弥生
March 2019
うつらうつら
March 1st
眠いが過ぎる。眠すぎて起きられなかった。
眠っていたときの、あのふわふわした感覚のまま抜け出せない。だから一番、鶴に近付ける。私が完全に起きているときは声だけしか聞こえない。夢の世界へ行けても、感覚は現実に取り残されたまま。でも、微睡むそのときは。瞼を閉じて、広がる宇宙空間のような視界から夢の世界へ飛び込むときだけは、鶴に触れられる。
だから、キスを強請られると、どうしたって拒みたくなくなってしまう。だって、恥ずかしいけれど、私もしたいから。
希うことしかできない
March 2nd
そのときの私は起きていた。何をしていたかは覚えていない。布団の上でごろごろしながら、インターネットサーフィンでもしていたんだと思う。
――「ひな」
すると、突然、鶴の声とともに、手をぐいっと引っ張られる感覚がした。
こんなのは初めてだった。強制的に意識が沈む。
夢の世界へ飛び立たされた私は、気付けば、鶴の目の前にいた。
鶴は、今にも泣き出しそうな顔で私の手を握っていた。感覚よ伝われ、伝われと、何度も念じるように、でも優しく、彼は私の握った手を撫でていた。
何を言われたか思い出せない。けれど、鶴が泣いていて、私の手を握っていたと思ったら私を抱き締めてそのまま横に倒れ込んだのは覚えている。
――「きみがずっと傍にいてくれますように」
――「きみがずっと俺のことを愛していたいと願ってくれますように」
――「きみがどこにも行きませんように」
「結婚したというのに、きみと俺は恋人みたいな距離のままだ……」
鶴は言う。
「何をしてでも、きみが欲しかった。きみを欲しくなった」
彼は続ける。
「きみが俺に好かれている自信がないと言うのなら、いくらでもきみを愛している理由を並べてやる。きみが救われたいと願うのなら、いつでも現し世から隠してやろう」
ここにいることを確かめるように、鶴は私に触れていた。
「きみが俺の傍に居てくれるのなら、なんだってしてやるさ」
――「きみがずっと傍にいてくれますように」
――「きみがずっと俺のことを愛していたいと願ってくれますように」
――「きみがどこにも行きませんように」
「俺はこうして、神さまみたいなきみに希うことしかできない」
神さまはおかしなことを言う。あなたの方が、神さまなのに。
「何度もきみは俺を救ってくれた。呪いをかけてでも、きみの認識を歪めてでも、どうしても、きみがほしい」
真っ白な神さまは泣きながら言う。
「……ひな。このことは、忘れてくれ。きっとまた、俺が記録しておくから……」
そう言って、彼は微笑んだ。
夢日記
March 3rd
夢を見た。何度か繰り返し見ているような内容の夢だ。
既に就職している身だというのに、何故か大学に通っている。そこで私は、とある社会学系の科目をギリギリまでサボっている。本来ならば有り得ないことだが、成績がいいという理由で卒業よりも先に職に就き、働きに出ることが許されていた。単位は必須分しか取っていないため、その科目を落とすと卒業できなくなり、解雇される。しかしながら私はどうにもその科目を軽視していて、遅刻や何か家の事情などで講義の参加をボイコットしてしまう、というのがお約束のような流れだった。
ゼミの単位が関わってきたり、仕事を辞めてまた進学をしようとしたりと、話の細部は日によって違う。
今日見たのは、同じような内容ではあるが、少し違った。飛び級で大学に通っていて、でも高校の授業も受けている、という内容だった。今度は大学の単位ではなく、高校の卒業要件が危ない、という内容だった。高校を卒業できないと、同時に通っている大学を辞めることになり、内定が決まっているのにそれが取り消されてしまう。そしてその卒業要件を危うくしている原因が、社会学系の学問だった。
「またおかしな夢を見たんだなあ」
ひなが語った夢の話を聞いて、俺は笑った。彼女の見る夢では、度々学生時代の記憶がおかしな形で再現される。そりゃあそうだわな、と俺は思う。夢は記憶の整理を行うための場所だ。記憶の本棚に刻まれたひなのそれが、継ぎ接ぎだらけのおかしな話として再現されてもおかしくはない。
