◯◯二乗

「ただいま、アルエット」
「おかえりなさい、ルキウス」

 教会に戻ってきた弟の姿を見て私はすぐに彼に駆け寄った。
 私が教会で暮らし始めてから十年。ルキウスと知り合い、いつの間にか彼と姉弟の関係になってから十年も経っていると思うと感慨深いものがある。
 親に捨てられた私は本来であれば頼れる大人に巡り合うことも出来ないまま死ぬ運命だった。そんな私を見つけてくれたのはルキウスで、拾い上げてくれたのは他でもない教皇様だった。
 教皇様は私の事情を知って自分の養子として迎え入れてくださった。とはいえこのアレウーラ大陸で教皇という存在の影響は特に大きく、彼に子供がいるという事実が明るみになると子供が危険に晒される可能性があるということで基本的に私の存在は公にされていない。実子であるルキウスでさえ教皇の子であることは殆ど知られていないようだった。
 教会に身を置く以上、私も教会で出来ることをしようと幼いながらに勉強をして——まあ、司祭になるのは流石に無理だったけれど何とか戦闘要員として使い物になるくらいの実力は身につけた。その間にルキウスは異端審問官になっていて、彼との実力差を思い知らされる。

「アルエット、少し付き合ってほしいことがある」
「ルキウスからそういう風に言うなんて珍しいね。何かあった?」
「いや、大したことじゃない。ジャンナのすぐ近くに魔物がいるのを見つけたんだ。あの辺りは人通りの多い場所だから念の為に払っておきたい」

 ルキウスは人に頼ったり甘えたりすることがあまり得意ではないのか十年ほど家族として暮らしている私に対してもそのように声をかけてくることは少ない。
 ジャンナ周辺に生息している魔物はそこまで強くないことが多いしルキウスほどの実力があればそう苦戦することもないだろうから頼るまでもない、というのはあるだろうけれど。

「最近は魔物が活性化してるって話も聞くし確かに対処しておいたほうが良いかもね」
「……本当はアルエットの力を借りずに対処したいところだけど、数が多いから」
「何言ってるの。私はルキウスの力になりたいと思ってるし、気軽に頼ってくれていいんだからね」

 実の親にさえ愛されなかった私を家族として迎え入れてくれた教皇様とルキウスには一生かかっても返しきれないほどの恩がある。それを抜きにしても私自身が義弟であるルキウスのことを少しでも助けたいと思っているのだ。
 異端審問官となってからルキウスが笑みを浮かべる頻度が減ってしまった。リカンツ狩りなんて心がすり減ってしまうような仕事だろうから無理もないけれど。だからこそ一瞬でもルキウスの負担を減らせるのなら私は幸せだ。

 見慣れた魔物を剣で薙ぎ払う。
 プリセプツに長けているルキウスと違い私にプリセプツの才はなかったらしい。子供の頃はルキウスの真似をして簡単なプリセプツを練習してみたが結果は酷いものだった。
 今となってはプリセプツの才能がなくて良かったのかもしれないとも思う。強いプリセプツの使い手であるルキウスはどうしても後衛になってしまうし詠唱中は無防備だけど剣の道に進んだお陰で詠唱中の彼を守ることが出来る。

「サンダーブレイド!」

 ルキウスの詠唱で雷の剣が魔物の頭上から降ってくる。魔物の断末魔のような声が響き渡りそのまま動かなくなった。……どうやらこれで最後だったらしい。

「ルキウスは強いね」
「アルエットだって。ボクはアルエットほど上手く剣を扱えないよ」
「私はルキウスみたいにプリセプツを使えないから。子供の頃はルキウスと同じ術を使いこなせないことが悔しかったっけ」

 ルキウスが呼吸をするように——実際にはもっと難解で体への負担も大きいのだろうけれど——火や水を操ってみせるものだから羨ましくて、自分でも同じことをしてみたくて。暴発しそうになってルキウスに止められたのは今でも昨日のことのようだ。
 教皇様もプリセプツに長けていらっしゃるから、今思えば二人と同じ力を自分でも使ってみたかったのかもしれない。彼らと同じ力を使えないと本当の家族になれないと思っていたのかも。
 もちろん今はそれが間違いだと理解している。ルキウスは出会ってから一度だって私を除け者にしたことはないし、教皇様も……お忙しい方だから今はあまりお会いすることは叶わないけれど親のいない私を引き取ってお側に置いてくださっているのだ。子供の頃はとても優しくしていただいたのも覚えている。

「ねぇ、ルキウス」
「……アルエット?」
「私の本当のお父さんもお母さんも私を置いて行ってしまったけど、今の家族はあったかくて好きだよ」

 それは私の偽らざる本心から紡がれた言葉だった。