お肉を食べる
ある程度執務を済ませて一切曲がることなくまっすぐに壁へと掛けられた時計に目をやれば丁度小腹が空くような時間だった。朝から机に向かっていたがもうこんな時間とは。自分が想像していた以上に作業に集中していたことに何気なく満足していると、そんな私に気が付いた執事は「昼食にしましょうか」と机の上にまだ残っていた資料を速やかに片付けた。
「昼食は何にいたしましょうか。ご希望がないようでしたらブライトに任せますが」
そう聞かれてぼんやりと色々な料理を思い浮かべてみる。するとどうやら思っていた以上に私の身体は何か食べ物を欲していたらしく、恥ずかしげもなく気の抜けた音がお腹から聞こえた。それをしっかり聞いていたサルヴァトーレはマナーの悪さに目を細める。次に口を開けば長いお小言が飛んでくるんじゃないかと思ったら耐えられず私は咄嗟に彼よりも先に口を開いた。
「久しぶりに外に食べに行く、食べたいものがあるの」
「……そうですか、それでは聞きますが何を食べられに行くつもりですか」
説教の一言目すら言わせてもらえなかったこの小姑よりもねちっこい執事はほんの少し眉間に皺を寄せ、先ほどに比べて明らかに気分が急降下している声色で質問を投げかけた。どうしよう、全く考えてなかった。この際お腹が減っているのだから何か食べれるならどこでも良い。けれど行く先にサルヴァトーレまでついて来たら絶対にあの言葉にならずに終わったお小言が今度こそ吐き出される。食事の時までそんなものは聞きたくない、ご飯は美味しくいただきたいものだ。
「えっと、そうね、食べたいものは決まっているのだけど、どこの店にしようか悩んでるの」
「それなら私も一緒に考えましょう」
「………大丈夫よ。子供じゃないんだから一人で決めれる。でももう少し考えたいから出掛けながら決めるわ」
「駄目です。ボスという立場の貴女が一人で出歩くなんて危険です。私も一緒に行きます」
中々にしぶとい。流石ボスの執事なだけあると鬱陶しさが一周回って関心してしまったが絶体絶命なのは何一つ変わらない。寧ろ更に悪化したくらいだ。返事に渋り「えっと、あのね」と歯切れの悪い、意味のない言葉を続けているとそれを遮るように勢いよく部屋の扉が開かれた。
「ボース、一緒に昼飯食おう……ってなんでクソ執事までいるんだよ」
語尾にハートマークでも付きそうなほどご機嫌だった番犬は私が今一番対処に困っている存在を目にしてあからさまなまでに機嫌が悪くなった。このテンションの落ち具合、さっきも見たような。執事に今にも噛みつきそうなニックを見ながらぼんやり茶番めいたことを考えたが、絶好のチャンスに私は急いで思考を切り替えた。もう今しかない。
「ねぇ、ニック」
「なんだよ、今こいつにボスが誰のボスってことをなぁ、」
未だに機嫌の直らない番犬に私はわざとらしくにこりと笑みを作り、彼の手を取った。
「デート、しましょ」
「デートだなんて言うからこんな明るい時間からボスったら大胆、なんて思ってたのにまさか色気より食い気だなんっ、い゙っっっ、」
向かい合って食事をとっているテーブルの下で躾のなっていない犬の足をヒールで思い切り踏む。女性にそんな無神経なことを言うからだ。目の前の見た目だけでなく、実際に口に入れても美味しいステーキを口に運びながらジトリと向かい合っている犬を見ればナイフとフォークを握りしめながら涙目で震えていた。当然の報いである。気にせず淡々と食を進めているとようやく痛みが引いてきたであろうニックは「足癖の悪い女だな……」と零した。再び癇に障る障ったが、負け犬の遠吠えだと思えば許せなくもないのでつけ合わせのニンジンのグラッセを食べながら見過ごす。
「文句があるならそのステーキ代を置いて今すぐ一人で帰ってどうぞ。ついでに今頃屋敷でいろんなものをぶっ放しているであろう優秀な執事のこともお願いするわ」
「あのクソ執事の機嫌取りなんて勘弁だ。あと、女に一人で食事させる訳なんて男が廃るだろ」
