始まりの愛

これから毎日、俺に味噌汁を作ってくれ。
なんてあの無表情に似つかわしくない言葉を聞いたのはいつ頃だっただろうか。

それに対して
毎日、うちの店に来てくれれば味噌汁くらい作りますよ。
そんな風に返してしまった私は只の馬鹿だと気づいたのは、つい最近の事だ。




「いらっしゃいま、…あ」

「…名前、今日もいつも通りの朝食を頼む」


店を開けてから暫くもしないうちに、その無表情は現れた。
ここ最近、毎日毎日飽きもせず、うちの店にやってくる無表情こそ、我が里の長、風影様だ。


一体何故こんな事になっているのか。
話は数週間程前に遡る。

風影様との"問題"が解決して、心の闇が日に日に晴れていく気分を味わいながら、私達はそれぞれお互いの毎日を送っていた。
前程会う機会は無くなったものの、風影様が里の見回りをしている最中、幸運にも出会う事が出来た時は、お互いの近況を立ち話ながら報告しあったりしていた。
主に私の店の事だけど。

それが突然、なんの前触れも無く風影様は私の店にやって来て、「これから毎日、俺に味噌汁を作ってくれ」と、訳の分からない事を言われた。
そして冒頭へ。



「あの、最近毎朝ここへ来てますけど、世話役の方が食事を用意してくれているんじゃ、」

「そんな事はお前が気にする事ではない」

「…息子さん…、シンキ君と朝ご飯食べなくてもいいんですか。家族なのに」

「その件に関しても問題はない」

「ていうかお昼…」

「朝食だ」



あ、そう、ですか。

もう何度同じ質問をしただろうかと思う内容を、今日も風影様にぶつけてみるが、返ってくる言葉はいつも同じ。
私が店を開けるのはお昼前で、朝食という時間には程遠い感じもするが、風影様は何故か"朝食を"といつも言うのだ。
最初はそれも気になって、昼食の間違いでは?と聞いてみた事もあったけど、断固として昼食ではないらしかった。全然意味が分からない。
結局、風影様の朝は遅いのかと勝手に解釈していた。


「…今日も美味いな」

「え?あ、ありがとうございます。でもわざわざここまで来てくれるのは有難いんですけど、ご自宅でも食べられますよね?」

「お前が作った物を食べる事に意味があるんだ」

「…はあ、そうですか」


店内には風影様と私以外誰もおらず、黙々と箸を進める音だけが響く空間に、良くも悪くも居た堪れない様な感じがしているのはきっと私だけだ。

数日前からなんとなく、この意味不明だった風影様の行動を意味するものに気づいた私は、冗談なのか本気なのかをずっと考えていて。

多分ではあるが風影様は遠回しのプロポーズを私にしてきたんじゃないかと、自意識過剰とも取れる考えに至った。
だって毎日味噌汁を〜なんて、どこぞの古い恋愛ドラマのセリフにしか聞こえない。

お昼時なのに朝食と言って譲らないのも、そう考えると合点がいく。
毎日味噌汁を〜なんてセリフは、毎朝朝食を自分の為に作ってくれと言っているのと同じ意味で、夫婦というものは、朝は必ず同じ屋根の下にいるものだ。イコール結婚してくれ。
例外はあるかもしれないけど。

本気なのか冗談なのかはさて置いて、そのセリフを言われた時、何故私はその真意に気づかず「毎日店に来てくれれば味噌汁くらい出しますよ」なんて言ってしまったんだろうかと非常に後悔している所存だ。

私がそんな事を言ってしまったが故、真面目な風影様は冗談でも本気でも、後に引けなくなって甲斐甲斐しく毎日店へとやって来ているのではないか。


「名前、美味かった。また明日来る」

「あ、ああ、はい。お粗末様でした。また、…明日、」


静かに両手を合わせてから席を立った風影様は、これまたいつも通り、代金を私に差し出してから、また明日の約束をして店を出て行く。

私の考えが当たっていて、尚且つ風影様が本気で私に求婚したのであれば、それはもう天にも昇る気持ちなのは確かだ。
だけどどうしても、風影様があんな陳腐なセリフを真面目に言うとは思えない。冗談だとしか思えない。
ていうか私を好きだと思う要素が分からない。
だとしても毎日決まって来店してくる意味も分からないけど。


毎日毎日、風影様が来る度にもやもやさせられる。
一体なんなのか、その行動の真意は果たして私の考えで正解なのか、確かめたい気持ちも勿論ある。
だけどこの行動が、結婚とかそういうのに結び付かないものだったとしたら、私が確かめた時点で、風影様はここへ来なくなってしまうんだろうかと思うと嫌だった。
それならいっそ、何も言わず毎朝風影様に朝食を出している方が、私的には幸せだった。


「…いつまで続くんだろ」