冷たくて不器用な人 01

私には、どうも苦手な人がいる。
できるならずっと顔なんて合わせたくない。
だけどここ最近、毎日の様に顔を合わせているのは私が行く場所にその人がいる所為だった。

砂隠れの里で郵便配達をしている私は、いつも決められた地区に郵便物を配達している。
最近は戦争も終わったというのもあって、忍の人達のみが出入りしている場所へも配達する事も増えた。
その代表的な場所といえば風影様がいるお屋敷、「風影邸」なんだけど、その風影邸にいる風影様こそが私の苦手な人だった。


初めて風影邸に荷物を届けたのはつい一ヶ月程前で、風影様本人に直接届けてくれという指示のもと私は屋敷へと足を運んだ。
風影邸なんて、一般人はあまり、というか殆ど行かない場所だし、風影様にだって会う事なんて無いのに、直接荷物を届けてサインを貰うという行為をしなくちゃいけないなんて、ただの郵便配達人の私にとっては一大事の事だった。

そして初めて荷物を届けたあの日、執務室まで通された私は風影様に挨拶をしてから「荷物をお届けに参りました」と言ったのにも関わらず、当の本人からの返事は無くて。
え、無視ですかと内心思って、もう一度「お荷物です、サインをお願いします」と少し強めに言えば突然私の視界に現れた砂が手元の荷物を掻っ攫って行って、その数秒後、サインの書かれた伝票をまた砂が持って来んだった。

別に、愛想の無い人なんてごまんと居る。
扉が少し開いて、手だけが出て来て奪うように荷物を受け取るような人も居るから、無愛想な対応には慣れていたはずだったけど、この里の長がこんな人だったなんてと思うと、他の無愛想な人よりもショックに思ってしまって、というかイラっとして私は挨拶も無しに執務室を後にした。

とまあ、最初の配達はそんな感じで、正直もう二度と行きたくないと思っていた。
だけどその数日後、また風影邸への配達があって、やだなーと思いつつも今度は手紙を執務室まで届けた。
そしてそこからほぼ毎日、私は風影様に直接、誰からのものなのかも知らないけど手紙を届けていたりする。



「名前ちゃん、今日も風影様宛の手紙あるよ。最近ほぼ毎日だね」

「うわあ、まじですか。誰かと文通でもしてるんですかね」


今日も、郵便物の仕分けをしてくれている先輩から風影様宛の手紙があると伝えれらる。
もう何回目かも忘れたけど、結局一度も良い印象であった事が無い風影様は、私の中で悩みの種になっていた。
砂で受け取るとか、挨拶すらも言われた事が無い事とか、そういうのには最早慣れていたけど、あの鋭い威圧感みたいなもののせいで私はどうしても風影様に慣れなかった。

結局一回も”手渡し”できていないこの配達。砂を使って受けとるのなら風影邸の前にいる門番の人に渡すのではダメなんだろうかといつも思っていたけど、私も仕事であるので、どんなに苦手な人だろうが直接持ってこいと指示されたらそうするしかなかった。


「今日も砂で受け取りなのかなあ」

先輩に言われた通りに、他の配達も順々に済ませながら風影邸に向かう。

門番の人に軽く挨拶をすれば「ご苦労様です」と労いの言葉をくれた。
最初こそ、どうして風影様へ直接渡す必要があるんだとでも言いたげな視線を寄越されて、心底嫌な気持ちになったし、そんなの私が聞きたいんですけどと思ったけど、いつしか理解してくれたようで今では笑顔で「ご苦労様」とか「いつもお疲れ様」とか、そんな事を言ってくれるようになって。
私にとって門番の人は風影邸へ来る時の、唯一の癒しになっていた。


「失礼します。郵便です」

屋敷内のゆるやかにカーブした長い廊下を歩いて、風影様のいる執務室の扉をノックすれば中から「入れ」と声が聞こえてきたので、郵便バッグから渡す手紙を取り出しながら部屋へと入る。
そこには相変わらず書類と睨めっこをしている風影様がいて、ああ今日も砂に手紙を奪われるのかと考えた、のだけど。


「すまないな、」

「え」

一言、労いとも取れる言葉を発した風影様に、私は目が点になった。
そしていつも私の持っている手紙を奪う筈の砂はいつまで経っても来なくて、代わりに私の目の前に現れた風影様の手をそのまま凝視、フリーズしてしまった。

「……どうかしたか」

「え?!あ、いえ、あの、サインを」

「ああ。ここで良かったか」


約一ヶ月間こんな風に対応された事なんて無かったのに、初めて書類が山積みになった机から離れて私の方まで歩み寄って来てくれた事に思わず驚いてしまったけど、なんとかサインをと伝票を渡す。

サラサラとサインをする風影様の綺麗な手を眺めながら、ここへきて漸く心を開いてくれたんだろうかと、やっとこの屋敷に来るのも苦痛では無くなるかもなんて、サインが書かれた伝票を受けとりつつ思ったのも束の間。


「……用が済んだなら早く行け」


突然、突き放す様な言葉と共に毎度感じていた鋭い空気が全身を貫く感覚に襲われ、驚く暇もないまま私は風影邸を後にした。


◇◇

次の日も、風影様宛の手紙があった。
昨日の事を考えるとやっぱり行きたくなかったけど、仕事は仕事と考えさっさと配達を終わらせる事にした。

他の配達を終え、最後の配達先である風影邸へと足を運ぶ。
今日も、昨日と同じ門番の人が立っていて唯一の癒しの笑顔をくれた。
屋敷内へ入り、執務室までの道すがらすれ違う忍の人から変な目で見られるけど、そんな事は気にせずたどり着いた執務室の扉をノックした。

「失礼します。郵便です」

昨日と同じく、「入れ」と声が聞こえて部屋へと入る。

扉を開ければいつも通り、書類まみれの机に向かった風影様がそこにいて、届ける手紙をバッグから出せば砂がそれを取りに来る。
そう思っていた。

だけど、珍しい事は何度もあるもので風影様は昨日と同じ様に自ら手紙を受け取り、サインまでもくれた。
でもどうせ、この後には冷たい態度に戻り早く帰れなんて言ってくるんだろうとも考えていたけど、その言葉も無く。


「……仕事は残っているのか」

少しの沈黙の後突然私に向けられた言葉は意外過ぎるもので、一瞬、私に言ってるんだよね?と考えてしまった。
勿論今この執務室には私と風影様の二人しかいないので、どういった意図があってそんな事を聞いているのかは知らないけど、今日の配達は風影様宛の手紙で最後という事を伝えた。


「……なら少しだけ、お前に話したい事がある」

「は、……え?」


いや待て。
急にそんな、話ってなんだ、と頭が疑問だらけになる。
もしかして私なにかしでかしてしまったとか、風影様の気分を害してしまって私はこれから叱られるんではあるまいかとか、いやでも私は風影様の無愛想な態度に文句も言わず淡々と郵便物を配達していただけだしとか、色んな考えが頭を巡ったけど、結局行き着いた答えは叱られる筋合いなんて無いという事だった。

風影様から私になんの話があるのかは分からないけど、「いいえ聞きたくありません」なんて事は口が裂けても言えなくて、多少の戸惑いが残りつつも話を聞く事にした。