そう言って器用にポテトを口に運ぶニックをじっと見る。今までこうして向かい合って食事をとることなんてなかったから知らなかったが、想像していたよりも綺麗にものを食べるのでついつい見てしまう。うちの飼い犬にはテーブルマナーはきちんと教えられていたようだ。つい感心するように手を止めて見ているとそんなことを考えているなんで知るはずもない犬は無神経な方向へ話を持ち出す。
「ジロジロ見て、料理それだけじゃ足りないのか?」
「本当にこの馬鹿犬はデレカシーのないのね」
もう一発、先の尖ったパンプスの爪先で目の前の脛を強めに蹴飛ばす。顔を蒼くして口を結びながら声にならない呻き声を漏らす駄犬を横目に赤ワインを流し込んだ。元々はあの永久お小言マシーンの執事から逃げるために声をかけたが、どうせ食事をするなら一人じゃ味気ないと思ってニックに声をかけた。けれどもしかしたら誘う相手を間違えたのかもしれない。吐きたくなる息をワインと一緒に飲み込んで静かになった飼い犬に視線を向ければ、眉間に皺を寄せてムッと唇を噛む様子が子供っぽくて口が綻ぶ。
「なんだよ、俺を蹴りながら食う肉はそんなに美味いかよ」
「人をそんなろくでなしみたいに言わないで。そんなことしなくてもここの料理は十分美味しいわ」
「じゃあそんなにニヤニヤして何が楽しいんだ」
「ニックが思っていたよりも綺麗にものを食べるから意外と思って」
そう教えると飼い犬は自慢げに「まぁな」と答えてご機嫌な様子で上手に切った肉を口に運ぶ。『意外』という言葉は聞こえていなかったのだろうか、単純に機嫌が良くなったニックにまぁいいやと思いながら私もステーキを食べると口の中のものをワインで流した彼は鼻高々に言葉を続ける。
「俺は狂犬でも躾のなってる犬だからな、テーブルマナーくらい朝飯前だぜ。これでボスとどこでも飯食いに行けるな」
「行儀が良いのは良いことだけど無駄口が多いからどうしようかしら」
「これぐらい大目に見てくれよ、なぁ?」
また余計なこと言わなかったらね、とニンジンのグラッセを咀嚼しながら口の中で呟く。一言多くてもサルヴァトーレに比べたら何倍も言葉は少ないし、純粋に一番信頼している人間と行う食事は美味しいし、何より喉の通りが良くて心置きなく食事を楽しめる。ニックとの食事は気を使う事が少ないから、ボスに就任した私にとって彼との食事は気を詰める日々の中で安らかなものの一つのように感じた。たまにはニックと食べに出掛けるのも気晴らしには良いのかもしれない、と考えに耽っていると目の前にオレンジ色が刺さったフォークが差し出された。視線を皿から飼い犬に向けるとにこにことテーブルに肘をついてニンジンが刺さったフォークを私に向けていた。さっき行儀の良さを褒めたばかりなのにこれである。
「……なに?」
「いや、あんたこれ好きだろうなって思って」
間違ってはいない。久しぶりに食べたらより美味しく感じて、正直メインのステーキよりもつけ合わせの方が好きかもしれないと思ってはいた。気付かれるような食べ方をしていただろうか。そう思って自分の皿を見ればニンジンのグラッセだけ綺麗に無くなっていた。無意識とはいえ、よっぽど好きだったんだなぁと感じていると目の前の犬は穏やかな顔をしながらずいっとフォークを近づける。
「ニンジンの甘煮だったか?さっきから美味そうに食べてただろ」
「グラッセね。ただ野菜が嫌いだから私に押し付けてるだけじゃないの」
「そんなことないぜ、ほら、細かいことは気にせず、はい。あーん」
執務室から逃げ出す前の私と同じような歯切れの悪さに図星だと勘づく。けれどそれ以上にこの状況をニックが楽しんでいることに気が付いて足を振りかけたが、私の好きなものに気付くほどよく見ていたのだと思うと何とも言えない気持ちになった。無神経なことを言うくせにそういったところに気付けるなんてちぐはぐだ、なんて思いながらその気付きに甘えて差し出されたニンジンに顔を寄せ、口に含む。素材の味を活かしたしつこくない甘味に自然と目が細まる。