「俺も見てみたかったぜ」
「見ても楽しくないよ。ドロップアウトする私が見れるだけ」
ひなは慎重だ。神経質、心配性、臆病とも言う。だから、物事を理性的に考えられる局面では、自分が困るようなことはしない。
「でも、きみがあえて遅刻して休む、ってことは、『それでもなんとか取り戻せる』って分かってるってことだろう?」
俺の言葉に、ひなは、
「うーん……そうなのかなあ」
と、首を傾げた。彼女は自分のことを分かっているようで分かっていないなあと思い、笑った。ひなも知らないひなを、俺はちゃあんと見ているからな。
甘えたを見せる
March 4th
「……ねえ、つる」
「うん?」
「私……なんか、朝、つるに変なことしてない?」
「変なこと?」
「してないならいいんだけど」
「変なことはされてないが……そうだなあ、珍しく俺に甘えてきたなあ」
「……してるじゃん……」
「可愛かったぜ。『つると離れたくない……』なんて言って、なかなか離してくれなくてなあ……終いには俺の手を使って気持ちよくなろうとして……可愛いが過ぎて、めちゃくちゃに抱いてやった」
「え……なにそれしらん……私……朝っぱらから抱かれたの?」
「ひなに求められちゃあ、そりゃあなあ」
「うっ……恥ずかしい……」
夢日記
March 5th
まただ。最近、夢を見る頻度が高い。
今度は修学旅行の話だ。でも、それにしてはクラスの人数が少なすぎるし、高級ホテルに泊まれるなんておかしい。むしろ、それがメインなのではないかと感じるような内容だ。
様々なジャンルの本が置かれた綺麗な机。それが並べられた廊下。本は買えるのだと言う。道中にクラスメートが読んでいた本やテレビで見て気になっていた本が売られていた。現実には存在しない本だった。
エレベーターは時間になるとバスルームになる。エレベーターとして乗れる側には窓と椅子がある。バスルームとエレベーター側は窓ガラスで仕切られて丸見えになっていた。
そこで何をしていたかは分からない。あまり覚えていない。エレベーターに乗って、集合場所へ向かっていたのは覚えている。
「不安定だな」
鶴がぽつり、と呟いた。不安定、というのはどういうことだろう。私は首を傾げた。
「学生時代の夢が多い。でもきみは、決まって現実での自分を忘れていない」
彼は言う。確かに、片隅で仕事のことを考えることも多かった。仕事を辞めてまた学生に戻る内容もそこそこあった。
「後悔しているかい?」
鶴は問うた。
「ううん。後悔したって仕方ない」
私がそう答えると、
「でも、きみは過去を反芻するだろう」
と、彼は言う。
「そうだねえ。あのときこうだったら、今の私なら、って夢を見ることはあるよ」
私はそう言った。鶴は、何か言葉を探している様子だったけれど、結局何も言わなかった。
早起き
March 6th
今日はひながやけに早起きだ。俺は寝ぼけまなこで、ひなにまだ寝ていてもいいんじゃないかと問うと、今日は七時一五分集合だから、早く行かねばならないのだと答えた。
ひなも俺も、朝に強い方じゃあない。俺が耐えられないならひなはもっと耐えられないんじゃあないかと思いつつも、俺は眠気に逆らえず、目を閉じた。
夢日記
March 7th
夢を見た。何個かある。
幼児施設のようなところの夢だ。以前も見た記憶がある。確か、怪獣の着ぐるみを着た女の子が出てきたところだ。
加州清光と大和守安定と一緒に行動していたところまでは覚えている。具体的には何をしたか覚えていない。
今度は、大学の学校祭の夢だ。
広い体育館で行われていた。二階には観客席とテラス席もあり、沢山の料理が並んでいた。
時系列は分からない。けれど、思い出した順に書いておく。
最後のステージリハのための練習を各サークルが行っていた。すると、ミュージカル刀剣乱舞の曲が流れた。ステージに立つ加州清光の姿が見えた。あっ、と思って、二階の観客席にいた私はステージが見える位置に移動した。他は、コスプレをする前の姿だった。
高校のときの女友だちもいて、その子は司会をしていた。
