塞き止められる。
「それなのに会いに来てくれないなら、もうべつな子の所に行っちゃおうかな」
ひやりとしたもので頭が占められる。今だってどうせ隣に私の知らない女の子がいるだろうに。そう思っても突き放されてしまうという恐怖感に身が竦む。
クラブいく
女の気配に嫌気さす
突き放す
逃げる、怯える
捕まる
吸われる
どろどろ
「もう嫌だよ……っ、来ないで、
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