夢野幻太郎


「あれっ夢野先生じゃないですか〜こんにちは〜!」

声をかけられ振り返ってみれば、気の抜けるような笑顔を浮かべる名前がいて、右手には食べかけのあんまんが握られていた。「ちょっと待ってください、食べ切りますね!」と口いっぱいに頬張り10秒も経たないうちに完食した。

「…名前、ここにあん粒がついてますよ」

「ええっ教えてもらってありがとうございます!恥ずかしい〜…」

「まぁ、嘘ですけど」

「えええっ!嘘なんですかっ?!」

こうやって嘘をついては素直に聞き入れる彼女に学習しないなと思いつつも、バラした時の反応を見ると大変揶揄い甲斐がある。

「も〜夢野先生、嘘ばっかりついたらダメですよ!乱数さん風に言うとメッ!です!」

自身の上司にあたる人物のモノマネを披露する彼女にはいはいと軽く受け流すが、その仕草に少し可愛いと思ってしまった。

「ところで、名前は何故こんなところに?」

「ちょっとデザインの方が上手く纏まらなくって、気晴らしに外に出てたんですよ〜。それでそろそろ戻らないとと思って。夢野先生は?」

「小生は乱数に呼ばれたので事務所に向かってたところです」

「そうなんですね〜!それなら一緒に帰りませんか?」

「嫌です」

「えええっ!!」

「なんて、嘘ですよ。同行させて頂きますね」

「ひええ、良かった〜…!」

傷ついた表情から一変はち切れんばかりの笑顔に変わり、本当見てて飽きないなと彼女につられて思わず笑みをこぼす。
最初は乱数の事務所で働く年下の元気な女性としか思っていなかったが、何度嘘をついても疑わない子供のような純粋な心を持つ彼女に興味を持ち始め、気がつけばころころ表情を変える彼女の隣にいるのが心地よく感じていた。

「名前は見てて飽きないですね」

「ん〜…?それって私といると楽しいって事…ですか?」

「想像にお任せします」

そういうと、名前はう〜んと唸り腕を組み始めた。意味を理解しようとしているのか、その仕草も可愛く感じるのだから恋の力というものは厄介だ。今といい、さっきといい、何をするにも可愛く見えてしまうのだから。

「…うん、お任せするのなら良い方に考えますね!」

名前の表情を見る限りどうやら考えても無意味だと思ったらしい。ポジティブに物事を捉えるのが得意なところは素直に尊敬している。

「ふふ、夢野先生とお話ししてたら気分が晴れてきました」

「それは僥倖。名前の役に立てて良かったです」

「それに色んなデザインが浮かんでくるんですよ…!これはもう、早く帰って描かないと!夢野先生っ走りましょう!」

「えっ、」

名前に手を握られ、一緒の速度で渋谷の街を駆け抜けていく。此方の答えなど御構い無しな彼女のスピードに頑張ってついていくのがやっとだ。
こういう時、此方が彼女を引っ張っていけたらと思ったことがある。しかしその考えはすぐに消え失せた。

「夢野先生っあと、少しですよっ!」

ふわふわした髪を靡かせ笑顔で振り返る、名前を見れなくなってしまうのは惜しい光景だからだ。



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