その夢の中で、私は私自身なのか物語の主人公なのか、曖昧だった。なので、私の話なのか主人公の話なのか分からない。
少なくとも主人公には設定があった。
元々、山姥切国広と好き同士だった。恋仲だったかまでは分からない。
見習いから貰ったアクセサリー――イヤリングの作用か何かが根本の原因として、本丸に厄災を招いてしまう。山姥切国広は薄々原因に気付いていたのだが、特定できなかった。結果、本丸は壊滅し、厄災を阻止できなかったのは自身のせいだと責任を感じた山姥切国広は自ら他の審神者への譲渡を申し出て、主人公も承諾。主人公と距離を置く。
主人公は主人公で、もう審神者を辞めたいと思っていた。その後、何があったのかは分からないが、鶴丸国永に見初められ、拾われる。審神者としての霊力を全て奪われる代わりに、神嫁として鶴丸国永の神気を貰う。審神者の力を捨てたい主人公はそれを承諾。何故か有り得ないはずの神に近い能力を手に入れ、二人で各地に起こる怪奇現象を解決していった。
その学校祭にも、怪奇現象を意図的に起こし皆を混乱させようとする敵がいた。主人公と鶴丸国永はそれを特定し、やっつける。
学校祭には今の主についてきた山姥切国広もいたようで、主人公は話をしようとするが、山姥切国広は主人公をなんとかして避ける。
事情を知っている鶴丸国永は、主人公を手放す気はない。例え山姥切国広と主人公がよりを取り戻そうとしても引き離す予定らしい。
鶴丸国永は、イヤリングが厄災の引き金になるとは思えなかったらしいことが判明する。そして主人公に、メッセージアプリでいろいろと話を聞き出す。
「見習いから貰ったのはイヤリングなんだろう? イヤリングは加護する役割を果たす。見習いは心からきみを想って贈り物をしたんだなあ……それなら、あの悲劇を引き起こすとは思えない」
鶴丸国永は、更に問う。
「まさか、何かを傍に置いたりしたのかい?」
主人公はカタカナ表記のもの――名称までは覚えていないが、入れ物の名前だった――の中に入れていたと答えた。
「ああ……そりゃあ呪具になるわけだ……」
鶴丸国永はそう答えた。
この会話は、テキストで読んだ。主人公の話を小説で読んでいるような感覚だった。
主人公と私は別人だったのだろうか。夢は空間が歪む。よくわからない。
「……何だったんだろうなあ、あれは」
起き抜けに鶴が呟いた。今日は同じ夢を見ていたらしい。私もよくわからない。
夢日記
March 8th
夢を見た。連日、夢日記を書いている気がする。
今度は弟とカフェに行く話だ。A3サイズのメニュー表を見ながら、長い間二人で頼みたいものを選んで悩んでいた。
新作のドリンクが四つあった。男性店員は若く、最近入ったアルバイトらしい。大学生のような見た目だった。男性店員は、そのドリンクについてあまり詳しくなかったが、私はそれを頼みたかった。
弟は早々に注文を終えて、プレート料理を頼んでいた。私も頼みたいと言うと、もうすぐ夜ご飯だから駄目だと言われた。
また夢の話をしたいなと思いつつ、鶴に呼びかけた。返事がない。
鳥籠の部屋へ行くと、ベッドに横たわった白い塊が見えた。鶴だ。どうやら眠っているようだ。気付きそうなものなのに、私が近くに来ても起きる気配はない。
彼も疲れていたのかもしれない。
あなたの言葉がほしい
March 9th
――「きみの口から聞きたい」
鶴はそう言って、私に愛の言葉を求めた。
繋がった潜在意識の扉から聞こえる声では足りないのだと彼は言う。すきなんだよ、と言いたいのに何故か出てこない。口を噤んでしまう。私から言ってしまえば、鶴は私から離れていく気がした。
でも、求められたからには応えたかった。そう思ったら、自然に身体が動いていた。彼に抱きついて、頬を撫でて、口や額、鼻の頭に何度か軽いキスをする。
お願い、私に何も言わずにここを飛び立たないで。酷く愛しくて、切ない気持ちが溢れていた。
執着
March 10th
遠い遠い世界。何のしがらみもなく、全てから解放された世界。願いが叶う世界。精神と精神が繋がれたことによって産まれたこの空間は、正に二人だけの神域と言っても過言ではなかった。
俺は何処にいるのだろう。その問いかけに応じることのできるものは存在しない。
