初めてのキスは何の味?

 初めてのキスの味はレモン味だとか書いてあることが多いけど、ココアに砂糖を入れまくったくらい甘かった。

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 あの日からストーカーさんは一切来ていない。解決したのか気になりはしたが、ニコニコ笑顔で毎日帰宅するようになった悟さんが少し怖くて何も聞けないままでいた。


「花子は和食と中華とフレンチ、イタリアンだったら何が好き?」
「ん―……豪華なものって滅多に食べないし、寿司くらいがちょうどいい気がする」

 いつものように帰って来て私を後ろから抱きしめてB級映画を見ながら悟さんは映画とは全く関係のない話をし出した。
 よくあることではあったし、恐らく映画はBGM代わりなのだろうと思っていたので簡単に返すと、「そうなんだ」と返事があって、その話はそこで終わった。

 ◆

 それからも微妙な、それでいて心地良い距離感で過ごしていたが、ある日突然「花子! 出掛けるよ」と言われ車に押し込まれたかと思うと高級感漂う店へ連れていかれ、あれよあれよと着替えにメイクを施されどこかの令嬢かと言いたくなるくらいの見栄えになった(あくまで見た目だけだが)私を悟さんは優雅にエスコートして高級寿司店の個室へと連れて行った。
 メニューがあるようでないその場所で慣れたように注文をした悟さんは二人きりになると「馬子にも衣装だね」と笑った。

「それ絶対意味わかってて使ってるよね?」
「あ、花子も意味知ってるんだ?」
「一般常識の範疇だと思うけど」
「一般常識を教えられる環境ではあったんだね」

 成る程、私がどうやって育ったかを話したことはなかったし、出会う前の話もしたことがなかったから仕方ないかもしれない。どこまで話すべきか、いや話す必要ないかと結論付けた時にお寿司が運ばれてきた。

「美味しそう」
「美味しいよ。好きなの食べな」
「何で今日はこんな太っ腹なの」
「あれ? 覚えてない? 出会って半年記念日だよ」

 悟さんの言葉に一ヶ月目も二ヶ月目も勿論それ以降も祝ってないのに覚えているはずがないし、そもそも一年じゃなくて半年なんだと言おうとして辞めた。

「いつ飽きるんだろうね」

 ここへ来るまでも沢山の女の人が彼を見ていた。
 彼が口を開けばみんなが二つ返事で喜ぶだろうからこんなことをする必要がないはずだ。
 前回はストーカーだったが、これから先彼女が出来ないなんて保証はない。それに私はいつ捨てられるかわからないから細い紐の上を歩いている気分だ。

「自信なさすぎでしょ」

 悟さんが笑う。

「自信……自信、ねぇ」
「僕さ、暇人じゃないんだよね」
「……それは知ってる」
「でも毎日帰って来てるよね?」
「……そうだね」
「何でだと思う?」
「……なんでだろうね」

 私は既に思考停止している。
 悟さんは優しい顔で頭を撫でながら「好きだよ」と言ってきて、その言葉を上手く理解出来ずに「好き……?」と復唱した。

「初めて会った時から気になってたけど、好きだなって思ったのは一緒に住み始めて半月くらいかな。ちゃんと気持ちを伝えてたと思うんだけど気付かなかった?」

 その言葉に今までのやりとりを思い返す。そう言われると何となくあれか?と思うものはあるけど、直接言われてないから気にしていなかった。……というより、一喜一憂することをやめていた。

「気付かなかった──というか、気にしていたら一緒に暮らせないかなって思ってた」
「そんなことだろうと思ってたから別にいいけどさ。それで、答えは?」

 頭を撫でていた手が頬へと移り、サングラス越しに目線が合う。
 私は答える為に息を吸った。
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