呪いの言葉を君に
愛されたいと、自分のものにしたいと思ったのはいつからだろうかと思考をフル回転させるが、いつだったか思い出せずに苛立ちを鎮めようと近くにあったチョコレートを口に詰め込む。
いつもより甘さが控えめなのは勝手に硝子のものを食べたから。いつもなら少し様子が違うだけで甘いココアを作ってくれる彼女がいないことにまた肩を落とす。そういえば今日はデートだと笑っていた気がする。
バキッと音がしたと手元を見ると無意識のうちにペンを折っていたらしい。今日は本当についていない。
「なんだ、ご機嫌ナナメか」
ふと、後ろから声をかけられた。
振り向かなくても声の主は分かりきっているからそのまま「そー。だから甘いチョコレート欲しいんだけど」と言うが「諦めろ」と短く返された。
「今日デートなんだってさ」
誰、とは言わずとも分かるだろうと口を開けば「へぇ」と興味がなさそうな言葉が返ってくる。僕も硝子もいつもならこんな無駄話をしない。お互い忙しいからだ。だが、今は誰かと話したい気分だった。それがわかっていたからか、硝子は話に付き合ってくれた。
「意外と一途だよな。クズだけど」
「クズは余計」
そう返しながらヘラヘラと笑う。こんなんだからクズだけど、と言われるのだろうか。
「監禁でもするかと思ってたけど?」
「……しようとしたけどさ、ギリギリでやめた。好きだって言ってもらってからじゃないとアイツ、壊れそうだし」
僕の言葉を聞きながら硝子はコーヒーの入ったマグカップを口に運ぶ。それを見ながらまたチョコレートを口に投げ入れる。
静かになった職員室で突然硝子のスマホが震えた。
「良かったな」
硝子の声がやけに響く。
「なにが」
「別れたってさ」
「……は?」
心の底から出た声に硝子は笑う。何がおかしいのだと言おうと思ったが、返ってくる言葉が何となくわかるからそのまま口を閉じる。
「チャンスじゃん。頑張れよ」
ひらひらと手を振りながら硝子が部屋から出て行った。呆然としていたら今度は自分のスマホが震えた。なんだと思って見てみると新着メッセージがひとつ。相手は――自分の想い人だった。
『会いたいです』
珍しく、というか初めての誘い文句に返事を打つ時間も惜しく感じて通話ボタンを押した。
◆◇
今いる場所を聞くと、高専の敷地内にいるとの事で慌てて向かう。こんなに感情が乱されるのはいつ以来だろうか。感情を表に出さないように気を付けているのに、きっと今は必死な表情をしているのだろう。それを裏付けるかのように目の前の彼女が目を見開いて驚いている。
「五条、さん……?」
「急に呼び出して悪い子だね。どうしたの?」
いつものように笑えているだろうかと思いながら笑顔で返すと彼女が申し訳なさそうに顔を少し伏せた。
「私、ずっと嘘をついてました」
何にとは聞かず、そのまま黙って次の言葉を促す。
彼女は小さく息を吸ってから勢いよく顔を上げて――アイマスク越しに目が合った。
「五条さんの言う『好き』は私の思う『好き』ではないんだろうなって、思っていたんです」
それは何となく気が付いていた。だからこそ、押したらどうにかなると思っていたのだ。結果的に違う男と付き合うことになったが、別れたのなら問題ない。
「それで?」
「……私のことまだ好きでいてくれていますか?」
少し声を震わせながら言うのが可愛い。返事の代わりに左手の薬指にキスを落としてポケットから取り出した指輪を通す。
バレないように慎重にサイズを測ったおかげでぴったりとおさまったのを見て満足して顔を上げると、彼女が目を丸くしていた。
「愛してるよ。――もう逃げないよね?」
自分から僕のところに来たということは、僕に縛られてもいいということだろう? ――とは口には出さないものの、にっこりと笑う。
コクリと彼女が肯定したのを確認してそのまま姫抱きにする。
こんなに早く手に入るとは思っていなかったから、まだ何も整えていない。早く環境を整えて彼女が家が一番良いと思えるようにしなくては。
「五条さん……?」
「悟って言ってよ」
そう言うと小さい唇で悟と紡がれた。
可愛い。好き、愛してる。
愛情を伝える言葉はたくさんあるのに、どれも自分の思いを伝えられない気がするから、態度で示そうではないか。毎日毎日愛を囁いて大事にすればきっと自分なしではいられなくなってくれるだろう。
そうなって初めて、この関係に名前が付くのだ。
「愛してるよ」
だから今は呪いにかわる言葉を君に。