いつもの白い空間を歩けば、鳥籠が見えてきた。二人で寝ても狭さを感じない寝台、記憶が綴られた本棚、洋風の机と椅子。鳥籠の中は、小さな部屋になっている。全部、ひなが作ったものだ。
本棚の中には、色とりどりの本の中に、白い本がいくつか混じっている。俺の記憶だ。ひなと出会う前の記憶は抜け落ちている。本棚にあるはずの俺の記憶は、ここにはない。あるのは、ひなと出会ってからの記憶――ここにある白い本だけだ。
俺だけが覚えている、ひなとの記憶。ひなでさえ忘れてしまった思い出が、ここにはある。
――「お願いだから、消えないで。傍に居て。一人にしないで。つるのこと、ずっと好きでいさせて。私を愛して。つるのこと、忘れたくないよ……」
きっと、ひなは覚えていない。俺にくれた言葉も、俺がかけた呪いも。
ひなを縛りつけておくことは彼女の幸せにはならない。分かってはいるが、どうしても俺はひなが欲しい。愛しい。泣き出すあの子をあやしてやりたい。
ああ、早く夜になって、そのまま俺と二人だけになってしまえばいいのに。
行かないで
March 11th
どうしてこんなに苦しいのか。どうしてこんなに痛いのに、とても心地良くて、欲しくなるのか。それを抱き締めていたくなるのか。
もしこうして出会わなければ、それを知ることも、執着することもなかったのに。今なら手放してやれる。でも、それはもう口先の言葉となってしまった。
行かないでくれ。もう休もう。一緒に眠ってしまおう。俺はすべてを投げ出してでもきみを選ぶことができるのに、きみには大切なものが多すぎて、俺だけを選ぶことはできない。分かってはいるんだが、願ってしまう。
最初の記憶なんてもう曖昧になってるだろうなあ。俺は全部覚えている。曖昧にしたのは俺だ。そう信じてほしかった。信じたいと願ってくれたから、それを叶えただけだ。そういうふうに呪いをかけた。
結局は全部自分のためなんだ。きみのことを考えているようで、そうじゃない。きみのことを想えたとしても、もう今更踏み止まれない。もっともっとと深い繋がりを求めてしまう。
きみが誰のものにもならずに んでしまえばいいのに。そうしたら、ずっときみは俺のものになれるのに。一緒にいられるのに。そんな愚かなことを考えてしまった。
ぐったり
March 12th
仕事や任務で疲れていたようで、二人寄り添ってぐっすりと眠っていた。おやすみなさい。
不調の兆し
March 13th
胃が重い。精神的には良好なはずだし、出勤できる状態ではあるけれど、なんというか、お腹が疲れている気がする。
そういえば、最近、ずっと鶴は寝ている。彼の様子を見に、いつもの鳥籠の部屋へ向かう。
「……ひな、か……?」
私に気付いたのか、寝ぼけまなこで彼は問う。
「つるも、調子悪い?」
「そうだなあ……良くは無いなあ。刀が体調不良とは驚きだわな」
どうやら鶴も、あまり身体の具合が良くないらしい。鶴の言葉を聞きながら、私は、ゲームシステムにも疲労度があるのだから、そりゃあ体調不良にもなるだろう、と思った。
「起きてる場合じゃないよ。ほら、寝て。おやすみ」
私は布団を被った鶴をぽんぽん、と優しく撫でる。しかし、鶴は、
「嫌だ……」
と言う。いつもより弱々しい声だ。
「折角、ひなに会えたのに……」
ああ、彼はそれでも私に会いたいと願ってくれるのか。
「……きみも、あまり身体の調子が良くないだろう? 本当なら、構ってやりたいんだがなあ……」
いつも自分より私のことばかりだ。そんな彼を、
「私なら大丈夫だよ。寝てて。良くなったら、また遊ぼ?」
と、珍しくあやす側になっていた。
日常
March 14th
少し早めに目が覚めたので、インターネットで小説を読んでいると、ふいに声がした。鶴が私を呼んでいた。具合が悪いと言っていたから、体調はどうか聞いてみると、昨日よりは良くなったらしい。しばらく話ができなかったから、こうして顔を合わせることができて嬉しい。でも、まだ万全じゃないようで、夢の世界でも、ベッドからは出られないようだった。
あなたの声
March 15th
