19
私は今夜、ついに一線を超えるんだろうか。
いや、別段そんなに深く考える事ではないけど、夫婦になったんだし、それはもうそういう事になるのも普通だと思うけど。
というか願ったり叶ったりなはずなんだけど。以前の世界であれだけ妄想を膨らませてた訳だし?我愛羅君ってどういう風なのかな〜(性的な意味で)なんてよく考えたりしてたもんだから、それはもう一線を超えるという事は喜ばしい事なのであって。
そもそもどうしてこんなに緊張しているんだ私は。
行為自体が初めてでもなければ、一以前には一人や二人、彼氏なるものがいた訳であって、付き合ったらそういう行為を自然と行なっていた訳で、これほど緊張するなんて事なかったんですけど。
「名前?」
「は、!はいぃぃいいい!!」
寝室のベッドの上、横にもならずただ座って考えを巡らせている私に後ろから突然声がかかって、あからさまに肩が跳ねる。
びっくりした…。
振り返ればつい最近も見た様な、お風呂上がりの我愛羅君がいて。あ、デジャヴュ。
時計を見ればいつもより早い時間で、仕事早く終わったんだねと声をかければ、今日は早く終わらせると言っただろう、なんて、昼間の出来事を思い返させる様な返答が返ってきて焦る。
「だ、だよね、言ってたもんね」
「ああ、」
気づけば私の横に腰掛けている我愛羅君を、横目でチラチラ視線を送れば、どうしたといつもの無表情がこちらを見据えた。
「き、今日は髪の毛、ちゃんと乾かしてるじゃん」
「…そうだな」
水の重さを感じさせない、きちんと乾かされた髪の毛に視線を泳がせて、いつも通りの髪型になっている我愛羅君の頭に手を伸ばせば、その上に手を重ねられる。
緊張のあまり少し震えていたんであろう私の手を握って、あろう事かそのまま手の甲に軽やかなリップ音を立ててキスされた。
「っ、」
「震えているが、どうかしたのか」
きっと震えている事になんてさほど興味はないんだろう。そもそもなんで私の手が震えてるかなんて、我愛羅君にはわかってるのかもしれないけど。
返事をしない私に、それ以上何も言わずただ私の手に顔を寄せる。
一度のみならず、何度も私の手の甲には我愛羅君の柔らかい唇が押し付けられて、どうにかなりそうだ。
「今夜は、お前のしたい事をしよう。明日は午後までゆっくりできる」
「は、えっと、」
「なんでもいい。夜風に当たりに行くのでも、夜通し話をするでも、なんにでも付き合おう」
そう言われてハッとした。
そうだった。この純粋が服を着て歩いている様な男は、ただ私が寂しかったと言ったから夜の時間を私の為に使ってくれようとしただけであって、
何もやましい事をしようなんて一言も言われていない。
でもあんな風に熱のこもった感じで、今夜は名前のしたい事をしようかなんて言われたら、もうそれはそれでしかなくて………え、もしかして私だけ?そう思ってるのは私だけ?
いやいや、もしそうだとしたら我愛羅君は無意識に誘惑じみた事をしてきたという事…。
こ、小悪魔じゃん…!
となれば私はなんの意識もしていない我愛羅君の手のひらで勝手にコロコロと転がっていただけ…!うわあ恥ずかしい!
「名前?」
「ん?!あ、ああ、えっと、えっとね、え〜っと、な、何しようか」
ああだめだ。
あれやこれやという間にベッドに押し倒されて、さあ何がしたい?と聞かれるものだと勝手に想像してしまっていたもんだから、まさかの普通の展開に頭がついて行かない。
いや間違っても私がドスケベって訳じゃないからね?!違うからね?!
