シュガー・ドラッグ
同級生、だった。クラスが同じだけで最低限しか話したことはないし、特別一緒に何かをした訳でもない。私は普通で、彼は特別だった。ただ、それだけの繋がりだった。
平凡な人間は平坦な道を歩くのが一番だと思っていたのに、そうしながら彼の行く末を見ていたかったのに運命の悪戯か私は彼の親友と共に反逆者となった。理由は簡単。夏油傑という人物があまりにも脆く見えてしまったから。虐待をされてきた子供二人を面倒見るのも大変だろうが、女の子だから同性の手も必要だろうと無意識のうちに申し出ると夏油傑は目を見開いて驚いた後に静かに頷き共に高専を去ることを了承してくれた。
それから何年経ったのだろうか。もう思い出したくもないけれど、私の記憶から彼――五条悟が消えることは全くなかった。硝子ちゃんは友達だったから覚えているのは不思議ではないけれど、特に関わりのない彼のことなど日々の忙しさで忘れてしまえるとばかり思っていたのだ。だが、そう簡単ではなかったらしい。悔しい。彼の一番になれることなんてないと理解している。なりたくないと言えば嘘になるが、人を押し退けたり媚びを売ってまで近づきたくはなかった。だから新しいことで塗り替えられると思っていたのだ。
「そろそろ帰って来なよって夏油様が言ってたよ」
「わかった。そろそろ帰るね」
「お土産よろしく」
「はいはい」
美々子と菜々子から久し振りに連絡が来たかと思えば用件のみだけですぐに終わる。仲が悪いわけでは決してない。寧ろ仲が良いからこそこうなのだ。
飲み終えたコーヒーの入った紙コップと大量の砂糖が入っていた袋を指定の場所に捨てに行く。
高専時代、数少ない会話の中で朝はなかなか頭が回らないと話した時に五条君から糖分取れば?と言われ、それから毎朝砂糖たっぷりのコーヒーを飲むようになったし、いつの間にかコーヒーを飲む時には砂糖を入れないと飲めなくなってしまった。
「依存……依存かぁ」
あまりにも大量に砂糖を入れるものだから、美々子と菜々子に心配され一度ネット検索したことがある。そこに書かれていたのは依存症の文字で、当時の私は見なかったフリをしたのだっけ。都合の悪いことにはすぐ蓋をする癖はなかなか治らないらしい。
紙コップを捨ててから店を出てスマホを確認するが特に連絡は来ていなかったので、そのまま飛行機の便を予約する。久し振りの日本だ。帰ったら回らないお寿司が食べたい。
日本に着いて空港から指定の場所へとタクシーで直行しようとしたが、途中で懐かしい顔を見つけてその場で降りると宣言し停車したのと料金を確認して一万円札をお釣りはいらないと告げて渡した。最初は困惑した顔をしていたが、急いでいる私に気付いたらしい運転手はすぐにドアを開けてくれた。
「硝子ちゃん、お久しぶり」
「久し振り。アンタも犯罪者になったんだって?」
「犯罪者かぁ、確かにそうだよね。……うん、なったよ」
「五条が寂しそうにしてるぞ」
「それは夏油君が居なくなったからでしょ」
「まぁ、その割合が大きいかもしれないが……同級生が二人も消えたんだ。寂しくないはずがない」
「そっか。人間らしいところもあるんだね」
「一応人間だからな」
硝子ちゃんの言葉に声を出して笑う。敵対関係になったのに変わらず言葉を交わしてくれることに嬉しいと思う反面、少し寂しさを覚えたのは私だけの秘密だ。
お礼にまだ開けていない煙草の箱を投げてから一方的にお別れをした。次会う時はきっと敵同士なのだろうが、彼女が前線に出て来ないのであればきっと殺し合うことはないはずだ。
どちらかというと心配は――
「五条、君……?」
雰囲気が高専時代から随分変わったものの頭の中で思い描いた人物が視界に入って、驚きのあまり声に出してしまった。まずい。一対一では無理だと脱兎の如く逃げ出した。心臓がバクバクとうるさいのは術式を使って逃げたからだと思いたい。
「お帰り。……もしかして、悟に会った?」
「ただいま。見かけただけ。会ってたら今頃私は首が繋がってないよ」
私の言葉に夏油君はそれもそうかと笑ったが、どこか寂しそうな表情を一瞬したのは見間違えではないと思う。彼も同じ気持ちなのかもしれない。
◆◇
久し振りの高専は良くも悪くも何も変わっていなかった。夏油君が宣戦布告をする前に術師が大量に現れたのは少々驚いたが。
「何でオマエがそっちにいるのかが未だにわかんないんだけど?」
「一人は寂しいからね」
そして五条君に話しかけられたことも驚いた。認識はされていると思っていたが、覚えてもらっているとは思ってもいなかったのだ。
「それだけ? 傑と仲良い訳でもなかったのに本当にそれだけの理由でそっちについたってこと?」
「そうだよ」
私の言葉に五条君が目を瞬かせたような気がした。実際どうだったかは目隠しの包帯を取らないとわからないが、それは別にどうでも良い。
まだ何かを言いたげな五条君を遮るように夏油君が言葉を発し、帰る時間になってしまったので手をひらひらとさせてお別れをする。
「覚えててくれてありがと」
たったそれだけの事だけど、生きていて良かったと思えたしこれから先の戦いで死んでも良いとさえ思った。それは本心で、別に夏油君の邪魔をする気はさらさらないし最後まで協力したいとも考えている。けれど、五条君と対面して「死ね」と言われたら自殺をしてしまいそうなくらい今の私は五条君で頭がいっぱいだ。
「別に今からでも高専側に寝返っても呪いはしないよ」
拠点に帰ってすぐ、私の脳を見たのかと思うくらいの言葉を他のメンバーには聞こえないように夏油君が耳打ちをしてきた。
「裏切るつもりはないよ」
「そう。案外頑固なんだね」
夏油君の言葉にそうかもしれないねと笑って伸びをする。肺いっぱいに新鮮な空気を入れて吐き出すと少しは思考がまともになってきた。
「生きてね。夏油君」
君がいないと多分、五条君は寂しいだろうからとまでは流石に口に出せなかったが何となく言葉を読み取ったらしい夏油君は曖昧に笑ったのだった。
◆◇
夏油君が、死んだ。死んでしまった。よりにもよって目の前で、私は何も出来ずにただ久し振りに安堵の笑みを浮かべた彼を見送ることしか出来なかった。
次は私の番、なのだろう。
五条君の足音がこちらへ近付いてくるのがわかる。
「言い残すことは?」
「来世でもまた、同級生だと嬉しいな。今度は呪霊なんていなくて、五条君も夏油君と硝子ちゃんもいつも楽しくてニコニコして普通の生活をしてるといいなぁ」
「平凡に生きようとするオマエらしいね。今度は間違えるなよ」
「どうだろうね。人間って間違う生き物でしょ。間違って、修正して……その繰り返しだと思ってるよ」
私の言葉にそっかと短く返した五条をまっすぐ見て笑顔を作る。大丈夫、すぐに終わるはずだ。
「ごめんね。嫌な役回りさせて」
「そう思うならもっと早くやり直してれば良かったんだよ」
そうだね。私たち後戻り出来なかったもんね、とは言えなかった。ごめん、ごめんと口を開くと謝罪の言葉しか出ないので途中で口を閉じた。最期に好きな人が見られるのだ、私の人生は他の術師に比べるときっと良いものだったに違いないと目を閉じた。