1.あいくるしい

「うっわーやばいマジで遅刻する!まさきィ体操着持った!?」
「持ったー!」
「まーちゃん絵の具!今日図工あるんじゃなかったっけ!」
「あ、あき弁当は!?」
「そこ!テーブルの上!」
「おにいちゃん自転車のかぎはー?」
「えっ?玄関のトレーに……って無え!クソッどこだ!」

 四宮家の朝は騒々しい。揃いも揃って寝坊したわたしたちはぎゃんぎゃんと騒ぎながら、転げ落ちるようにマンションの階段を駆け下りた。慣れきった連携プレーでママチャリにまーちゃんを乗せて、わたしは大和の背中にしがみつく。さあいざ発進!――というところで、駐輪場の入り口にキキッと一台の自転車が止まった。

「何してんだよお前ら!三人乗りって!」
「あ!成樹くんだー」
「成樹!?チッ、何でいんだよ。退け!轢くぞ!」
「っだあ!?あぶねーんだよ馬鹿大和!こないだ事故りかけたの忘れたのかよ!あき自転車は、……ってそういえば昨日パンクしたんだっけ」
「そうなの。今日の放課後修理屋さん行こうと思ってるんだけど」
「邪魔だ成樹!俺とあきとまさきが遅刻しかけてんだよ!いい加減ぶっ殺すぞテメー!」
「はー!?悪いけど俺も遅刻しかけてんだわバーーカ!」

 唾を撒き散らしながら元気に言い合う二人をまーちゃんが不安そうな表情で見つめている。成樹くんはそれに気が付くと咳払いをして、はああーと盛大なため息をついた。

「……ああもう事情はわかったから!あきはこっち乗れ、こっち!」
「わたし?」
「あん?何でだよ」
「今からまーちゃんの小学校行ったらホームルーム間に合わねーかもしんねーだろーが。三人乗りあぶねーし俺があき乗せてく」
「あーまあ確かに……ん?てか成樹のくせにあきと二人乗りってなんか腹立つな」
「んだとテメー」
「もう!二人とも!ぜーんぶ後でね!まーちゃん遅刻しちゃうから!」

 わたしはくっつきそうなほど睨みあう二人をべりりとはがす。まだ成樹くんは何か言いたそうだったけど、わたしは構わず大和のママチャリを押して駐輪場から送り出した。「あきに変なことすんじゃねーぞ成樹!」という大和の怒声と、まーちゃんの楽しそうな声が遠ざかっていく。

「あんなスピード出して怖くねーのかな、まーちゃん」
「まーちゃんあの子極度のスピード狂だから多分大丈夫だと思う」
「あー、そうなんだ」

 ぽりぽりと首の後ろをかきながら、成樹くんがそっぽを向いてじゃあ行くか、と言った。頷くと、「ん」と背中を向けられる。
 荷台に腰かけて成樹くんに身体をあずけると、ふわりと柔軟剤のさわやかな香りがした。ぐん、と成樹くんがペダルを漕いだ動きが、わたしの身体にも伝わる。そんな距離がこそばゆくて、なんだか気恥ずかしい。自転車の二人乗りをする時って、どんな会話すればいいんだっけ。今までの経験を思い返してみたけれど、大和の顔しか思い浮かばなくてどれもあてにならない。迷った末に、わたしはさっきから気になっていたことを聞いてみることにした。

「ねえ成樹くん」
「ん?」
「……もしかして、待っててくれてたの?」

 今朝起きた時、時計の針は八時十五分を指していた。――わたしがあわててまーちゃんの朝ごはんを作る傍ら、大和が成樹くんに電話してたので、てっきり成樹くんは先に登校しているのだとばかり思っていた、のだけど。正門前の信号が赤になって、ガクンと自転車が止まる。成樹くんは一瞬黙りこくってから、言葉を選ぶように言った。

「……えっと。なんていうかその、あー……。待ってたけど」
「やっぱり!ごめんね、大和から先に行ってって言われなかった?」
「言われた」
「言われたのに待っててくれたの!?」
「それは、その。一緒に行きてーなって思ったから」

 あきと。はずかしそうな成樹くんの声が、わたしの体温を一気に上げる。心臓がどきどきいって、成樹くんのからだに回した腕に力が入らない。はずかしくなって俯くと、おもいがけず額が成樹くんの広い背中に当たってしまった。ぴくり、と成樹くんが身じろぎする。

 ――音響が鳴り響いて、信号が青になった瞬間。シャーッと見覚えのあるピンクのママチャリが視界を横切った。

「あき〜!まさき間に合ったぜ!……ってなんだこの甘酸っぱい空気」
「えっ?な、何でもない!」
「え?なになになに水くせーぞ」
「……あっ!?大和!あと1分でホームルーム始まんじゃね!?」
「うるせーなだから何だよ」
「バーカ!お前あと遅刻一回で居残りだろーが!」
「だああっ!?忘れてた!」
「急ぐぞ!――あき、ちゃんと掴まってろよ!」
「うん!」


 わたしの朝はとっても騒がしい。大和に、まーちゃんに、成樹くんと朝を過ごすと、わたしの生活はとっても色鮮やかでにぎやかなものになる。いつまでもこの時間が続けばいいななんて思いながら、わたしは成樹くんの大きな背中に顔をうずめた。



----------------
title:『コペンハーゲンの庭で』様

エンドロールに会いたい
back to top