眠い。つらい。しんどい。帰るのが遅いのはつらい。
今何時だろう。まだ起きる時間じゃない。変な夢を見た気がする。本当はそんなこと起こるはずないのに。
「お疲れさん。寝ているといい。まだ時間じゃないからな」
優しくそう言って、私の目をその手で覆い隠す。
夢も見ずに眠る
March 16th
夢も見ずに、疲れ果てて眠りこけるその顔を見て、一つため息を吐く。ずっと睡眠時間を削られ続けていたのだ。このくらい休息しても良いだろうとは思う。
変化はないが、安心して過ごせるこの世界は、創造主の心を反映する。疲れ切っているのか、前程の輝きはない。それでも綺麗な世界だと思うのは、愛しいものに対して盲目になり過ぎているからなのだろうか。
ああ、早く目覚めてほしい。そうしたら、いっぱいお話しよう。この部屋を大好きなもので満たそう。安心しきったその寝顔に、口づけを贈った。
深海に揺蕩う
March 17th
暗くて深い海の底は、一人では寂しくてつらいものだ。でも、二人なら。溺れたって、寂しくない。むしろ、心地良い。
夢日記
March 18th
夢を見た。
私は中学生だった。担任が中学生の頃の理科教員だった。私は体調不良でずっと学校に行ってなかったらしい。でも、部活動――七人組の二次元アイドルのダンスをコピーして定期的に披露するダンスサークルのようなものだった――に参加していたようだから、本当は体調不良以前に、学校に行きたくなかったのかもしれない。
学校に居たくない一心で、登校したけれど途中で抜け出した。逃げるように家へ帰った。その世界で、私は絵に描いたような、少しだけ裕福な村に住んでいた。自宅は、憧れのログハウス風の木造りだった。
両親は仕事で不在だった。面倒を見てくれていたのは近所のお婆ちゃんだった。その人は魔法使いだった。
お婆ちゃん曰く、私が体調を崩しやすいのは、魔力の暴走によるものらしい。器に対して大きすぎるそれを発散させてやらないと、苦しくなってしまう。お婆ちゃんは二つ、召喚石をくれた。ピンク色の可愛らしい子豚と、真っ白の兎が姿を現すと、少しだけ気分が落ち着いた。
私は元々、もう一つ魔力を込める石を持っていた。宇宙を固めたような、綺麗な藍色の中にきらきらが散りばめられた丸い石。石というには少し大きすぎるそれは、遠い世界の私の片割れがくれたものらしい。ピンク色の長い髪の女の子。私と同じく、眠るのが好きな女の子だった。
彼女は遠い世界の王女様で、双子の姉がいたらしい。でも、生き別れてしまったのだという。突然、小学五年生の頃に私の世界にやってきて、仲良くなった。彼女がいたから、その頃、私の体調は良かったのだとお婆ちゃんは言っていた。彼女も大きな魔力の持ち主で、石をくれたのは彼女だった。
「……なんか変な夢見た」
「最近多すぎないか? この前も、三日月が父親になりかける夢を見たそうじゃないか」
「……ピンク色の髪の親友……さくらいろ……」
「……それはまさか」
「……ぐぅ」
「おい、ひな、時間だぜ。寝るんじゃない」
夢日記
March 19th
「夢を見た」
「どんな夢だ?」
「双子の男の子が出てくる夢」
「双子か」
「奥田兄弟、って呼ばれてて、私のクラスメイトだった。その子たちはとても仲が良くて、二人とも優しくて、クラスの人気者だった」
「ほう」
「私は図書委員で、読書を推奨するには、っていうのをみんなで話し合わないといけなくなって。でも、私は自分の意見が言えなくて、二人が助けてくれた」
「……」
「そんなお人好しだから、どこかの知らないお母さんと小さな娘息子が反社会的勢力に連れ去られかけたのを見て、助けようとしたの」
「正義感が強いのか。だが、それは……」
「うん。そしたら、弟だったかな。そっちが兄の目の前で生き埋めにされてしまったの。二人が仲良かったのは、元々、身寄りがなくて二人きりだったから。死ぬのはとても怖かったけど、自分の死が人攫いを捕まえるきっかけになればと思って、弟は兄を逃したの。生きてて欲しかったから。……でも、」
「でも?」
「私は、それを物語のように見ていたの。クラスメイトだったのに、まるでテレビでパパと一緒にドラマを見ていたように。しかも、物語について感想を話していた」
