青星の微睡


 クリスマスを目前に控えたホグワーツはどこもかしこも雪だらけで、せっかくの冬季休暇なんだからこんな寒い日は焼きたてのスコーンやマフィンを頬張りながら1日中談話室でダラダラするべきだ!

 という私の願望は「君、暇だろ」というジェームズの一言によって打ち砕かれてしまった。次のホグズミードでお菓子を大鍋いっぱい買ってやるという甘い提案につられた私はこのばか寒い中、シリウスに連れられて城中の空き教室の数を数える手伝いに貴重な休暇を費やす羽目になっていた。

 そんなこんなで調査開始から数時間。疲労の色がお互いに見え始めた私たちははるか昔決闘クラブか何かで使われていたらしい大きな部屋でしばしの休息を取ることにしたのだった。バタービールとクッキーでおなかを満たした私たちがすることといえば、やはり思春期真っ盛りの学生らしくいわゆる恋バナトーク、そう色恋沙汰の話をするというのはある意味当たり前のことだといえよう。

「あーあ、それで言っちゃったんだ」
「仕方ねえだろ。たったの1回だぞ、なのに彼女ヅラしてきたからさあ」

 シリウスブラックという男の子は学年1の色男と言っても過言ではないと私は思う。流した浮名は数知れず、泣かせた女も数知れず。シリウスってやっぱり心移りが激しいのかなあとかなんとか考えながらも、奥手な私はシリウスにちょっとばかりの羨望の眼差しを向けるのだった。

「ん?なんだその目は」
「……いや?シリウスって、ものすごく勇気があるんだねって思って。私だったらそんな、付き合う人をころころ変えるなんて大それたことできないよ」
「馬鹿にしてるよな」
「してないよ!してない!してませんってば!い、痛い痛い痛いつねんないで!」
「俺の目を見て『ごめんなさい』10回」
「ごめんなさいごめんなさいごめ、……痛い!つねりすぎってば!」

 気の済むまで私の頬を引っ張り尽くしたシリウスはいつもの100倍ほっぺたが伸びた気がする!どうしてくれるんだ!と憤慨する私の様子にご満悦の表情だ。私はまだシリウスの手の感触の残る頬をぐりぐり抑えながらため息をつく。

「ねえシリウス。そういうとこなんだと思うよ」
「は?何が?」
「何がって君、付き合った女の子みんなのこと好きだったわけじゃないだろう」
「まあな。来るもの拒まず去る者拒まずが恋愛における俺のスタンスだ」
「こういうの、みんなにやってるわけでしょ。私はシリウスがそういう親愛の示し方する人だってわかってるからいいけど、何も知らない女の子は君にそういう気があるのかと勘違いするよ」
「……ふうん。別に俺は、お前やジェームズたちが分かってくれてればいーや」

 そう言ってシリウスは日の当たる窓際近くに長い脚を投げ出して大きく寝そべった。そういう話じゃないんだけど、と反論する私の言葉に聞き耳を持つ気の無いシリウスに呆れながら私は彼の魔法でぴかぴかに磨かれた床に腰を下ろして、杖を一振りしてふかふかのクッションを2枚取り出す。こういう時、魔法って便利だなと魔女に生まれたことをとてもとても感謝してしまう。

「女子が寄って来るのは俺の責任なのはわかる。だけど毎回手酷く振られるのは俺のせいじゃないだろ」
「いやだから、シリウスが他の女の子に優しくしてるのが嫌なんじゃないの」
「……はーん、そういうことかあ。めんどくせえなあ」
「えっまさか君、気付いてなかったの?」

 シリウスがゴロンと犬みたいな動きでこちらを向く。端正な顔にかかる黒髪の一房一房までもが芸術品みたいにうつくしいくせに、きれいなものが纏いがちな張り詰めた雰囲気を微塵も感じさせないシリウスのやわらかな空気感が私は好きだった。髪の毛を撫でてやると犬のように目を細めたものだから私は声を上げて笑ってしまう。

「なんだよ」
「いや、シリウスってやっぱりワンちゃんみたいだなって。ワンちゃんみたいっていうか、犬そのもの」
「初めて会った時からずーっとそれだ。そろそろ人間として認識してくれ」
「そういや君、アニメーガス習得するんだってね。絶対犬がいいよ。黒い犬がいいな」
「後半お前の希望だろ。絶対他のになってやる。黒犬だけはぜってえなんねーから」

 そういうのフラグって言うんだよ、と私が笑いながら教えてあげると、笑いを堪えきれなかったシリウスがいつもみたいに吹き出した。ひとしきり笑った後、私はいつもみたいにシリウスの横に寝転がって束の間のお昼寝タイムに身を任せる。クッション呪文のおかげで文字通り床に沈み込んだ身体から力を抜いてうとうとと微睡んでいると、私が寝たと思ったらしいシリウスがぽつんとぼやくように呟いた。

「俺が女に振られるの、絶対お前のせいだと思うんだけどな」

 そんなこと言ったら私に彼氏が出来ないのはシリウスのせいだよ、と起き上がって言い返してやるのもなんだか恥ずかしくて、私はしばらく思い悩んだ挙句隣から聞こえてきた小さな寝息に思考を放棄した。
 この後暖炉のある部屋とはいえ真冬の教室で半日昼寝と洒落込んだ私たちが風邪をひき、ジェームズたちに呆れられたのは言うまでもない。