「よしよしボス、良い子だな。もう一つ、あーん」
次々と差し出されるニンジンを黙々と食べ続ける。食べる度にニヤニヤと調子に乗り出す飼い犬に踏みつける準備をしながら咀嚼していると、予想通り「子供みたいで可愛いぜ」なんて零し始めたのでヒールで足の甲を思い切り踏みつけた。ぐっ、と濁った声を漏らして手が止まったところでナプキンで口を拭う。
「連れの良い歳した大人がニンジン食べられないなんてお店に知られたら恥ずかしくてもう二度と行けなくなるから食べてあげたんだから感謝することね、26歳のニックさん」
「あんた本当に足癖悪いな……!」
「誰かさんが余計なこと言わなければこの足もお利巧になるわ」
「はいはい、そうですか……。ほら、最後の一個だ」
あーん、の声に合わせて口を開ければ再びするりとあの甘味が入り込んでくる。こんな風に身を乗り出して餌付けみたいにものを食べるなんて、あの執事が見れば即座に鉛弾と小言が一緒に飛んでくるだろう。けれど美味しいものが残されるのはもったいないし、ニンジンに罪はない。それに、たまには飼い犬に甘えるのも悪くない。
「本当に美味そうに食べるな、そんなに美味いのか?」
「とても美味しいわ。ワインだけじゃなくて料理の味も分からないの?」
「だから、ワインの味は分かるっての」
顔を顰めながらグラスに残るワインを飲み干す様子を見ていると本当に分かっているのだろうかとやっぱり思う。まぁ、本人が美味しく飲んでいるなら気にすることではないが。続いて私もグラスに口をつける。こんな昼時から飲むアルコールはやはり美味しい。夜も飲んでしまおうかと思っていると、手に持っていたグラスがするりと取られた。
「そんなに美味そうに食べるならあんたの口の中に残ってる味、もらっちまおうかな」
そう言ってニックは私に見せつけるかのように、視線をこちらに向けながらワインにも劣らない赤い舌を取り上げたグラスに這わせる。そして軽やかな音を立ててキスを落とすその様子はまるでさっきの言葉を仄めかしているようで。向けられる視線が冗談の類ではないことを物語っている。ふとした時にそういう目をしてくるこの男は本当に侮れない。視線から逃げるように目を逸らす。
「残念だけどさっきワインで上書きされちゃったからしても無駄よ」
「そりゃ残念。また次の機会にだな」
残念だなんて全く思ってもいなさそうな顔で楽しげにそう呟いては、私のワインも続けて飲み切った忠犬に「そうね」と私も淡々と返す。自ら引いてくれるだけありがたいのだからここで突っかかる意味などない。あんな目をしたニックには何を言っても無駄なのだ。話の流れをここで終わらせるかのように彼は再び上品にナイフとフォークを使って食事を再開する。私ももうそろそろ全て食べ終えなくてはいけない。美味しい料理は美味しいうちに食べ切るのがルールなのだから。
心地よい満腹感に包まれて二人、にぎやかなシティの中を歩いて屋敷へと向かう。まだ日が高い時間にこうして並んで歩いてるこの状況が不思議でどうも落ち着かず、そわそわしていると隣を歩く飼い犬がだらしない顔をして私の顔を覗き込んだ。
「ボスー、屋敷に戻るのなんて止めてこのままデート続けようぜ」
「デートはもう終わり。お説教から半場無理矢理逃げてきただけでもかなり怒られるはずなのに、午後の仕事まで放って遊んだりなんてしたら二人一緒にまぁるい穴が沢山開くわ」
逃げるように抜け出して昼食をとった時点でもしかしたら鉛玉案件かもしれないが、そこら辺のことは隣の忠犬が何とかしてくれると期待するとして。それよりも残りの職務を終えた後に飲むワインについて考えたい。
「夜にどのワインを飲もうかしら」
「そういえば就任式に飲んだロマネ・コンティがまだあったな。美味いからあれが良いって」
「飲むよりも語られることの方が多いワインもニックが言うと途端に普通のワインと変わらないように思えてくるわね」
