空白の記憶

「お母さんたち、すぐに戻ってくるから。いい子にしてここで待っているのよ」

 そう言って教会を出て行った両親が帰ってくることはなかった。
 どうやら私は両親に捨てられたらしい。そう理解したのは暫く後のことだ。今思えば物心ついた頃から私は両親に疎まれていたような気がする。誕生日を祝ってもらった記憶はないし、抱きしめてもらった記憶もない。
 褒められたことは……あったような気もするけれど、それも稀なことだった。叩かれたことも殴られたこともある。それでも私は両親のことが好きだったし愛してほしいと思っていた。そんな無邪気な願いは叶わないまま置き去りにされてしまったけれど。

「キミ、どうしたの? お父さんかお母さんは?」

 ふと、男の子の声で意識が引っ張り上げられた。振り返ると私よりふたつかみっつ、年下のように見える男の子がそこにいた。
 黒髪の大人しそうな雰囲気の子供。育ちの良さそうな身なりをしていたように思う。
 子供がたった一人で何時間も教会の片隅に突っ立っていたら声をかけられるのも当然だろう。このジャンナの街の教会はとても大きくて人の出入りも激しいとはいえ子供が一人で来るような場所ではない。

「お父さんとお母さん、どこかにいっちゃった。たぶんもう戻ってこないと思う」

 淡々と説明する私に男の子は目を丸くした。
 自分とあまり変わらない年齢の子供が「親に置いていかれた」なんて告白したのだから驚くのは当然だろう。

「それじゃあキミ、これからどうするの」
「どうしよう。わかんない」
「……わかんないって」

 家はジャンナにある筈だけど教会の辺りには殆ど来たことがなかったから家までの道は分からない。仮に分かったとしても両親は私を家には入れてくれないと思う。
 親戚はジャンナにいない。というより私は記憶している限り生まれてから一度も親戚に会ったことがないので頼れる親戚に心当たりもない。
 男の子は困ったような素振りを見せ、それからおずおずと口を開いた。

「……ボクのおとうさんならキミのことなんとかしてくれるかも」
「おとうさん?」
「うん、ちょっと待ってて」

 パタパタと駆けていく男の子の背を見送りながらそういえば彼の名前を聞きそびれたな、なんて他人事のように思う。
 ——彼がのちに自分の弟になることも、彼が言うおとうさんがこの教会の教皇様であることもこの時の私はまだ知らない。