03
アイドルタイムと呼ばれるこの時間は、実に暇だ。
お昼の時間が終わって数時間、店内の賑わいは嘘の様に閑散としていて、私以外誰も居ない。
夕方のこの時間くらい店を閉めようかと今まで何度も思ったが、結局、大して用事も無い日にはダラダラと営業をしている。
「おーい、店主はいるか」
「え」
今日もそれにならって、夜の掻き入れ時の仕込みをしながらお客さんの入って来ない店の入り口を眺めていたのだけど、突然ガラガラと引き戸を開けて入ってきた人物に思わず失礼とも取れる様な間抜けな声を出してしまった。
「久しぶりじゃん」
「あ、い…いらっしゃいませ。カンクロウさんと…か、風影様、」
他に誰も居なくて良かったと心底思う。
毎朝日課の様にここへ来る風影様は、一日に一度しか来ない。
なのに突然二度目の来店をされては、こちらとしては動揺もしてしまうが、それがバレない様、自然に振る舞おうと心がけてみるものの、口が上手く回らなかった。
心臓に悪い。
「あ、どこでも、好きな席へ…どうぞ」
妙な緊張感ですっかり食事処の店主としての役目を一瞬忘れてしまって、慌てて席へ誘導しようと発言をするが、カンクロウさんが何やら「あー」とか「いや」とか、ぶつぶつ言っていて席につく様子が無い。
それを疑問に思い風影様の方へと視線を漂わせてみれば、風影様もまた、疑問の表情を浮かべていた。
「あ、あの……何か?」
「まあ、なんだ。我愛羅が毎朝世話になってるじゃん」
「……はあ、」
なんだか気まずそうに目を泳がせつつも引き攣った笑顔をこちらへ向け、訳の分からない事をボソボソと言うカンクロウさんは本当に何の用なんだ。
まさか毎朝、自分の弟が世話になってると言いに来ただけではあるまい。
カンクロウさんの思惑がいまいち読み取れなかったが、兎に角お茶でも出した方が良いかもしれないと思い洗いたてのグラスを手に取った。
「あ、ああ、俺には構わないでくれ。もう帰るじゃん」
「え?」
「あとは二人で…な?……」
私がお茶でもと、用意しようとしている事を悟ったのか、突然カンクロウさん一人だけ帰ると告げられた。
今来たばかりなのに?と目で訴えてみるものの、結局カンクロウさんは去り際に、頑張って伝えろと小さな声で言いそのまま出て行ってしまって、店内にはいつも通り無表情な風影様と、間抜けな顔をして二つのグラスを持った私だけが残った。
「……すまないな。突然」
「え?あ…い、いえ。構いませんけど、」
何か御用でしょうかと言いかけてフと、嫌な予感が頭をよぎった。
もしかして、例の陳腐なセリフを言った事を、冗談で言ってしまったと謝りにでも来たのだろうか。
だとしたらカンクロウさんの気まずそうな雰囲気も合点が行く。
きっと暇つぶしにでも私を揶揄って遊んでいた所、風影様の真面目な性格から始末に困って、適当に謝るでもして毎朝の食事を終わらせてしまおうと、今ここへ来ているのではないか。
そんな、嫌な考えが一瞬で頭を埋め尽くしたが、次の瞬間、意外にも「やっぱりあのセリフは冗談だったんだ」と、妙に冷静な自分がいる事に気がついて、持っていたグラスを置いてから、暫し続いていた沈黙を自ら破った。
「……風影様も、悪戯とか…するんですね」
「…?それはどういう、」
こんな時、自分は嫌味しか言えないのかと、口をついて思わず出てしまった言葉を恨めしく思うが、一度開いた口は思う様に塞がらない。
風影様が何か言っているが、そんなものは届きもせず、視線を俯かせたまま私の口はまるで独り立ちしているかのように開き続けた。
「ご兄弟揃っての悪戯なんて、……楽しかったですか。まあ、それにまんまと引っかかって風影様が来る度ドキドキしちゃってた私も私ですけど」
「何を言っている」
「毎朝俺に味噌汁を作ってくれなんて、私にはプロポーズに聞こえてしまいました。あ、それが狙いでしたか」
自傷気味に鼻で笑いながら、本当は泣きそうな自分を抑えつける様に嫌味を連ねていく。
さっきまで冷静だった筈の頭は、今では沸騰しそうな程、悲しさと、浅はかな自分への怒りでいっぱいになっていた。
「それで、冗談を言って悪かったなんて、謝罪でもしに来ましたか」
こんな事言ってしまえば完全に嫌われる。
冗談を言ってごめんと謝られて、笑って茶化す事ができればどんなに楽だったろうと考えてももう遅い。
私の眉間は、茶化す事ができる程平らではなくなっていた。
いっそ嫌われるなら、こんな酷い冗談を仕組んで来た目の前の赤毛に、罵倒の一つでも言ってやろうとしてみるが、結局、私は未だにこの男が好きなのだ。
罵倒なんてできなかった。
「……名前」
「なんですか」
「お前の言う様に、一つ謝罪をしに来たのは確かだ」
ああやっぱり。
