3.きらきら、ちかちか



『なああき、バイトする気ねえ?』

 成樹が話あるって、と大和から差し出された受話器から飛び出してきたのはそんな言葉。どうやら成樹くんが働いているカフェが人手不足で、現在アルバイトを絶賛大募集している最中らしい。居候先の家主である叔父・雅道さんにアルバイトの可否を尋ねたところ、「学業が疎かにならないなら」という条件のもと、許可してもらえることになった。

「あきちゃんあるばいとするのぉ〜?まーもやるぅ!まーも!」
「うーん、まーちゃんはまだちっちゃいからできないかなぁ」
「え〜!やだ〜!やる!やるの〜!」

 宿題を放り投げたまーちゃんがヤダヤダとわたしの膝によじ登ってくる。そんなまーちゃんを見る大和の鼻の下はいつものコワモテフェイスはどこに行ったのってくらいデロンデロンに伸びていて絶妙にこわいし気持ち悪い。ドン引きした顔で大和を見ているとローテーブルの下で足を思いきり蹴られた。

「いっ!?こら!暴力反対です〜。まーちゃんいーい?アレになっちゃだめよ、アレに」
「アレって言うなバカ。てかまさきィ〜あのさぁ俺の膝も空いてるんだけどぉ〜そんな鬼ババアのトコじゃなくてお兄ちゃんの上乗んない?」
「ヤダヤダヤダあきちゃんがいー」
「はい振られた大和くんは夕飯の買い出しの準備してくださーい」
「……マジか結構ショックだわ」

 しょぼしょぼと立ち上がって冷蔵庫の中身を覗きに行く大和の後ろをまーちゃんがてこてこついていく。まーちゃんの手のひらの上で転がされる大和は正直気味が悪いけど、見ている分にはかなり面白い、なんて思っていることは大和には内緒だ。



*



「ダイコンとー、おにくとー、まーのヨーグルトとー、あきちゃんのプリンとー、あと、あとねー」
「まさき重くない?俺全然持つよ?」
「ヤダー!ダイコン持ちたいー」

 最近のまーちゃんは大和に「ヤダ」と言うのにはまっているらしい。スーパーの帰り道、わたしたちは近所の川沿いの遊歩道を散歩がてらぶらぶらと歩いていた。とはいえ、お肉や冷蔵品もあるのでそんなに長居はできない。

「大和、そろそろ帰ろうか。雅道さんも帰ってくる頃だろうし」
「そーだな。まだ風呂洗ってねーし……ホラまさき帰るよ」
「おにーちゃん、帰りあれやって、あれ!」

 大根を持ってぴょんぴょんと跳ねるまーちゃんが、まんまるの目をきらきらさせながら言った。わたしと大和は顔を見合せる。

「まーちゃん、あれってなあに?」
「あれ!ととろのグワーーッてやつ!」

 そう言うが早いか、まーちゃんはぴょんと大和の身体に飛び付いた。大和は器用に大根の一撃を避けると、デレデレしながらまーちゃんの身体をずりあげる。

「も〜まさきってばお転婆さんだなー。しっかり掴まれよ〜!」
「うん!ねーあきちゃんもうしろ乗ってー!」
「えっ!?」

 大和に抱っこされているまーちゃんがべしべしと大和の背中を示す。――わたしたちは硬直した。今まーちゃんは、なんて?

「えっと、まーちゃん」
「ととろ!ととろやろー!まーがメイちゃんね!あきちゃんはさつきちゃんでー、でもおにいちゃんおなかおっきくないから、まーが前であきちゃんがうしろ!」
「え〜っまさき、えっとね……人目というものが……それやるなら家で……」
「ヤダぁ〜〜〜〜!まー今やりたい!今やりたいの〜!」
「でもまーちゃん、お兄ちゃん大きい荷物持ってるから無理だよ」
「ムリじゃないよ!だっておにいちゃん力持ちだもん!」

 まーちゃんがにこにこの笑顔でそう言った瞬間、大和の肩がピクリと動く。……それはもう猛烈に嫌な予感がして、わたしは二歩後ずさりした。途端、ガッと肩を掴まれる。

「……逃げんなよ、あき」
「えっむりむりむり。マジでこっち来ないで」
「――俺はなぁ!力持ちなんだよ!荷物貸せ!」
「ぎゃ!?やめてやめてやめっ、きゃあああああ!?」

 足払いをかけられて体勢を崩した次の瞬間、目の前にまーちゃんの天真爛漫な笑顔が広がる。大和がわたしの膝裏を掴んでグンと立ち上がったので、ぐわっと急に目線が高くなった。――おんぶなんて何年ぶりだろう。高い。高くて怖い。

「まさき、あきのふとももの上に脚乗っけて」
「きゃははは!しゅっぱつ信号!」
「進行な」
「えええ!大和おろして!――きゃああ!?」

 ゴーゴー!とまーちゃんが大根を突き出したその直後、ぐらりと視界が揺れる。
 西日がまぶしい川べりを、大和は勢いよく疾走し始めた。わたしは情けない声を上げながら、けたけた笑うまーちゃんが落ちないように腕を伸ばして背中を支える。こわい!こわいけど!こわいけど……

「……っふ、あはははははっ!!」
「あーもう!コレ明日ぜってー筋肉痛だわ!」
「あは、ふっ、たのしー!何これー!?」
「きゃはははは!おにーちゃんもっとはやく!はやくぅ!」
「よーし!頑張っちゃうぞー!二人とも掴まれー!」
「きゃーー!!」

 道行く人が訝しげな顔でわたしたちを見つめているのがわかる。はずかしい、けど信じられないくらいめちゃくちゃ楽しい。ガシャガシャとスーパーのビニール袋が音を立てて、まーちゃんの楽しそうな笑い声がこだました。うん、こんな日があってもいいかななんて、そんなことを思ってしまう。――わたしたちは家の近くで成樹くんに見つかって怒られるまで、さわがしく大笑いしながら夕陽の中を駆け抜けたのだった。






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