この手を掴むことができたなら

「ねえレグーーおねがあい宿題手伝ってー」
「嫌ですよ。どうして僕が上級生の宿題手伝わなきゃいけないんですか。セブルスに聞けば良いでしょう」
「自分の力でやれって言われちゃった」
「へえ。そうですか。セブルスってば珍しく正論言いますね。……自分の力でやってください。僕からは以上です」
「ひどい!レグのドケチ!」

 あーあ、とため息をつきながら彼女はぱらぱらと教科書をめくる。退屈そうだ。しっかり真面目に授業聞いてればレポートなんて簡単でしょうにと言ってやると少し泣きそうな顔でレグは頭いいからそういうこと言うんだね、と返された。

「あ。昼食の時間じゃない?」
「ちょっと。宿題はどうするんですか。1行も埋められてないじゃないですか」
「後でやるからへーきへーき。ほら、レグも行こ」

 図書館の椅子から元気よく立ち上がった彼女がさっと手を差し伸べてきたもんだから僕はギョッとした。低学年の子供にするようなその行動に若干呆れながらも思わず脈拍を上げてしまう。
 ーー掴めるものなら彼女のあたたかな手を掴みたかった。だけど僕は素直になれなくて、精一杯平静を装って言った。

「……えっと、僕は良いです」
「え。食べないの?」
「食べますよ。でも僕はあなたと違うのでちゃんと宿題を済ませてから昼食にするんです」
「レグったらかわいくなーい」

 確かに自分でも可愛くないことを言ってしまったと少しばかり後悔する。だけど彼女はじゃあお先に失礼するね、とにっこり笑って図書館を後にした。……こういうところ、彼女には敵わないなと思う。僕は頬のほてりを冷えた手で冷ましながら、小さく溜息を吐き出した。

 ……あの時彼女の手を掴めていたら、何かが変わったのだろうか?




*



「あ、セブルス」
「……」

 厄介な課題を片付けて大広間に向かうとすでに時計は昼休みの終わりを示していた。急いで食べなければ。もさもさと嫌そうな顔で野菜を咀嚼するセブルスの横に腰を下ろす(恐らくあのグリフィンドールの女に押し付けられたのだろう)。彼女は?と聞くと知らん、とぶっきらぼうな声が返ってきた。その時だった。



「おい、校庭でグリフィンドールの4人が減点くらったぞ!」
「見つけたのはマグゴナガルらしい」
「ゲッ!すげー引かれてんじゃん!」
「おいおいまたか、良い加減にしてくれよ〜」


 急に大広間が騒がしくなる。セブルスは少し眉間を深くして声がした方を睨んだけれど、僕は気にすることなく食事を続けた。兄が何をしていようと僕には関係がない。

「今回は何したんだ」
「なんかマメマキ?してたらしい」
「マメマキ?何だそれ」

 ーーーーん?…………豆撒き!?

 僕とセブルスは同時に顔を見合わせた。豆撒き、日本のトラディショナルカルチャー。その瞬間、日本生まれの彼女が昨日嬉しそうに話していたのを思い出す。


『ちょっと遅くなったけど、豆撒き用の福豆が手に入ったの!』


 僕たちは手に持っていた皿を放り投げて慌てて席を立った。咳払いをして、広間の入り口でたむろって『悪戯仕掛人』たちがどれほど派手に暴れてどれほど派手に減点されたか話していたグリフィンドールの男子生徒に声をかける。

「あ、あのすみません。あの四人の他に、誰か一緒にいませんでしたか」

 ちろり、とこちらを見たグリフィンドールの視線には微妙な蔑みの色が滲み出ていた。くそ、今じゃなかったらぶっ飛ばしてやってたのに。

「もう一人女子生徒もいたぜ」


 ーーその瞬間、スリザリンの砂時計から一気にエメラルドが消える。




 ああ、やっぱりあの時掴んでおくんだった!