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こんなにストレートに言われたのは人生初だと思う。
私の考える普通なら、恋人同士が初めての夜を迎える時、なんとなく雰囲気に任せてどちらともなく行為に及ぶ。
どちらともなくキスをして、二人でベッドまで行って、自分たちの欲求のまま相手を求める。
それが恋人の特権みたいなもので、雰囲気でなんとなくお互いが欲求に満ちているのが分かるから、どちらからと言うわけでなく身体を重ねられる。
だけど今私の目の前にいる人は、私の恋愛の常識というやつが通用しない。
恋人というかもうすでに夫婦なんだから、私は別にいつ手を出されても怒ったりしないし、むしろそれを望んでいたりする。
無言でしてくればいいのに、わざわざ抱きたいなんて、そんな事言われた方が恥ずかしくて死亡フラグ。
抱いてもいいかという確認のつもりなんだろうが、今の時代、そんな事いう人なんているんだろうか。
きっと私の世界だとそんな事いう人なんてのは少数派、だと思う。だって今までの彼氏にそんな事言われた記憶ないし。
「良いか」
「……へ?」
「今ならまだ引き返せる。トランプでもなんでも、お前のしたい事をしよう」
今ならまだ間に合うぜ的な事を言われて、どういうリアクションを取れば良いのか困った。
いやもうここまで来たら私だって人間なんだし、したい気持ちはモリモリなんだけど。
我愛羅君が本当に私に気を使って引き返せると言ってくれているのか、はたまた私に言わせたい願望が継続していて、誘導されているのかを理解するには時間がかかった。
「ええっと、……私は、」
ああきっと、誘導されているな私は、と気づいたのは我愛羅君の表情がなんとなく期待に満ち溢れていたからで。
どういう性癖してるんだと、この先を思うと少しだけ冷や汗が滴るのを感じたが、もう既に私の身体は我愛羅君を求めている様子で。
身体全部が熱いし疼いている感覚には随分前から気づいていた。
「……抱いて、欲しい……かも、です」
言葉にしなくても、我愛羅君の頭を引き寄せて強引にキスでもしてしまえば簡単に事は前に進むんだろう。
けどそんな事私にはできなくて、なんでかっていうと、経験はあるけど慣れてはいないからだ。そして久しぶりだからだ。
だから言った。抱いて欲しいって。なんて返せば良いのか迷ったけど、抱きたいって言われたんだから抱いて欲しいって言うしかないよね。
それでも恥ずかしさアンド緊張で、カモ、なんて語尾になってしまったのは許して欲しいな。
「……そうか」
「……」
「最後に、カモ、と付け足したのが気になるが、本当に良いんだな」
「そ、そこには触れないでよ……」
やっぱり指摘してくるか、と思いつつ、本当に良いんだなと最終の確認までしてくる我愛羅君に、了承の意味を込めて抱きついてみる。
下から突然首に手を回され、私に抱きつかれた我愛羅君は体制を崩して私の上に倒れこんで来た。
「……すまない」
「いや、私が急に抱きついたから、ごめん」
倒れこんで来たものの、我愛羅君は咄嗟に肘をベッドにつき、全体重が私にのしかかる事はなかった。
抱きしめられる時は大概が立ってる時か座っている時。
我愛羅君より背が低い私は、抱きしめられると腕の中にすっぽり収まってしまう為、私は背中に腕を回すことしかできなかった。
それが今は、首に腕を回していて、寝転がっているから目線の位置も同じくらいで。
いつもと違う感覚になんだか嬉しくなって、自分の頬を我愛羅君の頬にすり寄せる。ああ気持ちいい。
「…名前」
「ん、」
頭を撫でられ、静かに首に巻きついている腕を離されると、思った以上に近い距離で見つめられて驚いた。
鼻先がもうすぐ触れそうなくらいの距離に、思わず息を飲んで、我愛羅君の言葉の続きを待つ。
「……愛している」
「…っ」
惜しげも無く言われた愛の囁きに身体中が一気に熱くなる。
鳥肌が立って、我愛羅君と触れている場所全部に神経が集中した気分だ。
