逃げたが勝ち

逃げるように店へと戻って来た私は、買って来た食材もそのままにカウンターに座って項垂れる。

忍者の人、それも風影様と喋ったなんて、忍に対してあまりいい感情をもっていない分、なんだか妙に緊張してしまってたった一瞬の出来事だったにも関わらずどっと疲れてしまった。


「なるべく関わらないように粛々と生きて来たのになあ」


この世界に生きている限り、忍との関わりは切っても切れないものだ。
そんな事分かってはいるし、両親の事も気にしないようにしているつもりなんだけど、それでも心のどっかで忍の人たちとはやっぱり関わりたくないと思っている。

忍の人たち皆が皆、悪い訳じゃない。
悪いのは、私の両親を殺したのは、たった一人の人柱力である忍。
生きてるかも分からない、もしかしたら死んでるかもしれない。

いい加減、私も過去のことは振り返らずに生きていかなきゃ、なんて思うんだけど。


「はあ、」


考えれば考えるほど、憎いと思う気持ちが膨らんでいくのと同時に、ネガティブ思考な自分に嫌気がさして来る。

憎い、殺してやりたい。最愛の家族を奪った忍を、どうにか苦しめてやりたい。
忘れたい。もういっそ綺麗に忘れて、ただの小料理屋の店主として何事もなかったかのように過ごしたい。

こんな二つの感情が毎日、私の頭を駆け巡っている。
でも結局、両親を殺した当の本人は見つからないし、見つかったとしても私がどうこうできる相手じゃないと、そんな結論に至って、何もできない自分を擁護するように、もう忘れたいと口走る。


「…仕込みしよ、」


考えても埒が明かない。
そう思いながら時計を見ればもういい時間で。
もうすぐ五影たちの演説が始まって、終わればぞろぞろとお客さんが来るだろう。
ちょっとゆっくりしすぎちゃったな。

急いで仕込みしなきゃと、暗い気持ちを切り替えるように厨房へ立ち、ランチの支度に取り掛かった。




……

「いや〜、やっぱり今の風影様はすごい人だよ、里の事をあんなにも考えてくれて」

「昔は戦争が絶えなかったけど、今の五大国は本当に平和だわねえ。それもこれも、風影様含め現五影様達の努力のおかげかしらねえ」


なんとかお昼時に仕込みを間に合わせ、開店して暫く。
演説を聴き終わった里の住人たちが食事をしにやって来る。

歳を取った老夫婦なんかの会話はいつも、昔と今を比べていて、ここ何年かでそんな会話はもう何十回と聞いてきた私は、聞き入る事もせずにひたすら料理を作ってはテーブルに運ぶ作業を繰り返す。

確かに昔は戦争が絶えなかったんだろう。小さいものから大きいものまで。
そんな戦争が、今の影達のおかげで無くなって来ているのは確かな事だけど、数ある犠牲者の上に成り立っている事を忘れないで欲しい。

…あ、また暗くなっちゃう。いかんいかん。


「名前ちゃーん、生ビールちょうだいー」

「…はいはい〜、でも昼からあんまり飲み過ぎたらダメですよ」


老夫婦の会話から、また暗い感情に飲み込まれそうになったところでナイスタイミングと言わんばかりのビールの注文。
既にほろ酔い状態のお客さんに、注意喚起をしつつもビールを運ぶ。


「あ、そういえば名前ちゃんは今回も演説聴いてないの?」

「はい。いつも聞こえてくるし、見に行かなくてもいいかなって」

「またまたあ。たまには風影様を観ながら聴かないと」

「はいはい、わかりましたって」


もうその事はいろんな人から何回も言われた。
でも私は見に行く気なんてサラサラ無いんだよ!

適当に受け流しながらまた厨房へと戻り、他のテーブルから呼んで来る別のお客さんのところへと足を運ぶ。

いつもはなんて事ない会話を繰り広げるお客さん達も、今日みたいな五影会談がある日は何度も何度も私に「見にいけ」と行って来る事がとてつもなく苦痛だ。
風影様と少なからず関わりを持ってしまったとなれば余計に苦痛に感じてしまって、今日はもう昼の営業だけで、夜は休んでしまおうと、注文を受けながら思った。