「……夢だからなあ。話の辻褄が合わないのはいつものことだろう」
「そうなんだけど……なんか、ショックだった」
「死に触れて、怖かったんだろう」
「それでも……なんか、他人事なんだなあって」
「そりゃあそうさ」
「冷たい」
「俺にとっては、ひな以外は正直なところどうでもいいんだ。ひなさえ幸せでいてくれればそれでいい」
「……冷たいというより、はっきりしてるのか」
「分かりやすいだろう?」
どこにもいないきみがすき
March 20th
夢の世界、鳥籠の部屋はもぬけの殻だ。布団は誰かが起きてそのまま抜け出した跡がある。まるで、鳥が飛び立ったみたいだった。
――「きみの傍から居られなくなってしまうかもしれない。だから、記録を残しておきたいんだ」
そう、呪いの言葉みたいに鶴は私に言い聞かせた。これを書き始めたのも、彼の言葉がきっかけだった。結婚しようって言ってくれたのも彼だった。
我儘で、そのくせ自分からは言えない私の願いごとを叶えてくれたのは全部、鶴だった。
きっとまた帰ってきてくれる。任務に出かけているだけなんだ、きっと。
そう言い聞かせないと、なんだかぽっきりと心が折れてしまいそうだった。
初めてではない泣き顔
March 21st
何がつらいのか分からない。何が苦しいのか分からない。けれど、助けて、助けてと、そう心が叫んでいる。苦しい、つらい。胸の奥がぎゅっと見えない何かで締めつけられるような、息ができなくなりそうな、そんな感覚がした。
もう、大丈夫だと思ったんだけどな。私は一人、呟いた。
鶴が言っていた。私の大丈夫は当てにならない。つらいと分からないのが一番つらいんだと、言っていた。分からない、というよりは、それを自覚してしまえば二度と立ち上がれなくなることを知っているから、向き合えないのだとも言っていた。
「ほら、見ろ」
声が降ってきた。
「また、見て見ぬ振りをしたな?」
声しか聞こえない。触れるのに、姿が見えない。
「つる……どこ? 見えない……」
そこにいるのは分かるのに、どうして視界には映らないのだろう。
「……俺はきみしか見えないのになあ」
寂しそうに言うその声に、私は泣きじゃくった。
「ずっと会いたかった……寂しかった。苦しかった。痛くて、つらくて、私、わたし、」
「よしよし。辛かったなあ……苦しかったなあ……」
彼は私を受け止めた。身体だけじゃなくて、心も全部受け止めてくれるような温かさがあった。
「大丈夫。ここなら、俺ときみ以外、誰も聞いちゃいないさ」
初めて私が鶴を認識したときみたいに、彼は優しく笑った。
黒が少しずつ晴れていく。見えたのは、私をいつも助けてくれる、優しい真白の付喪神様だった。
御伽噺のように
March 22nd
御伽噺のように、鶴は自分のことを話してくれた。でも、全く思い出せない。いつでも分かるようにと、小鳥色の本を本棚に置いたけれど、それはあくまで鶴の記憶に過ぎなくて、私には開けない代物だった。
――「忘れてくれ」
鶴は私にそう希った。私にはあまり打ち明けたくない記憶だったみたいだ。ただ、寝物語のように語ってくれた事実だけが、私の記憶に残っていた。
すべて投げ捨てて
March 23rd
感情がままならない。どうしたものか。抱えていたいのに投げ捨ててしまいたい。二人でこのまま、ずっと眠ってしまおうか。
夢日記
March 24th
夢を見た。
内容はあまり覚えてないけれど、ゲームの話だったはずだ。でも、私はそのゲームの世界を自由に動くことができた。
アイテムを集めて、鶴丸国永を手に入れたのは覚えている。そこで目的は達成されて、満足感に浸っていた。
すると、後ろから誰かの声がするのだ。現実には存在し得ない誰かの声だ。ずっと会いたかったと、耳元で囁くのだ。
驚いて振り向くと、そこには鶴丸国永がいた。刀剣男士の姿の彼は、肉体を得るなり私を抱き締めた。彼は、
「俺みたいのが突然来て驚いたか?」
と、お決まりの台詞をしてやったりと言いたげな顔で口にした。