私もだよと声を絞り出して言ってみれば我愛羅君は満足そうに微笑んだのが見えた。
頭を撫でられ、頬まで滑ってきたところで、元々近かった我愛羅君の顔がもっと近づいて来て、あ、と思う間に口付けられる。
時間にして一瞬。ちゅ、というリップ音も無くてただ押し付けられただけの幼稚なキスだったのに、恥ずかしいやら嬉しいやら、頭の中がもうぐちゃぐちゃ。
そんな私のことなんてつゆ知らずな我愛羅君はまた私の頭を撫で続ける。
「…我愛羅君、は、なんでそんな、余裕なの」
この前の我愛羅君とは本当に違う人物みたいだ。前はあれだけ顔を赤くしてたくせに、今のその余裕な感じは一体なんだと問うてみれば、不意に腕を掴まれ我愛羅君の胸元に押し当てられる。
そこから私の腕を伝って流れ込んでくる心臓の音は、破裂しちゃうんじゃないかってくらい煩くて、速かった。今の私とおんなじだ。
「分かるか。余裕などない……俺はずっとお前とこうしたかった。もう我慢できそうにないが、…」
何か言いたげなのに、続きに詰まる様子の我愛羅君は、誤魔化す様にもう一度私にキス。
言いづらい事なんだろうか、と一瞬思案して、思いついたのは我愛羅君が初めてかもしれないという考え。
それならそうと言ってくれればいいのに。
私はなんら気にならないし、リードしろって言われたらできるか分からないけど、結構どうとでもなると思っている。
というか我愛羅君の初めてになれるなんて、天にも昇る気持ちなんだけど。
唇から離れて言った我愛羅君の顔は、さっきまでの余裕の表情ではなく、少し困ったように微笑んでいて。可愛いすぎるだろ三十路越えてんのに。
「……初めてだからな、お前を満足させてやれるかどうか…分からない」
「……………ひひ、」
満足って。そんなの気にしてるのかと思うと思わず笑ってしまった。なんたってこうこの人は可愛らしいんだろうか。分けてくれその可愛さをと思うくらい可愛い。
でも私だってそんな、我愛羅君を満足させてあげる自身なんてないし、そもそも私が初めてだったとしたらお互い様じゃないのかと、気になった。
「ごめん、笑っちゃって。でも私だって初めてかもしんないのに、満足とか、そんなの考えてるのかと思ったら可愛いくて」
「……お前は初めてじゃないだろう」
「なんで分かんのさ?」
私は確か我愛羅君とそんな会話はしたことない。まあ普通しないだろうけど。
でも我愛羅君はなんで私が初めてじゃないって知ったような口ぶりなのか、それを聞くと、ああなるほどという答えが返ってきた。
「…お前から貰った携帯という物を触っている時に写真を見つけてな。同じ男と一緒に写っているものが何枚もあった。恋人だったんだろう」
「…うわそれ恥ずかしすぎ」
恋人がいればそういう事もあるだろうと思ってな。という事だそうだ。
確かに我愛羅君に渡した携帯には元カレの写真があったはず。それを見られたって事はまあ別にいいんだけど、そこからそんな推測してる我愛羅君がなんか可愛い。
「…まあ我愛羅君の言う通りだけど、でもかなり前の話だからね。今となってはもう殆ど初めてくらいの感じだし、余裕なんか全くないけど………」
「…そうか、」
よく言えば空気が和んだ。悪く言えば雰囲気ぶち壊しみたいな、私の可愛くもなんとも無い笑いで、さっきまでの緊張が少しだけほぐれた気がして、割と普通に会話している。
それでも我愛羅君が私の上で身じろぎする度に、下半身辺りに感じる硬さに意識が向いてしまう。
我慢してるだろうなと、私の経験とか昔話はもう終わりにしようと思った。
正直なところ、私だって我愛羅君に早く触れて欲しい気持ちでいっぱいいっぱいなんだ。
「…という、訳で………よ、よろしく」
「…ああ」
こんなに改まって始める人なんて多分いないだろう。
まるで本当に初めてと思うくらいに、また心臓がうるさくなる。
自分でよろしくと言っといてなんだけど、こんなにこの一言が緊張を呼んでくるなら言わなきゃよかったとちょっとだけ後悔した。