拝啓 大切な××××様
私の言葉にまた優しく微笑んでくれた夏油さんは「悟ならちゃんと許してくれるから安心して帰っていいよ。勝手に居なくなったことを怒られるかもしれないけどね」と言った。
悟……?
何で相手が悟さんだとわかったのだろうかとか、悟さんの知り合いなのかとか聞きたい事はたくさんあったのだけど、悟さんの名前を出した時の夏油さんの表情がとても悲しそうでそれ以上何も言えなかった。
「ここに居ると最終的に君を殺さないといけなくなるから、帰る場所がある間はそこに居た方がいい。悟はきっと花子を守ってくれると思うよ」
「夏油、さん…………ありがとうございます」
言いたい事はたくさんあるのに、頭がぐちゃぐちゃで言葉が出て来ない。けれど、こんなに優しくしてくれる夏油さんを困らせてはいけないと思いお辞儀をしてから帰路へついた。
◆
悟さんの家に帰る事は決めたものの、すぐ帰るのは少し憚られた。
何と説明するべきか、家に来た彼女と付き合っているのだとしたら私はどうするべきか、とか。そんな悟さんと話をしないことには始まらないことばかりぐるぐる考える。
「花子──ッ!」
名前を呼ばれた気がした。
それは聞き慣れた心地良い声で、でもこんな人がたくさん居る場所で聞こえるはずのない声だから気のせいだと結論付ける。
「花子、なんで無視するの? 僕のこと、もう要らなくなった?」
腕を掴まれたので振り返ると焦った表情をした悟さんがいた。
「悟さん……? 何でここに」
「答えて。……というか、靴履いてないじゃん。とりあえず帰ろうか」
真っ直ぐこちらを向いたかと思うと私が靴を履いていない事に気付き、フワッと身体が浮上したかと思うといつの間にか悟さんの部屋の中にいた。
「すごい……」
私の言葉に反応はせず、そのままソファに座る。勿論私は彼の膝の上に座らせれ半ば強制的に悟さんから目を逸らせないように両手が頬に添えられた。
「それで? 何で出て行ったの」
行く宛なんてない癖にと付け足されたのは聞かなかった事にしよう。
「悟さんの彼女だって名乗る人が来て、動転しちゃって」
「何それ。僕が二股かけるような男だと思ったの?」
「いや、二股以前に付き合ってないよね」
悟さんは私の言葉に一瞬ポカンとするもすぐに笑って「それもそうか」と言う。
「けどさ、約束したよね?」
「したね。悟さんが満足するまで出て行かないって」
「うん。それなのに約束を破った悪い子には罰が必要だよね?」
「悟さん。私、ちょっと夜風に当たりたくて散歩に出ただけだよ?」
我ながら屁理屈だよなぁと思いながら笑顔で返すと悟さんは不満そうに頬を膨らませたあとに「えー」と言ったが、最終的には「仕方ないなぁ。次はないからね?」と許してくれた。
「それで結局あの人は彼女?」
「いや、ただのストーカー」
「…………はい?」
「ストーカー」
悟さんの言葉に頭がついていかない。
あんな美人がストーカーだって?信じられない。
そんな私の考えを見抜いたのか、悟さんは「正真正銘のストーカー。名前は勿論何してる人かも知らない。まあ、調べようと思えば調べられるけど面倒だし」と興味がなさそうに告げ、ココアでいいかと聞かれたので頷く。
少ししてココアが入ったマグカップを持ってきて一つを私に差し出してきたのでお礼を言って受取る。
しかし、なんだ。
「ということはストーカーがいることを知っていた上で野放しにしてた……ってこと?」
「そういうこと。花子がどんな反応するのか気になったし、実害ないからいいかなって思ってたけど──実害出たし対策するから安心してね」
にっこりと笑っているはずなのに狂気がはらんでいるように感じるのは私がおかしいからなのだろうか。
「出来る限り穏便にね」
私の言葉に勿論とそのままの笑顔で返した後、悟さんの顔が近づいてきて触れるだけのキスをされた。