これから先_end
何時間経っただろうか。
風影様達が火影様を奪還しに行ってからもう随分経ったと思う。
別に、夜明けまでには戻るとか、そんな風に言っていた訳ではないのに、時計の針が進む度、まだかまだかと結局一睡も出来なかった。
皆は無事なんだろうか。
出来るだけネガティブな方向には考えたくないものの、もしもの考えが頭を何度もよぎってただ寝転がっているだけなのに酷く疲れてしまった。
そろそろ太陽が昇り始めて、空も白んでくる頃だろうかと、カーテン越しに射し込んでくる光を睨む。
安静にしていたからなのか、はたまたずっと私の腕に刺さっている点滴のおかげなのか、足の痛みは夜のうちより大分マシになった気がした頃、漸くと言った風に病室の扉が開いた。
「風影様…っ」
「…起きていたのか」
ガラ、と扉を開けて入ってきた風影様の方へと視線を向けて、やっと言うことがきくようになった身体を起こす。
起きていたのかと言われて、眠れませんでしたと言うのもなんだか心配をかけたと思われそうで口をつぐんだ。
「お、おかえりなさい」
「ああ。起き上がっていて問題ないのか」
「はい、なんとなくですけど大丈夫です、」
風影様が帰ってきたと言うことは、火影様も無事に帰ってきたという事なのか。
風影様の表情からはそれが読めなくて、しどろもどろに視線を漂わせていると、それを察したのか「皆無事だ」と言ってくれる。
ほんとに良かった。
そっか、なんて呟いてほんのり笑顔になっていると、不意に頭に触れた暖かさに顔を上げた。
「…心配かけた」
「あ…いえ、」
「…それで、聞いてもいいか」
優しく撫でられた頭に恥ずかしさを覚えたが、風影様が何を聞かんとしているかを察して、ついに自分自身で、私を変えるきっかけを今から話すんだと、少し身体に力が入った気がした。
「私、風影様の事…というか両親を殺した人をずっと憎んでました」
「ああ」
「でもただの一般人が忍に復讐なんて到底無理だから、気にしないように、思いださないように忍から距離を取って、…ただ逃げてきたんです」
風影様の方は見れないけれど、案外するすると自分の事を話せるのは、きっと風影様が何も言わずにただ聞いてくれてるからだと思う。
今までの事とか、両親が殺された事について本当は自分がどんな風に考えてたのかを、整理しきれていない言葉で少しづつ話していく。
きっと言葉足らずだったり、会話の内容が前後したり、自分でも何を言っているのか分からなかったりするけど、それでも黙って聞いてくれている風影様には頭が上がらないかもと内心思った。
「それで…結局、何が言いたいかというと、あの」
これで最後だ。これさえ、「許したい」の一言さえ言えれば私はきっと、前に進める。
だけど知らぬうちに握りしめていた手のひらは、いつのまにか汗でびっしょり濡れていて、最後だと思う一言がなかなか言えない。
今になって、許した所で前になんて進めるのだろうかという考えが頭を一瞬よぎって嫌になった。
「えっと、その…」
「…焦らなくていい。お前の決心がまだついていないなら、また改め、」
「あ、いや…!決心、は、ついてます、」
結局何が言いたいのか、それをなかなか言おうとせず、握る拳の力だけが強くなっていく私の心情を察したのか、話を切ってもいいと言ってくれる風影様だけど、それを遮るように言葉を重ねた。
ここまできたのに言わずに終わってしまってはまた私は負け組だ。
風影様の優しさにつけ込んで、逃げ回るだけの自分に戻ってしまう。
そんなの嫌だ。私はこの金縛りみたいな感情から這い出て、普通の幸せを掴みたい。一般人と忍、分け隔てなく接して、誰かと恋愛したり家族になったりしたいんだ。
心を強くただ一言、言えばいい。
意を決して私は乾いた口を開いた。
「わ、私…両親を殺してしまった風影様の事、……ゆ、許した、い。復讐なんてしない、だから風影様も、…!」
自分を殺せば良いなんて、言わないでと続くはずだった私の最後の言葉は暖かい温度によって途切れる。
優しい衝撃に思わず閉じた目をゆっくり開けて、そこで初めて私は抱きしめられていると気づいた。
「っ、風影さま」
「…すまなかった、本当に」
弱々しくいう風影様の表情は見えないけど、フと前にもこういう風に抱きしめられたな、なんて記憶が蘇った。
あの時もこんな風に、小さく呟くみたいにして話してたっけ。
不謹慎かもしれないけど、少し前の出来事を思い出して、なんだか穏やかな気分になって笑ってしまった。
「…ふふ」
「……?」
「あ、すみません。なんか、前も同じ様な事あったななんて、思っちゃって」
穏やかなのはそうだけど、なんだか妙な気分だ。吹っ切れたのかな、分かんないけど。
今だに抱きしめてくれる風影様の背中へ、前はできなかったけど、今は躊躇する事なく腕を回す。
そうすると風影様の腕にも力が入ったみたいで、それがまた心地よかった。
「…あの時はすまなかった」
「はは、風影様、謝ってばっかりですね」
「……そうだな。すまない」
あ、また謝った。
少し前は、私に謝るななんて言っておきながら凄い謝るんだなあ、なんて思うとまた笑えてくる。
くつくつと腕の中で笑っている私に気づいた風影様は更に腕の力を強めて来て、流石に苦しいと背中を叩くと不意に名前を呼ばれた。
「…名前」
「…え?」
「ありがとう」
囁くみたいに耳元で突然言われて、思わず心臓が跳ねる。
さっきまで笑ってた余裕が一気に動揺に変わって、落ち着こうと思えば思うほど心臓が煩くなった気がして、背中に回した腕に力が入った。
「……急に煩くなったが?」
「…!も、もう!」
隠し切れていなかった心臓の音を聞きつけて、また耳元で今度は意地悪く言ってくる風影様は、いつもの調子を取り戻した様で、恥ずかしさもありながらなんだか安心した。
ぎゅう、と音がしそうなくらい抱きついていた私の肩を押し、「顔を見せてくれ」なんて言われて身体が離れる。
熱くなった顔を上げる事ができないでいる私の頬に手を這わせて優しく撫でられるとまた熱がこもった。
「…赤いな」
「っ、風影様が、」
「俺が、なんだ」
「〜〜っ!」
うう、分かってるくせに。普段はこんなに意地悪なのかこの人は。
すりすりと片方の頬を撫でられた後、顎の方に回った手が私の顔を捉えてあげられる。
半強制的に合わさった視線の先には、優しく微笑んでる風影様がいて。
「名前、本当に…ありがとう」
「っ、」
ああ、その笑顔は反則だよ。
今にも卒倒しそうなくらい心臓が煩くて、まともに返事が出来なかったけど、そんな事は気にならないくらい私は満たされた。
今まで逃げ道しか選択してこなかった私だけど、色んな誰かに助けて貰って、憎しみを克服できた。
その中には勿論風影様も入っていて
これからもっと充実した日常が送れそうだと思うだけで嬉しくなる。
私は頬に添えられた風影様の手に自分の手を重ねて、こちらこそありがとうの意味を込めて笑顔を送った。
おわり