ここが貴方の選んだ地獄
最初は私の一目惚れだった。
進級して、一級術師になったこともあって浮かれたまま自分の後輩はどんな人だろうかとこっそり見に行った。いつも通り少人数の新入生は三人共私よりもどこか大人びているような気がして、声をかけて茶化そうかと思っていたのに出来なかった。それに、ひっそりと見に行った筈だったのに見事に見つかって上級生の威厳(元からあってないようなものだが)もなくした。ただ、変な髪型だなと思ってつい目で追ったその人と目が合った瞬間、計画通りにいかなかったことはどうでもいいと思った。恋は落ちるという。今まで理解できなかったことが理解できた瞬間だった。――とまぁ、ここまでが私と彼との出会いだ。
そこからなんやかんやあって、傑くんと付き合うことになったのは三年になる少し手前だった気がする。
ずっと好きだ好きだと言っていたのに告白という選択肢を捨てていた私に紅色の薔薇を三本差し出しながら愛の告白をされた時には思考が停止したのを今でも覚えている。
お互いいつ死ぬかわからない状況下で愛をはぐくむなんて出来るわけないと思っていた私に、両思いなのだから付き合わない選択肢はないだろうと傑くんは目を細めて少しだけ幸せそうに笑ったのだ。美人は見飽きると聞いたことがあるが、あの顔を見て益々好きになったのは私だけの秘密だ。――でも、結局私は置いて行かれたのだけれど。
あの日は、じめじめした暑い日だった。
任務で忙しそうな上に何か嫌なことを考え込んでいる様子の傑くんにいい加減声をかけようと思っていたのに任務で大怪我を負って、高専に入学して初めて病院に入院するという失態をしてしまったので声をかけることが出来ないまま、退院して五条悟から傑くんが高専から追われる身になったことを聞いた。
もしかすると私のところに来るかもしれないからと連日のように五条悟が部屋に押しかけてきて(毎回傑くんが来ていないかの確認だけして帰ったけど)、その度に捨てられたのだと思い知って。感情に蓋をしたくとも楽しい思い出ばかりでなかなか上手くいかずに毎日一人で泣いて、それでも感情の行き場を探して毎日毎日任務を入れて忙しくすることで何も考えられない様にしたら一年が経つ頃には笑って話せるくらいには昇華した。
そして、今。傑くんの離反から五年という月日が流れて新しく恋人が出来はしていないものの充実した日々を送っていたのに、それが反転した。
部屋を入った瞬間に薔薇の匂いが鼻腔をくすぐる。人の気配はないことを確認して部屋に入るとベッドの上に黒い薔薇が山のように積まれていた。なんとなく、本当になんとなく数を確認すると百一本あった。
思い出すのは私を置いていった彼のことだ。
そんな都合の良いことはないと思う。けれど、蛇口を捻ったかのごとく忘れていた彼との思い出が溢れてくる。そして私はまだ彼のことが好きだったのだと理解した。理解したが、ここに彼はいない。置かれた薔薇が答えなのか、また置いて行かれたことが答えなのか考えたくなくてベッドはそのままにソファにダイブした。
「そんなところで寝たら明日身体が痛くなるよ」
夢の中で大好きな彼が困ったように眉を下げながら言った。
ああ、いい夢だなと思ったところで体が浮く。
慌てて目を開けると夢の中で見た彼とは違う――それでも間違いなく待ち望んだ傑くんがそこにいた。
「おはよう。もう夜だけど。疲れているだろう? このまま運ぶから舌を嚙まないように気を付けて」
「……傑、くん?」
「そうだよ。久しぶり。会わない間にまた綺麗になったね」
「こんな不用心に現れて、勝手にいなくなったことを根に持った私から殺されるとは思わなかったの?」
「殺せるのなら殺しても構わないけれど……君には無理だろう?」
にっこりと笑顔で私の心を見透かしたように言う彼が少しだけ恨めしい。
「やっとお迎えに来てくれたんだ」
「君に苦労はさせたくなくてね。……まぁ、どのみち行き先は地獄だけれど一緒に来てくれるかい?」
私の答えなんかわかっているくせに私に選択肢を与える彼と、どこまでも彼に溺れている私はどちらが異常なのだろうか、なんて不毛なことを考えながら頷くと彼が笑ったので考えることをやめた。
「それじゃあ、行こうか。地獄に」
彼が差し出してきた手を取って、行き先は地獄のはずなのにキラキラと星が輝いている夜空の下へと飛び出した。