恋と思慕と憧憬と



ローワン・カナはホグワーツ1の才女だ。しかも気立てがよくて友達思いで、笑顔がとても可愛い。なまえは頬杖をついて、一心不乱に羊皮紙に羽ペンを走らせている親友の長い睫毛をぼんやりと見つめていた。肩からさらりと流れる黒髪を耳にかけて(彼女は可愛いだけじゃなくて、こういう動きがとてもセクシーだ)、ローワンの眼鏡越しの綺麗な瞳がこちらを向く。

「ちょっとなまえ、ちゃんと勉強してよ。前回の魔法史の試験、赤点ギリギリだったの忘れたわけじゃないよね?」
「ごめんごめん。ローワンがあまりにも真剣に勉強してるからさ」
「首席は努力しなきゃなれない。そうでしょ?」

ローワンが肩をすくめながらニヤッと笑って言った。二人は同時にぷっと吹き出す。

「未来の首席はほんと、お茶目だね」
「教師に求められるものってなんだと思う?教養とユーモアだよ」
「ローワン、あなたならきっとなれる。監督生にも首席にも、ホグワーツ最年少の教師にも……」
「そうかな?早く5年生になりたいよ……」

その時、司書のマダム・ピンスが咳払いをしながらぎろりとこちらを睨んだものだから、ローワンは慌てて口を噤んだ。

「……さあ、ほら……テスト勉強に戻ろう。試験まであと3週間しかない。親友の補講レポートの手伝いなんて、二度とやりたくないからね」




なまえ・みょうじはホグワーツ1の魔女だ。呪文をマスターするのは誰よりも早いし、魔法薬のセンスもある(ペーパーテストはどの教科もパッとしないあたり、なんだかとても彼女らしい)。それに器量が良くて友達思いで、勇敢だ。ローワンは先週の授業の復習をしながら、昨日トンクスと糞爆弾の改良をしてみただとかついさっきフィルチと追いかけっこしただとか、楽しそうにけらけら笑うなまえの話をひとつひとつ噛みしめるように聞いてやる。ただ、話の途中途中で変顔をするのだけはやめてほしい。きれいな顔が台無しだ。

「なまえ……私、君がいつか退学になっちゃいそうで心配だよ」
「大丈夫。ローワンが監督生になるまで持ち堪えて見せるから」
「私が監督生になったらどうするの?」
「もちろん、監督生権力で色々揉み消してちょうだい」

なまえが形の良い唇をニッとあげて見せる。二人はクスクスと小さく笑った。マダム・ピンスの咎めるような視線に気づいたなまえはーーほんの一瞬遠くに視線を彷徨わせてから、ガタンと勢いよく立ち上がった。

「ローワン、ごめん。私、ちょっと行ってくるね」
「あー、うん」

どうやら彼女が図書館に来た目的は今この瞬間達成されたらしい。今にも踊り出しそうな親友がインクを零しそうになるのを全力で阻止しながら、ローワンはそっと背中を押す。

「行ってらっしゃい。頑張って」

なまえは上の空で「じゃあまた夕食の時間、大広間で」と小さく呟きながら、自分の教科書を引っ掴んで真っ黒な大蝙蝠の方へ走り去って行った。魔法薬学教授はおどろおどろしいタイトルがずらりと並ぶ本棚で、何やら調べ物をしていたらしい。彼は親友と少し口論をした後ーーマダム・ピンスに叱られて図書館を追い出される羽目になってしまったようだった。嫌悪と好奇の視線を一身に受けながら、スネイプは黒いローブを翻して生徒の机の脇をゆっくり歩いて行く。

「先生、ポリジュース薬に砂糖を入れたらどうなりますか?」
「馬鹿者。繊細かつ厳密な芸術である魔法薬に、愚かにも味付けをしようとするな」

地下牢の薬草の匂いと親友の石鹸の香りがローワンの横を通り抜けた瞬間、スネイプの真っ黒な瞳がこちらをちらりと見た。気がした。ギクリと身体を硬直させたローワンが面白かったのかなんなのか、スネイプは鼻でフンと笑うと(それでも無表情のままだ)ーーなまえの教科書をむんずと取り上げて、スタスタと扉の方へ足早に歩いてゆく。

「わ、先生持ってくださるんですか?」
「君は少し黙っているということが出来ないのかね?」

ローワンは呆然と、魔法薬学教授と親友が図書館を去るのを見送った。


セブルス・スネイプ。ホグワーツ最年少の21歳で魔法薬学教授になった男。そして元『例のあの人』の配下ーー死喰い人だったという噂のある教師。


ねえなまえ、私は正しいのかな?本当は、あなたのことを止めるべきなのかもしれない。闇に飲まれた男に深入りする前にーー引き戻すべきなのかもしれない。

そもそもスネイプはスリザリンの寮監で、なまえはグリフィンドールの生徒だ。スネイプがなまえに心を許すと思えなかったから、ローワンは安心しきっていた。なまえの人心掌握術を甘く見ていたのだ。
彼女はとても狡猾で、美しい。するりと人の心に入り込んで、じっくりと時間をかけて相手を完全に絆してしまう。スリザリンのようなその素質はきっと父親からの遺伝だろう。彼女の父はスリザリン、母はグリフィンドールの出身だ。彼らは恋愛結婚ののちなまえを産み、今でも夫婦円満でラブラブなのだという(昨年の夏、夫婦旅行のお土産がローワンの元にも送られてきた。とてもおいしいホノルルクッキーだった)。そんな珍しいカップルの元で育て上げられた彼女は、元々スリザリンへの苦手意識が薄いようだった。


しかし果たして本当にーーそれで良いのだろうか?元死喰い人の元へ足繁く通う友達を……放っておいても良いのだろうか?

何が最善で、自分が何をすべきなのか。ローワンは頭がショートしてしまいそうなほど考え込んだあと、ガタリと大きな音を立てて立ち上がった。こんな状態で勉強に手がつくわけがない。なら諦めて、思う存分思索に耽り、気が済むまで悩みに悩み抜こうじゃないか。急いで机の上のものをかき集めて、図書館を飛び出す。マダム・ピンスに名指しで注意された気がするけど、そんなのお構いなしだ。

ローワンは二段飛ばしでレイブンクローの寮の塔を駆け上がる。私の独断で、親友の恋を阻むべきじゃない。ねえペニー、あなたもそう思うでしょう?永遠にも思える螺旋階段を登りきり、鷲のドアノッカーの質問に答えて、ローワンはもう一人の親友の名前を呼んだ。


秘密の作戦会議が、今始まろうとしていた。




《終》