「何も無ければ、このまま休んでもいい」
「え、あ、何も無い訳じゃ無いんですけど、あの、」
何しようか〜なんて、考えている様な素ぶりを見せながら何も提案してこない私に痺れを切らしたのか、我愛羅君からの寝てもいい発言を聞いて咄嗟に、何もない訳じゃないと突いて出る。
まるで何も考えていませんでしたみたいな雰囲気が嫌で咄嗟に言ってしまっただけなんだけど、我愛羅君は、したい事を言ってみろと言わんばかりの視線を寄越してくる。
その視線に、何か言わないとと考えてみるものの、トランプしか思い浮かばなくて、いやトランプは流石に子供じみている、というかベッドの上で男女が二人、トランプて。
ていうか私がしたい事とかこの際もういいから、我愛羅君は何かしたい事ないのか。
「…?」
「我愛羅君は、なんかないの」
そういえばそうだ。
我愛羅君は私の為にと今夜の寝る時間を惜しんでまで私の相手をしてくれようとしているが、逆に我愛羅君は何かしたい事ないのかと聞いてみる。が、聞いたのが間違いだった。
我愛羅君は少し考える素ぶりを見せた後、口角を少しだけ上げて、私と視線を重ねた後、まさかのとんでも発言をしてきた。
「お前と今までした事のない、初めての事でもするとしよう」
まさに目が点とはこういう事。
初めての事とは一体なんでしょうか。トランプ?トランプなの?した事ないよねトランプ。
じゃあババ抜きから初めてその次に神経衰弱、大富豪の順番でしようか。うんそうしよう。
え、違うの?トランプじゃないの?
じゃあ何、初めての事って一体何なのおおおおお
というか、するとしようって、もう決定事項なの?私の今までの考えは無視?
「は、はははは初めての事とは一体、なななんでしょうか」
「…なんだと思う」
「え、ええっと、ト、トランプとかした事ないかな〜って、…思うんだけど」
キャラチェンでもしたんですかとでも言いたくなるような我愛羅君の諸々の発言に、動揺が前面に出てしまう。
さっきまで夜風がどうとか夜通し話をとか言ってた人はどこへやら。
純粋が服を着ていると思いきや、少しずつ脱ぎ出した感がある我愛羅君は、いつの間にか離されていた私の手をもう一度取って、甲にキスをしてくる。
あわあわと焦る私を尻目に、ちゅ、ちゅ、とリップ音が静かな部屋に響いて木霊する。
もしかして最初から、私がやましい事を考えて、それが言えずに何か他にしたい事を考えあぐねた結果、我愛羅君に話を振る事を全部分かっていたりとかしないよね?!
そうだとしたら策士…!私が勝手に我愛羅君の手のひらで転がっていただけかと思いきや、完全に転がされていたとは…!
「…トランプではないな」
「じゃ、じゃあしりとりかな!そうでしょ!絶対しりとりっ、……!」
気づいた時にはもう手遅れ。
我愛羅君と横並びでベッドに腰掛けていた体制は、ぐらりと視界が揺れると同時に天井を仰いだ。
自分の顔の両脇には我愛羅君の手が、そして目の前には顔があって、私はベッドに押し倒されていると瞬時に思う。
電気は消していたから、窓から差し込む月明かりだけが頼りの中、はっきりと見える我愛羅君に心臓が跳ねた。
「しりとりでもない。…本当は分かっているだろう」
完全に確信犯だこいつは。遊ばれている。
結局のところ、ただ私にそういう行為がしたいと言わせたいだけじゃんか。多分、こいつの中では最初からそういう計画だったんだろうけど。…なんという悪魔め!
真っ直ぐ上から見下ろしてくる我愛羅君の視線に耐えかねて、顔を背けながら自分の手を我愛羅君の胸に押し付け突っぱねる。
だけど全然動いてくれない。
股がられている場所がちょうど足の付け根あたりという事もあって、なんだか変な気分に陥る。いやもともと変な気分だったのかもしれないけど。
とにかく早急に退いてほしい。
「……」
「…俺はお前の口から聞きたいんだが、言わないなら俺が言ってもいい」
「、っ…」
私の顔の横に付いていた手を移動させて、私の頬へ滑らせる。
肌が粟立つのを感じて身じろぎをするとベッドがギシ、と鳴った。
「俺はお前を抱きたい」