02
「義父上」
ここ最近の決まり事の様に名前の店で朝食を済ませ屋敷に戻ったところへ、まるで待ち構えていたかの様にシンキが俺を出迎えた。
その顔は養子でありながらも、周りから似ていると言われる程、いつも無の表情で、俺ですら何を考えているのかたまに分からなくなる。
「どうした」
「今日もあの店へ行っていたのですか」
「それがどうかしたか」
顔を合わせればまたこの話。
名前の店へ行く事以外、これもまた最近では決まり事の様になっていた。
正直なところ、どうして名前のところへ通い詰めているのか俺でもよく分からなくなっていた。
妻を取れと周りから散々言われ、見合いを進められた事もあったが、その度頭に浮かぶのは名前だった。
だがそんな男女間の恋愛感情に疎すぎる俺は、この感情は一体なんなのかを、以前木の葉であった会談後、ナルトへ問うてみたんだった。
ナルトは、「そんなの恋としか言いようがねえってばよ!」と意気揚々に俺へ言ってきたが、それを言われたからと言って、俺はこの感情がなんなのか、疑問が晴れる事はなかった。
だがそんな俺を見て、ナルトは何を考えたのか、妙にしたり顔で言ったんだ。
「それにしてもあんな美味い飯作ってくれる奴、俺が独身ならすぐ誘っちまうぜ」
そう言われた瞬間、俺は腹の底から苛立った。
思わず眉間に皺が寄り、思い切りナルトを睨んでいたのは今となっては申し訳なかった。
砂へ帰ってきてからカンクロウにも同じ事を言われ、大人気も無く敵意を剥き出しにした。
それから暫くして、名前を自分の目が届く場所に置いておきたい、他の奴に奪われる前にどうにか自分のものにしてしまいたいなどと考え、多分周りからは近寄りがたい雰囲気になってしまっていたんだろう。
それを見兼ねたカンクロウがさっさと自分の気持ちを伝えにいけと、まさに痺れを切らした様な顔で言ってきた。
だがどういう風に伝えれば良いのか分からないとカンクロウに問えば、さも面倒臭そうにだが答えをくれた。
「毎朝俺の味噌汁を作ってくれ〜とかで良いじゃん?食事処の店主だしよ」だそうだ。
名前が俺の好意を受け入れてくれるかは分からない。
元よりあいつの、憎しみの対象だった俺が気持ちを伝えたところで、馬鹿な事を言うなと非難されるかもしれないが、気持ちの真意に気づいた俺は、"伝える"という選択肢しか持ち合わせていなかった。
それがまさかこんな展開になるなど、誰が知っていたというのか。
「…俺は、あの店主なら義理と言えど母と呼ぶとこに抵抗はありませんが」
「…カンクロウに何か言われたのか」
「叔父上様は、上手くいけば毎日美味い飯が食えると言っていました」
「…」
カンクロウめ。
シンキもきっと、早くカタをつけてしまえと言いたいんだろう。
理解が早い子供だと思いもするが、親である俺の色恋沙汰をこうも簡単に受け入れてくれる息子は他にいるだろうか。
それが母親が欲しいと切望しているものなのか、はたまた名前だから良いんだと考えているのかは分からないが、とにかくこの現状を打開してから報告しようと、シンキの肩に手を一度添え執務室に向かった。
……
サラ、と最後の紙が擦れる音と共に今日やらなければならなかった公務を終える。
報告書などに混じっていた見合いの書類を眺めながらため息を一つ落とした。
一体誰がこんな所に紛れ込ませたのか。
想像したところで誰が犯人なのかは分かりきっているようなものだが、生憎今は見合いをする気もない為、勝手に目処を付けた犯人に内心謝りながら書類を返しに向かおうと立ち上がった時だった。
「我愛羅、」
執務室の扉が軽く叩かれ、入ってきたのはカンクロウ。
立ち上がり扉の方へと向かう途中に俺と鉢合わせたカンクロウは、俺を見るなり「どっか行くのか」と質問を投げて寄越す。