「だからワインの味くらい分かるって言ってんだろ!?馬鹿舌じゃないっつの」
冗談はさておき、思っていたよりも上質なものが残っているそうで気分は晴れやかになる。今日、こうして食事に出ているということはこの忠犬も夜は特別な仕事もなさそうに見えるからきっと一緒に飲むだろう。ならば午後の職務もなるべく早く終わらせられるようにしなくては。カツカツと小気味良い音を鳴らせながら屋敷へと急ぐとニックは「あ、」と何か思い出したかのような声を漏らして少し先行く私の背中に言葉を投げかける。
「まぁ、飲むならブライトに用意してもらわないとな」
「何か食べたいワインのお供でもあるの?」
「ニンジン」
思っていなかった答えに急いでいた足がふと止まった。屋敷にのみ向いていた顔を自分より上にある飼い犬の顔に向ければまた”あの”目をして私を見ている。ほんのすこしつり上がった、翻弄に染められた赤い目が楽しそうに細められてた。
「『次の機会』って言っただろ?あんたの可愛いお口で食べたニンジンをつまみに飲む酒はきっと最高だろうな」
「……最高級のワインで流すから味なんてまた残らないわ」
「それならまっずいニンジンの味がしないボスの味で飲むしかないな」
本当はキスしたいだけのくせに。隠す気すら全くない思惑に今度はこちらが顔を顰める。あぁ、またニヤニヤしてる。店にいた時のように思い切り踏んでやろうかと思ったが、意地の悪い顔をしているこの男は私のこんな考えすらお見通しなのだろう。そう思うとその予想通りに動こうとしている自分に腹が立ってくる。
あの顔をしたニック相手に何もされなかった試しなんて今まで一度もなかったのだから今回もきっと同じ。何回蹴ったって叩いたってあの駄犬は止めないし、自分は犬だと言っているくせに私を支配するように身体中に唇や舌を這わせる時のその顔は悦楽に浸っている。今だってその鱗片がもう既に見えている。けれどそんな我慢が出来ない、主人に噛みつく飼い犬のことを私はなんだかんだ嫌いじゃない。
「…………気が向いたらね」
親馬鹿だから飼い犬はいつまで経っても噛みついてくるのだろうか。こんな風に転がされるのも悪くないと思えてしまう私は多分飼い主に向いていないことだけは自分でも分かる。でも仕方ない、どんな飼い主だって自分の飼い犬が大好きなんだから。短い息を吐き、今夜はロクに眠れなさそうだと思いながらご機嫌な愛犬と小姑よりも何倍も厄介な執事がいる屋敷へと戻るのだった。
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あーん、の声に合わせて口を開けるとまたあの甘味が入ってくる。噛む度に感じる柔らかな食感に美味しいと改めて思い、近いうちにブライトに作ってもらおうか、なんて考えていると急に視界が陰り出した。何が起きたかと暗くなった方向に視線を向けると店に来て、始めに見たメニュー表が近くに見える。何故メニュー表が、と思ったところで突然唇に触れる熱に急いで小洒落たメニュー表から視線を目の前へと戻した。まだニンジンを食べきれていない中、目を見開けばそこに映るのは近すぎる赤だった。
「…………っ、」
何故今ここで。どうしてこんな昼時に、しかも他の人がいる飲食店で。更にまだ口の中に残ってるのに。この状況でどうして突然盛り始めたのか。何一つ理解なんて勿論出来ずに混乱しているところを追い打ちをかけるように薄く開いた唇が私のものを柔く食む。そして舌先でちろりと表面を舐めたところで何を考えているのか全く理解出来ない目の前の犬は横に添えられていたメニュー表と一緒に離れて行った。明るくなった視界に不服そうな顔をした飼い犬が入る。なんであんたがその顔をする、私の唇をこんな人前で突然奪っておいてその顔はなんなの。とめどなく溢れる文句が混乱する頭の中に山のように積もっていくのに、未だに飲み飲めずにいるニンジンのせいで何も紡げなかった。顔が熱い。絶対に誰かに見られたと思うだけで途端に各方位から視線が刺さっているように感じて更に頬が熱くなる。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。急にキスされた私がこんなに混乱しているのに、当の本人はワインなんか飲んでいる。こんなのおかしいでしょ。羞恥心と混乱と怒りが混じりに混じった結果、私の足はまた駄犬の足を踏みつけた。店内に悲痛な叫びが響く。
