僕らが呼吸を止める時


 分かっている。自分が悪いのだ。そう思いながらもアーサー・カークランドはトイレの個室でひとり頭を抱えていた。

「ちょっと坊ちゃん?大なの?」

 突如上から降ってきた声に心臓が縮み上がりそうになる。当たり前のようにひょこりと個室と天井の間から顔を覗かせたフランシスは「それともトイレットペーパーが無いとか?」と言った。

「うるせー大でもねえし紙が無いわけでもねーよ何にしてもとっとと会議室戻れ!ていうか個室覗き込むなバカ!」
「彼女」
「……彼女って誰だよ」
「なまえちゃん。今日元気無かったじゃない?気丈に振舞ってたみたいけどお兄さんにはバレバレ。しかもお前はあからさまになまえちゃん避けてるし。何かあった?振られた?」
「そ、れは……お前には関係ねーだろっ!馬鹿!ばーか!」

 フランシスを追い払って、どうしようと頭を抱える。いつまでもこもっていると髭の野郎に大だのなんだの言いふらされそうなので、仕方なく個室を出ることにした。鏡に映る自分は思っていた何倍も情けない顔をしていて、アーサーは乱暴に蛇口をひねってトイレを後にする。

「あ、アーサーさっ……ん」

 誂えたみたいに曲がり角でぶつかる。確認しなくてもわかった。この控えめな香水の香りは彼女だ。あんの髭!後で殴る!アーサーは観念してーー多分びっくりするほどへたくそな天気の挨拶をした。というのも、あまりの緊張に頭が真っ白になってしまって何も覚えていないのである。

「えっと、アーサーさん。昨日の……その、告白――お受けしたい、です」
「え」

 なまえが顔をほんのり赤らめながらそう言ったのが信じられなくて、アーサーは一度フリーズしたあとーー今までの憂鬱が全て吹き飛んだような気持ちになった。彼女の華奢な腰を掴んで浴びせるようにキスをしたいが……いやいや俺は紳士の国。やっとのところで欲求を堪える。

「あの、不束者ですが、よろしくお願いいたしまーーっ」

 やっぱ無理だった。アーサーはなまえの頬に衝動的に手を伸ばしてから、――強靭な忍耐力で、額へのキスで我慢する。ほんと馬鹿みたいだろ。こんなに好きなのに、俺、お前に振られるのが怖くてお前を避けてたんだぜ。そう囁くと、彼女の耳が途端に真っ赤になった。



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