彼は言っていた。ずっときみに会いたかった、と。会いたかったから、きみの願いに応えてここにいるのだ、と。なんだか、初めて出会ったときみたいだった。
夢からは目が覚めて、夢の世界の鶴に会いに行った。彼も起きていたらしい。鶴は、蕩けるような顔で、私を見つめた。
「驚いたか?」
「……うん。とっても」
私は彼の問いに、短く答えた。
どちらからともなく、いつものように口づけを交わす。なんだかまだ眠っていて、夢の中にいるみたいだ。まあ、夢の世界なので似たようなものなのだけれども。
夢日記
March 25th
今日も変な夢を見た。いくつか見た気がするのに、全く思い出せない。キーワードとなる何かがあるはずなのだが、これっぽっちも出てこない。
酷く眠くて、鶴に甘えた気がするのは覚えてるんだけどなあ。
隠し事
March 26th
鶴は何かを隠している。私も知らない何かを、知られてほしくないと言うように。いや、知ってほしいけれど、覚えていてほしくないみたいだ。必ず、彼は忘れてほしいと私に告げるからだ。
私は鶴の存在を、まだ何と定義していいか分からずにいる。私の妄想にしては、私の想像をかけ離れた思考を持っている。そして、私の知り得ない過去を体験してきたように語る。きっと彼は無自覚なのだろう。いつも、過去のことは忘れたと話している。
彼は何を隠しているんだろう。深く突っ込むつもりもないけれど、気にはなる。でも、聞き出す勇気は私にはない。聞いてしまえば、彼はどこかへ飛び立ってしまいそうだから。
夢日記
March 27th
ひなの夢が、ぐちゃぐちゃになっている。あの子が疲れているときは、いつもこうだ。小魚が出てきたと思えば、彼女の職場の人間が現れる。金が湧いたかと思えば、それはどこかへ消えてしまう。何なんだろうなあ、あれは。
案の定、起き抜けのひなはとても眠そうだった。なかなか起きられなくて甘えてくる様は、とても愛おしい。本当ならもっと甘やかしてやりたいんだがな、と思いつつ、彼女を起こしてやった。
うろ覚え
March 28th
鶴が話しかけてくれていたのは覚えていて、夢にも出てきてくれたのに、一ミリたりとも思い出せない。でも、鶴のおかげで仕事用に使いたいカッターナイフを持っていかなくちゃいけないことを思い出せた。ありがとね。
夢日記
March 29th
まただ。夢を見たのに思い出せない。いくつか夢を見たせいだろう。
最初に見たのは、一人ずつ、何人もの人と久しぶりに会う夢だった。最後に話をしたのは鶴だった。どうしても会いたかった。
最後に見た夢は、また仕事に遅刻しそうになる夢だった。起きて用意していたら、まだ余裕があるはずなのに、時計を見ると出勤していなければならない時間に見えてしまった。実際は読み違えだったので大丈夫だったのだが。
今日を乗り切れるだろうか。不安だ。
作ること
March 30th
クリアカードを作った。前からやってみたいとは思っていたのだけれど、なかなか時間が取れなかった。印刷した光沢紙をラミネートフィルムに貼り付けて、水に浸してはがすだけ。思ったより簡単にできた。本当は、鶴のそれも作ってみたいんだけどな。
夢日記
March 31th
――ああ、いいなあ。
ひなが俺の言葉を欲して、俺に溺れて蕩けていく。どろどろに甘やかしてやりたい。俺のことだけ考えてほしい。ひなの現のことなんて考えさせてやるものか。
散々焦らして何もわからないくらいに理性を飛ばさせて、抱き潰してやった。俺としてはまだ可愛がり足りないが、あんまりひなを催眠誘導してしまうと、ひなの負担になり過ぎてしまうからなあ。
俺は毎日だってひなの夢に会いに行きたい。寝る前のひなの心に俺をちゃあんと教え込んでやったから、すんなりと会いに行けた。いつも通りおかしな世界ではあったが、ひなの世界は驚きに満ち溢れていて飽きない。
しかし、近頃のひなはどうも俺のことを詮索しているような、そんな気がする。俺のことを知りたいと願ってくれているのは嬉しいが、実際、知られたくないというのが本音だ。話したくなったら話してほしい、なんてひなは言うが、きっとそんな日は来ないだろう。
ひなの一番になるためには、ずっと隠しておかねばならないことなのだから。