アイドルにさよなら


一目惚れだった。
元々整った顔が好きだし、人並み以上に顔の良いアイドルや有名人を見るのが好きで、でもそれはあくまでもファンとしてだった。
それなのに、高専に入学して初めて見た男に心底惚れてしまったのだ。
最初こそアイドルとしての好きだと思っていたのだけど、そうではないと気付いたのは彼が星漿体の護衛任務で楽しそうにしている写真を送って来たのを見た時だ。あの時の頭を強くぶつけられたような感覚は最初で最後だったし、忘れることはないだろう。
その後、硝子の所に言って飲んで愚痴を言って、スッキリした私は気持ちを全面に出して好きだということを隠さないことで恋愛感情であるという認識をさせないようにしようと決意した。
案外慣れると楽しいもので、数十年経った今では彼に対する思いが恋愛感情なのかアイドルとしてなのかイマイチ自分でもわからなくなる程だ。

「五条くん五条くん、今日の任務合同だって。よろしくね」
「オマエが駄々こねて一緒にしたんでしょ?」
「あ、バレてた? だってさぁ、そうでもしないとなかなか会えないじゃん」

彼は特級、私は特級ではないが一級なので結構忙しい。学生でもないし、任務が被ることは殆どない。呪術師は常に人手不足なのだ。

「それに七海くんには構ってるらしいじゃん?それなら私も構ってもらおうかなって」
「七海には面倒事頼んでるだけ。オマエ、後輩育成とか下手だし?」
「うわー、ひっど。傷付いた」
「よく言うよ。笑ってんじゃん」

そりゃ笑うよ。笑うしかないじゃない。

「『好きな人が最後に見た私』は笑顔であって欲しいじゃない?」

いつ死ぬかわからないんだしと付け足すと彼は興味なさそうに「ふぅん」とだけ返す。

「興味なさそう」
「だって今から僕と一緒の任務だよ? 忘れたの? 脳味噌とスポンジ入れ替わった?」
「ちょっと辛辣過ぎない!?」
「僕と一緒にいるのに死ぬ訳ないじゃん」

表情を変えない彼に──いや、彼の言葉に驚いて持っていた食べかけの棒付きキャンディが手から離れた。彼はそれを地面に落ちる前に取って自分の口に運ぶ。
間接キスではあるけれど、きっと微塵もそんなこと気にしていないのだろう。

「甘くて美味しいね」

そう言った彼の言葉にただ頷いた。

◆◇

過剰戦力だと伊地知くんに言われながら行った任務は本当に過剰戦力だった(というか、五条くんがいれば他の術師なんて必要ないんだけど)らしい。
五条くんは近くにあった椅子に座って「頑張ってね」とこちらに手を振ってくる。
一人でもいいが、近くにいないのは寂しいなと思いながら全て片付いたのは十五分後。思ったよりも早く終わったのでこれだったら二級術師でもよかったんじゃ……と思っていると、五条くんが「後ろ」と呟いた。
後ろを振り向いた時には呪霊はすぐ側まで来ていて、危うくキスする所だった。初キスではないものの呪霊とのキスなんて勘弁願いたい。イケメンだったら考えるけど。
攻撃を躱すか考えたカンマ何秒か後、久し振りに攻撃を呪力なしで受けたらどうなるんだろうと考えてしまってそのまま防御なしで攻撃を受けた──と思ったのに、私の頬を五条くんの術式が掠めて、それはそのまま呪霊に当たって祓われた。

「え」
「この僕の目の前で傷付こうとするのやめてくれる?」
「五条くんの攻撃で傷付いたんだけど」
「僕に傷つけてもらえて光栄でしょ」
「傷は傷でしょ」
「はぁ、可愛くない」
「はいはい。ごめんなさいねぇ、可愛くなくて……って、ちょ、」

拗ねたところで『可愛くない』とまた言われるのがオチだろうと思っていたのに、腕を引かれてそのまま五条くんの腕の中に閉じ込められた。
言葉だけで表現するととても甘いのだが、実際は背中に回った腕に思い切り力が入っているので苦しい。
バンバンと背中を叩いて漸く緩まり呼吸をしようと少し身体を離すと顎に手を添えられ五条くんと目を合わせられる。
宝石のような目に吸い込まれそうになっていると、五条くんの口角が上がったのがわかった。

「このまま何処かに逃げようか」

五条くんの言葉に思わず私の口元も緩む。『逃げる』だなんて言葉が五条くんの口から出る日が来るとは。

「なに、全てが嫌になった?」
「べっつにぃ? ただ、何も気にしないで二人きりで過ごすのも悪くないかなって」
「悪くはないけど──良くもないよね。私、行く末が見たいから。呪術師と呪霊がこれからどうなるのか……五条くんは気にならない?」

私の言葉に五条くんは「そうだねぇ」と笑う。
後輩育成はしているから、五条悟の仕事が──最強術師が楽出来る未来があると良い。

「その時は私とデートしようね」

五条くんはその言葉に笑う。

「デートくらい誘ってくれるならいつだって行くのに」
「な……っ、え、誘っても来てくれないじゃん」
「ちゃんと誘ったことないでしょ」

五条くんに言われて今までのやり取りを思い出すと、彼の言う通り私は彼を誘ったことがなかった。
好きだ好きだと言いつつ、彼は自分のことが好きではないのだからと自分に時間を使わせるようなことを望まなかった。

「だから今日は嬉しかったなぁ」

私を揶揄うように彼がまた笑う。そして「次はちゃんとデートに誘ってね」と指で私の唇のなぞりながら添えられ、私の頭がいっぱいいっぱいになる。情報量が多過ぎる。

「五条くん、あの、」
「僕、ずっと好きだったからね」

頭が追いつかなくなって一瞬固まって、暫くして言われた言葉の意味を理解してから真っ赤になった私を抱えて五条くんは伊地知くんの待つ車へと向かって少し乱暴に乗り込むと、スイーツバイキングのあるホテルまでと行き先を告げて私の顔を覗き込む。

「で、返事は?」
「返事…………?」
「決まってると思うけど。僕のこと大好きでしょ?」
「うん」

彼の言葉に頷くと「やっと捕まえた」と口付けをされた。
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