有栖川帝統


目を覚ますと目覚まし時計の針は11時を指していた。続けてスマホの電源を入れるがロック画面だけが映し出されていて、思わずため息をついた。
帝統がうちに来なくなって今日で1週間が経つ。
連絡が取れず、彼が行きそうな場所にも居らず、乱数君達にも尋ねたがはっきりとした居所は分からなかった。顔を洗って気分を変えようとしたけど気は晴れる事は無く、ぼーっとしていると玄関のチャイムが鳴った。もしかしたら…と期待を込めてドアを開けるとそこには乱数君と夢野さんが立っていたが、帝統の姿は無かった。

「やっほ〜名前!遊びに来たよ!」
「朝から元気だね。2人揃ってどうしたの?」
「その様子だとまだ起きたばかりの様ですね。いくら休日といっても、真っ当な人間はとっくに活動してる時間ですよ。貴女何処かのギャンブラーに感化され過ぎてないですか?」
「ウッ…反論したいけど出来ない自分が悔しい…!」
「え〜名前ってばお寝坊さんになっちゃったの? それなら僕が毎朝キスで起こしてあげよっか」
「あはは、全力で遠慮しとくよ」
「え〜残ね、痛っ!も〜爪立てないでよねっ、冗談だよ冗談!」

何やら後ろの方へ顔を向け、誰かとお話ししている乱数君にどうしたのかと問おうとしたら、見慣れない子が乱数君の肩へと身を乗り出した。どうやらパーカーに入っていたらしいその子は耳をピンッと立てて此方を見つめた。

「乱数君、猫飼い始めたの?」
「ううん違うよ〜」
「実はこの子、シブヤの守り神なんです。猫の姿となり街へ赴いては人に媚を売り、食料を得て暮らしているのです」
「神様…えっ?! ウソ!?」
「はい、嘘ですよ」
「うああまた騙されたーっ!」

その後の乱数君の話を単純に纏めると、この猫は乱数君の知り合いの子らしく、暫く預かっておいて欲しいと頼まれたものの乱数君自身も仕事で忙しく面倒を見れないので、私に頼みに来たんだそうだ。

「そういう事なら全然大丈夫だよ。ここペットも大丈夫だから」
「ありがと〜! 良かったねだい…ダイゴロ〜!可愛いオネーサンのところに行けて!」
「いい子にするんですよ、だい…ダイゴロー」
「? 何か2人共おかしくない?」
「そんな事ないよ! 僕はいつも通り元気るんるんだよっ☆」
「小生もいつもと変わりなく元気るんるんっ☆ですよ☆ まぁるんるんってところは嘘ですけど」

若干夢野さんに引きながら乱数君からダイゴロー君を引き取る。すると夢野さんから「おっと忘れるところでした。これも預けておきますね」と紙袋を渡され、中には見慣れた服とマイクが入っていた。

「これって帝統のだよね? 何で、」
「それじゃあ僕オネーサンと大事な約束があるからもう行くね〜バイバ〜イ!」
「小生も〆切が近いのでお暇しますね。名前、猫のお世話ファイトだよっ!」
「えっちょっと待って?!」

呼び止める私を無視して猛ダッシュで帰る2人の後ろ姿を見送る事しか出来ず、取り残された者同士ダイゴロー君と静かに目を合わせた。二層に分かれた鮮やかな瞳はとても綺麗で、見ていて吸い込まれてしまいそうだ。今気づいたけどこの子の目、帝統と同じ色してる。こんな偶然ってあるんだな。

「とりあえず家に入ろうか」
「ニャア"〜ッ!」

あ、めちゃくちゃ可愛い。
その可愛さにハートを撃ち抜かれ、感極まり抱き締めると、ふわふわで気持ち良い。もっと堪能したいという欲からダイゴロー君の体に顔を埋めると「ミ"ャーーーーッ!!」と大きく声を上げジタバタと暴れ始めてしまった。慌てて「嫌だったね、ごめんね」と謝り、急いで部屋に入った後リビングでダイゴロー君を下ろした。しかしダイゴロー君は周りを見渡す事なく真っ直ぐ私の方へ視線を向けていた。笑いかけるとそっぽを向かれてしまったので、安易に抱き締めるのはやめようと心に誓いを立てた。
そして夢野さんから渡された紙袋から帝統の服とマイクを取り出しテーブルの上に置くと、ふと笑顔で家を出る彼の姿を思い出した。
もしかして何か厄介ごとに巻き込まれたのだろうか。以前にもギャンブル関係で相手がキレてしまい、暴力沙汰になった事がある。大事にはならなかったから良かったものの、また同じような…もしくはもっと酷い目に遭っているとしたら? 考えれば考えるほど思考は悪い方へ向かって行く。
そこで「ニ"ャ〜〜ッ!」と大きな鳴き声によって意識を戻すと、ダイゴロー君の顔が目の前にあった。どうしたんだろう、と困惑する私の事などお構いなく続けて彼は私の頬を舐め始めた。ザラザラしてて若干痛いが、不思議と嫌では無かった。