自分の被害妄想とも取れるこの考えが、風影様の、その一言で真実味を帯びて行く。
こう言っちゃなんだが、やっと憎しみから解放されたのに、また私に憎しみを背負わせたいのかと思ってしまう私はやはり嫌な女だ。だが悪い冗談が過ぎる。
今日はもう店を閉めよう。
明らかな私情で仕事を休むなんて、雇われている身なら以ての外だが、お生憎様、私はオーナーであるからして店を休むのは自由だ。
風影様が帰った後は店を閉めきって失恋に泣いてやる。
もう謝らなくてもいい。今でさえ自分が惨めなのに、謝罪なんてされたら余計拍車がかかってしまう。
「謝罪は結構です。もう分かりましたので」
「…いや、お前は何も分かっていない」
「は?」
一体何が分かっていないと言うのか。謝罪をしに来たのは確かだと、ついさっき言ったのは風影様だ。謝る要素なんて、私が思っている事以外に何も無いだろう。
不可解な事を述べる風影様を見る目が細められて行くのと同時に、既に深く刻まれていた眉間の皺も濃くなっていく。
普段無口を装っている風影様は今日に限ってよく喋る。
もう何も言わないでくれと視線で訴えてみるものの、彼は口を閉じようとはせず話し続けた。
「解りづらい台詞がこの様な結果になってしまった」
「…」
「お前は冗談と捉えた様だが、俺は至って本気だった」
「………え?」
「勘違いをさせてすまない。だが本当に、冗談ではない。俺は好意を伝える術を知らなかった。この歳になってまで兄に相談を持ちかけ、教わるがままお前に言ったのがあの台詞だった、俺は……」
「は、ちょ、ちょっと…ちょっと待って!」
つらつらと、まさかの発言をする風影様を思わず止める。
なんだ、とでも言いたげな表情を向けられるが、今はそれどころじゃない。
アレが、本気?
いやいや、嘘だ。これも嘘だ。絶対嘘だ。
だって本当に、あの台詞を本気で言ってたなら、
……私はなんて返した?
"毎日店に来てくれれば味噌汁くらいいくらでも"
…ちょっと待て。最悪だ。
本気の好意に対してなんて軽い…まるで世渡り上手の女の様な返しをしてしまったじゃないか。
適当に受け流すも程々にしろと以前の自分に言いたい。
「…まだ信じられないか?」
「…っ!」
眉間に寄っていた皺が見事に無くなり、その代わり盛大に浮いてできた青筋を額に感じていると、唐突に声をかけられ我に帰るが、思ったより風影様が自分に近づいていて息を飲む。
「…信じられなくても、ましてや受け入れてくれなどとは言わない。お前にとって俺は憎しみの対象だった。突然好意をぶつけられても戸惑うだろうが……改めて、伝えさせてくれないか」
「は、」
まさかこんな、夢にも見た展開が待っているなんて、数分前の憎たらしく嫌味を連ねた自分の口を塞いでやりたい。戻れるものなら。
手を伸ばせば届く距離から、見下ろしてくる目に吸い込まれそうだ。
何故かどんどん息苦しくなって行くのは、呼吸の仕方を忘れたからじゃなくて、多分心臓というポンプが冷静さを失っているからだ。
風影様に想いを伝えられたら、私はどうにかなってしまいそうだ。最悪の場合死に至るかも知れない。
はっきりと伝えられる前なのに、もうこんなにも私の脳は喜んでいて、高揚感と少しの羞恥心で埋め尽くされ涙が浮かぶ。
「名前?」
「は、い」
「……何故泣く」
「すみませ、っ」
なんにも悲しくなんてないのに、一度漏れると次から次へと溢れる雫に、自分でも戸惑う。
嬉しさで泣くなんて、人生で初めての事かも知れない。風影様を許すと決めたあの日も涙が出た記憶があるが、それとはまた違う、好きな人に好きと言われる事がこんなにも幸せで。
そうか、幸せだからだ。
気づけば風影様の腕に包まれていて、少し枯れた様な声で泣かないでくれと言われた後、するりと頭を撫でられながら、
「……名前、好きだ。やはりこればっかりは、信じてくれ」
今度は熱のこもった様な声でそう言われた。
それを聞いて風影様の背中へ、疑ってすみませんとか、泣いてすみませんだとか、沢山の意味を込めて腕を回してみる。
「……信じます、」
最後にポツリと呟いた言葉が、風影様の耳に届いたかは分からないけど、私を包んでくれる風影様の暖かい腕に力が籠った気がして、その胸に頬を寄せた。
……
その頃カンクロウさんが、店の外から様子を伺って「やっとくっついたじゃん」と呟いていたのを私たちはのちに聞いた。
おわり
苺白玉あいす。様リクエストでした!
これでやっとハピエンみたいなお話になりましたが、リクエストの内容にあまり沿ってない気が…!すみません!
我愛羅君の周りがあまり押せ押せモードでは無かったですが、影ながら応援という感じで…!
遅くなりましたが、リクエストありがとうございました!