確かに見合い話の件が記載された書類を返しに行くところではあったが、それはいつでもいい事だと考え、先にカンクロウの用を聞くことにした。
「いや。カンクロウはどうした。何かあったか?」
「そうか?俺も急ぎの用…というか仕事の話でもなんでもねえんだが。あの店の女…なんて言ったっけな、あいつとの進捗でも聞いてやろうと思っただけじゃん」
「…」
あれからどうなった?自分の言いたい事言ったのかよ?と俺の方を見ながら随分と面白そうな顔をして言い放った後、カンクロウは壁に立て掛けてあった簡易的な椅子を取り出して座った。
そういえばこいつには相談紛いな事をした後から何も話していなかったなと思いつつ、成就したとは言えない今の現状を言うのが嫌な気もした。
だがカンクロウはニヤニヤと、聞くまでここから動かないとでも言いたげな視線を寄越してくる。
まあ、いずれはカンクロウにも話が伝わるだろう。それは俺の口からなのか、違う誰かの口からなのかは分からないが、他人から噂話のようにして伝わるくらいなら、俺が今言った方がマシだと考え、とにかく結論から述べた。
「…名前には伝えた。が、受け入れられたとは言い難いな」
「は?なんだそりゃ。要は振られたって事かよ」
「…………」
はっきり言い過ぎだ。とは言わないでおくが改めてそう言われるとつい眉間に皺が寄る。
「おい、そう睨むなって」
無意識の内に睨んでしまっていたんであろう俺に向かって「悪かったよ」と両手を軽くあげて見せるカンクロウから視線を外す。
もうあまりこの話はしたくない。
「それで?」
進捗は話したんだ、もう良いだろうと先ほどまで見合いの書類を返しに行こうとしていた足をまた執務机の方へと運び、静かに座る。
だがそれでも話を続けてこようとするカンクロウは、一体どういうつもりなのか。俺を怒らせたいのか。
「それでも何も、話はそれで終わりだ」
「……はあ、お前、終わりだとか言っといて毎朝あいつの店に行ってるらしいじゃん。飯食いに行ってるだけだとか抜かすなよ?振られたのに」
手に持っていた書類を粗末に机の上へと置いてから、そのままカンクロウの方とは逆側の窓の方へと座ったまま体を向けると回転椅子がキっと鳴った。
最後の一言が余計だ。
ワザとなのかと疑いたくなる程の明からさまにウキウキした口調のカンクロウを今すぐにでも殴ってやりたいが、失敗に終わったとしても結局、最初に背中を押してくれたのは言わずもがなこの兄貴であって、どうなったのかと気になるのはごく普通だろうと考え堪えた。
「……お前が言っていた様に、毎日味噌汁を、とかいうセリフを名前に言ったまでだ。あいつは毎日店に来てくれたらいくらでも作ると返して来た。だから行っているんだ」
「……は?」
もうどうにでもなれとばかりに、俺に起こった出来事について簡潔に吐き捨てる。
こんな状況になったのは、俺の背中を押したお前の所為でもあるんだと嫌味も込めてみたが、カンクロウから帰って来たのはまさかと言う様な表情で。
「なんだ」
「え、いや、え?お前、マジでアレ言ったのかよ」
「は?」
笑いを堪えている様な、呆れている様な、なんとも言えない表情で頭を抱え出すカンクロウ。
なんなんだ、お前がそう言えと言うから俺は、なんて思いつつカンクロウに視線を向けていると、突如立ち上がりこちらへと近づいて来たカンクロウに腕を掴まれた。
「な、」
「行くぞ」
「どこへ」
「決まってんじゃん。あいつの店にだよ」
ほら、と掴まれた腕を引っ張られ、つられて立ち上がった俺は、そのままされるがままカンクロウについて行く。
側から見ればあの兄弟は一体何をしているんだろうと思われるだろう。
幸い執務室付近には誰もおらず三十路を過ぎた兄貴に腕を引かれる、これまた三十路を過ぎた弟、というのを見られる事はなかったが、若干の恥ずかしさを内に秘めながらこれから向かうであろう名前の元を思うと喉が鳴った。