お釣りをください

「ふあ、あ〜〜〜〜〜、ねむっ」


謎の二人が来店して一夜。
どんなに遅く眠りについても今日の仕込みの為に早く起きなければならないと、眠い体を叩き起こす。

でもさすがに昨日はちょっと遅くまで起きすぎていたのか、朝食を作っている最中に何度も欠伸が出てしまう。

ああ眠い。


いつもならもう少し遅くても良いんだけど、なんせ今日は五影会談。
他の食事処をやっている人たちは演説見たさに昼の営業をしていないところも多いので、私にとって今日という日は稼ぎに持ってこいの日だ。
他の里からも沢山人が来るだろうし、その為早く起きていつもより多めの食材を用意する。

朝ごはん食べたらちょっと買い出しに行かなきゃな。


せっせと自分の為に作った朝食を平らげ、足りない食材を吟味してから出かける準備。
朝早くから営業している八百屋さんやお肉屋さんも、演説の時間になったら途端に店を閉めてしまうだろうから、早めに行かなければならない。
店を閉めてまで見に行くか普通、とかなんとか愚痴をこぼしながらも店兼自宅を後にした。





……

「おーい、おばちゃん、白菜ちょうだいよ」

「ああ、名前ちゃん、今日は早いね。何、やっと影様達を見に行く気になったの?」

「行かないってば。おばちゃん達が演説見たさに店閉めるから早く来たんだよ」

「まー、風影様のお顔だけでも見に行けば良いのにねえ」


食材を求めて、お肉屋さんや魚屋さんを巡り、最後に来たのは八百屋さん。

このおばちゃんは私が小料理屋を受け継ぎ営業しだした頃からお世話になっている、……まあ普通のおばちゃんだ。
ただ、風影様の事が大好き過ぎて、たまに里内をウロウロしている風影様を見かけた時には、もうすごい勢いでその話ばかりして来るところが難点なおばちゃんだ。
このおばちゃんの風影様愛を聞いていると、風影ってアイドルかなんかだっけ?と思ってしまう。


「最近お忙しいのか、里内で風影様を全然お見かけしなかったから今日は楽しみだわあ」

「…そうなんだ。はいお金」

「名前ちゃんも、風影様を一目見れば私みたいになるわよきっと。ていうか今時風影様ののお顔も見た事ないなんて、そんな事あり得るの?はい白菜。お釣りはいらない?」

「いや、顔も知らない人がここにいるから。有り得てるから。そして釣りを寄越せよ」

「いやーん、名前ちゃんったら、冗談が通じないわねえ」

「……」


うぜえ……。
さっき言ったの訂正。
全然普通のおばちゃんじゃない。ムカつくボケをかまして来る変なおばちゃんだ。

まあ、喋り口調がたまにイラっとくるし、突っ込んで欲しいのかボケを連発して来るが、良い人なのには変わりないので私はいつもここで野菜を買っているんだけど。

今日の目的は白菜だけだったので、おばちゃんから素早くお釣りを受け取った後、さあ店に戻るかと踵を一歩返した時、「キャー!」と突然おばちゃんのものであろう黄色い声が聞こえて思わず振り向いた。


「な、なに、どしたの」

「名前ちゃん!あれ!ほら!こっちに歩いて来るわよ風影様が!」

「へ、」


振り向いた私の肩をバンバンと叩きながら、まるでアイドルでも見るような目で、こちらに向かって来る風影様を見るおばちゃん。
あれ、風影ってアイドルだっけ。
いや、違う違う。そして肩が痛い。


「ほら!名前ちゃん!ご挨拶しときなさいよ!」

「いや、………え、」



まさか。まさかね。まさかそんな偶然ってありますか。


「昨日の…赤毛、」


ご挨拶を、とおばちゃんに言われまだ少し遠くにいる風影様とやらの顔をやっと見てみるとまさかの昨日店に来た人で。

昨日、なんであんなに会談を見に行くのか行かないのかの話を掘り下げて来たのか、ようやく理解した瞬間だった。
自分が風影だから、私に忍の事が嫌いかなんて聞いて来たのだと、そんな記憶が頭を巡って、気づけば風影様は私とおばちゃんの前まで来て足を止めていた。


「…お前は、昨日の店主か」

「へ、いや、その、……」

「風影様!こんな朝早くに里を見て回ってるなんて珍しいですねえ!」


私を見るなりその無表情に驚きの色が加わった風影様。
そんな風影様に声をかけられて固まってしまった私を余所に、テンションの上がりきったおばちゃんが割って入って来る。
挨拶させる気あります?


「…今日は影たちが集まる。いつも以上に警戒をしなくてはと思ってな。少し見て回っているんだ」

「そうなんですか〜!いつもご苦労様です。あ、ほら名前ちゃん。ご挨拶ご挨拶!」

「え、えっと、…昨日はどうも。名前です、」

「…ああ、俺は我愛羅だ。昨夜は遅くまですまなかったな。また寄らせてもらう」


おばちゃんからの催促のまま、私より背の高い風影様を少し見上げながら適当に挨拶を交わす。
昨日は夜遅くまですまないなんて言っているが、そんな事より私の頭の中は「この人忍者だったのかよ」という事でいっぱいだ。

そしていかにも初対面ではないようなやりとりをする私達に、おばちゃんがすかさず割り入って来た。


「あらあ、名前ちゃん、風影様のこと知ってたんじゃない」

「はあ…いや、この人は昨日店に来たけど、風影様だって事は今、初めて知ったよ」

「そうなの?まあでも、風影様だってまさか砂の里の人が自分の顔を知らないなんて思わないわよねえ。名乗らなくて当然よお。ね、風影様?」

「……いや、名乗らなかったのは俺が悪い。すまなかった」


ス、と謝罪の言葉と共にゆっくり頭を下げた風影様。
昨日はこんなに意識してこの人の事を見ていなかったが、さすが風影様というだけあって礼儀作法も美しい。

別に、名乗る名乗らないで私はそんなに怒らない。
一応礼儀だとしても、砂隠れの里からすれば風影の顔も知らない私の方が悪いというかおかしいのは重々承知していた事だし、ただの一般庶民に対して頭まで下げなくてもと、なんだかこちらが申し訳ない気持ちになる。


「謝るなんてそんな、頭上げてください。……えっと、あ、私そろそろ帰らないと。じゃあ、」


なんだか途端に気まずい空気になってしまったと、その場から逃げるように一言残し踵を返す。

私はこうも逃げグセが酷かっただろうか。昨日といい、今といい、気まずい空気は皆嫌うものだろうけど、こんな空気に巻き込まれるくらいならさっさと逃げちゃえと思う私は性格がちょっとあれなのかもしれないと、背中から感じる風影様とおばちゃんの視線をかい潜り、店へと足を早めた。