「いっっっ……!!!あんた、そう何回も踏むことないだろ!?」
「踏まれるようなことするからでしょ!?何考えてるのよ!!」
「何って、あんたがあんまり美味そうに食ってるからそんなに美味いのかなって」
最早絶句である。試着室やロッカーで似たようなことを言って首やら背中やらを舐められたり甘噛みされたことはあったがまさかこんな場所でまで同じ事をするだなんて。もう一度、足を踏む気すら起きないほど混乱している私を置いてやはり躾のなっていない馬鹿犬は言葉を続ける。
「いやぁ、ニンジンの味も気になったけど美味そうに食ってる唇も美味そうだなって思って。けどニンジンはやっぱり不味かった」
「じゃあしなきゃ良かったじゃない……というかここ人前…………」
「ちゃんとメニュー表で隠したから構わないだろ?スリルがあってたまには良いだろ」
悪びれる様子もなくにたりと笑う飼い犬にこんなに怒りを覚えることはあっただろうか。大抵のことはまぁ、百歩譲って、本当に譲ってあげてギリギリ許してあげれたが、こんな人前であんなことして喜ぶ趣味は全くないので今回の悪戯はどこまでも気分を害した。もう足を踏むだけじゃ済まない。私が今ナイフを持ってなくて良かったなと心の底から言える。顔の火照りはまだ消えないがそれと対照的に心はどこまでも冷えていく。その様子に流石に気が付いたのだろうか、目の前の駄犬がよそよそしくなり始めた。
「……なぁボス、悪戯したから怒ってる?」
「寧ろ怒ってないように見えるならその目、愛用のハサミちゃんで抉り取った方が良いんじゃない」
「いや、本当に美味そうに食べるからつい、悪気はないんだって、なっ?」
「悪気がないならどこで何してもいいの。本当に躾がなってない犬ね」
折角久しぶりに比較的に楽しく美味しいご飯が食べられたと思ったのに途中で台無しだ。これならサルヴァトーレのお小言を聞きながらブライトの料理を食べた方がまだ良かった。ニックとの食事は思っていたよりも何だかんだ楽しいものと知って、今日初めて訪れたこの店も雰囲気も味も良さげだったからまたそのうち一緒にこの店に食べに来るのも良い時間の過ごし方だと思っていたのに、その良い気持ちを壊すような羞恥心で全て台無しになった。
「もう二度とあなたとは食事はしない。こんな嫌な思いするなら一人で食べた方が何倍もマシよ」
残っていたワインを飲み干して席を立つ。周りが自分たちに視線を向けるのも今となっては気にならない。背後で駄犬が何か言っていたような気がするが、そんなことより早くここから立ち去りたい一心で足早に私はこの店を立ち去った。
「私から逃げて食べるお食事はいかがだったでしょうか」
執務室に戻って早々、飛んできたものはいつも以上に鋭く冷たい嫌味と当たったら綺麗に穴が開いてしまう銃弾だった。綺麗に私のすぐ傍を通って後ろにある花瓶を割ったその銃弾でこの執事の怒りが相当なものだと理解できたが、顔を顰めつつもさっきの食事で生じた気分の悪さに小言なんて全く耳に入らなかった。そんな様子も流石に執事も気が付いたのだろうか、雨のように降り注いでいた鉛弾と小言はぴたりと止んだ。
「……午後の仕事にとりかかりたいの。書類はどこ」
少しの間を置いてサルヴァトーレは「机の上にいつも通りに」と答え、部屋からすぐに出て行ってしまった。私の気持ちをわかってくれたのだろうか。その気遣いに感謝しながらいつも通り椅子に座って書類を読み込む。
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