山田三郎



夕方、母から頼まれ夕飯の食材を買いにスーパーへ向かうと自動ドアから見知った顔の男子が出てきた。
同じクラスの山田三郎君。見た目はかっこいいが性格に難があるという理由から1人でいる事が多い人物だ。
いつだったか偶々彼の生徒手帳を拾って渡し、少しだけ言葉を交わした事はあるがそれ以外は朝に私から挨拶するくらいで、会話らしい会話はした事がない。でも折角同じクラスになれたのだが、仲良くなりたいという気持ちはある。
せっかくの機会を逃してたまるかという決心を胸に「山田くーん」と名前を呼びながら駆け寄ると、山田君は此方に顔を向けた途端怪訝な表情に変わった。 え…ちょっと傷つく。けど挫けないぞ…!


「こんなところで奇遇だね。山田君も夕飯の買い出し?」
「…そうだけど、苗字ってここら辺住んでんの?」
「うん。歩いて10分くらいかな、ここ安くて野菜も新鮮だからよく行くんだー」
「ふーん…」
「山田君といつもここ来るの?」
「いや、いつもは違うとこだけどここで卵のセールやってたから」
「そっか、そういえばチラシ入ってたもんね」


山田君の持っているレジ袋には卵が3パック入っていた。山田君の家って確か兄弟だけで暮らしてるんだっけ。偶にしか手伝わない私と違って山田君は毎日家の事とかしてるんだろうな…。あれ、ちょっと待って。確か今日って…、


「山田君! アメとか平気?食べれる?」
「え…大丈夫、だけど…何で?」
「すぐに買い物終わらせるから、少しだけ待っててくれないかな…?」
「は? 別にいいけど…いやちょっと待「ありがとう!」人の話聞けよ!」


困惑している山田君にお礼を言って、猛スピードで母からの頼まれた大根と鰤と、そしてとあるものを買い物カゴの中へ入れてすぐさまレジへと向かった。


◇◇◇


「ごめん、お待たせ!」
「…そんなに待ってないから。ていうか息すごい上がってるけど…」
「あはは…これを山田君に渡したくて、走ってきたの」


マイバッグから取り出し、私が気に入ってよく食べているフルーツキャンディを山田君の方へ差し出すと彼は元々大きな目を更に見開かせた。


「山田君明日誕生日だよね? プレゼント…っていっても即席過ぎるけど、良かったら」
「…何で僕の誕生日、苗字が知ってんの?」
「えと、前に生徒手帳拾って名前確認する時見えたから」
「…そう、なんだ」


この反応…気持ち悪いと思われたかな、いや普通そう思うか。山田君と話せた喜びで舞い上がったのがダメだったな…と後悔していると、私の手からアメの袋を受け取ってジッと見つめ始めた。


「…これ、よく食べてるやつだよね」
「へ? あっ、うん。色々な味が入ってて美味しいから好きなの」
「そっか。苗字が食べてるとこよく見てたから、ずっと気になってたんだ。ありがとう」


そう言って控えめに笑う山田君。今まで見たことない表情が嬉しくなって「此方こそ受け取ってくれてありがとう!」と力強く答えた。 それに対して苦笑する山田君に、また嬉しい気持ちが倍増した。



◇◇◇



(苗字が手帳拾ってくれたの夏頃だったけど、覚えてくれていたんだな)


毎朝僕に挨拶してくるお人好しな彼女から貰ったアメの袋を眺めていたら、これを食べている時の彼女の表情に自然と思い浮かんだ。
そこら辺に売っている普通のアメだというのに幸せそうに食べる姿がとても可愛くて、気づけばずっと視線を送ってしまう程だ。
袋を開けて、舐めてみるがやはり普通のアメだ。それでも思わずにやけてしまうのは、贈ってくれたあの子のせいなんだろうな。




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