「…もしかして、慰めてくれてる?」
「ニ"ャッ」
「ありがとう。ダイゴロー君は優しいね」

目を細めて頭を撫でられるダイゴロー君に癒されながら、とりあえず帝統のコートをハンガーに掛けようと思い立ち上がるとポケットの中に妙な膨らみがあるのを見つけた。賽子かと思ったけどそれにしては大きい。取り出してみると、鮮やかな色の花がプリントされてる小さな箱が出てきた。

「ッニ"ャーーーッ!!」
「ちょっダイゴロー君?!」

ダイゴロー君は叫び声を上げると同時に箱の方へ飛び掛かってきた。何とか避けて「ダメだよ、これはおもちゃじゃないよ」と注意するが目線は変わらず真っ直ぐ箱の方へ向けられている。このままでは箱がボロボロになってしまうかもしれない。そうならない様ダイゴロー君から逃げながら必死に箱を守っていると、突然ボンッという軽い爆発音と共に白い煙が部屋中に蔓延した。急な事にびっくりして声も出ず混乱していると「ゲッホ!!何だこれ!何も見えねぇ!」と馴染んだ声色が部屋の中で響いた。煙幕が徐々に晴れていくにつれて明るみになっていく姿を見て自然と目が見開いた。煙を吸い込んでしまったせいか少し涙目にさせている、会いたくてたまらなかった人。何故急に現れたのかなんて、今はどうでもよかった。

「帝統〜〜〜っ!!」
「のわっ?!」

嬉しさのあまり力一杯抱き締めると、帝統の体温が伝わり幸せな気分でいると「あ、あのー…出来れば先に服を着させて欲しいんですけど…」と敬語で話しかけられ、私の顔は沸騰したんじゃないかってくらい熱くなった。


「違法マイク?」
「ああ。お前ん家に向かう途中ヤンキー共に絡まれちまってな。俺と、丁度一緒にいた乱数と幻太郎の3人でぶちのめしたけど俺にだけ影響が出ちまったらしい」

冷蔵庫から出してきた麦茶を飲む帝統に、最近違法マイクが大量に流出してるニュースがあったのを思い出した。まさか帝統もそれに巻き込まれていたなんて。…どうしよう、猫の時思いっきり体に顔押しつけちゃった。知らなかったとはいえ大分恥ずかしい。

「それなら2人共教えてくれたら良かったのに。1週間ずっと猫のままだったの?」
「え、あ、いや、それは…」

歯切れを悪くする帝統に首を傾げる。そんな私の様子を見て彼は意を決したように「これ、お前にやる」とテーブルに置いといた花柄の小箱を差し出された。

「これって帝統のじゃないの?」
「いいから開けてみろよ」

小箱を受け取り、恐る恐る開けてみると中には花のチャームが可愛らしいネックレスが入っていた。

「これって…」
「それ、熱心に見てただろ? そいつ手に入れるのに結構苦労したっていうか…予想以上に時間かかっちまった」

帝統の言う通り、雑誌のアクセサリー特集で目についてからいつか買いたいと思い見返していた。だけどまさか気づかれてたなんて。帝統が思っている以上に私を見ていてくれた事に驚いたがそれ以上に嬉しかった。

「すっごく嬉しい!帝統、本当にありがとう」
「おう。でもそのせいですげぇ心配させちまって悪かったな」
「いいよ、こうして帰ってきてくれたんだから。…他に好きな人が出来たんじゃないかって思ったりもしたけど」
「ハァ? 名前以上に好きになる奴なんていねぇよ」
「…あ〜もう本当そういうとこ…」
「ん?どしたんだ?顔真っ赤にして」
「無自覚タラシな帝統には罰として私にギュッとされる刑だー!」
「それ罰じゃなくね? まあいっか!」

渾身の力を込めて抱き締めると、帝統も抱きしめ返してくれた。タバコの匂い、普段なら先にお風呂に入ってと言ってしまうけど今日は無性に落ち着いてしまう。

「あーー名前の匂い…久しぶりに嗅ぐけどやっぱ安心するな〜」
「何か変態チックだよ帝統」

思わず笑ってしまうと、帝統もつられて笑ってくれた。帝統のいない1週間はとても寂しくて何をしても楽しくて、私の中で帝統はとても大きな存在になっていたんだと実感した。…もし、帝統も同じ事を思ってくれたらどんなに嬉しい事だろう。
どうか、帝統の中で私の存在が少しでも大きいものでありますように。願いを込めるように帝統の首元に顔を埋めた。




「今頃帝統も元の姿に戻ってる頃かな〜」
「そうですねぇ…。しかしあの帝統が自ら手伝いを申し出るとは思ってもみませんでした」
「だねぇ。仕事の手伝いするから金くれ!って、前の帝統からしたら考えられないくらい健気になったね〜」
「本当、ギャンブル以上に熱を上げる相手が出来るとは。まぁ此方としては散々扱き使えて大分すっきりしましたが」
「アハハッ!幻太郎今めちゃくちゃいい顔してる〜!」
「この話も小説のネタとしてとっておきましょうか。タイトルは…そうですねぇ、」

バカップル共に祝福を


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