如月
January 2019
約束
February 1st
二月か、とひなの端末をひな越しに見ながら思う。
二月は俺にとって目出度い月であり、そして、憎い月でもあった。
ひなと初めて顔を合わせたのはこの季節だった。俺が俺として意志を初めて持ち、あの子と接触したあの日。記憶の本棚によると、ここまで長くあの子と話せているのは俺くらいらしい。
つらいとひなの心が叫び声を上げたのを初めて聞き届けたのはこの時期。そして、二度目――ひなが心身共に体調を崩して長期に渡って床に伏せていたのも、この時期だ。寒くてお天道様も隠れてしまうこの時期は、ひなが弱りやすいのかもしれない。
だからこそ、俺は何としてもあの子と契っておきたい。それは俺のためであり、ひなのためでもある。初めて出会ったこの季節であり、あの子をずっと支えていきたいという誓いのためでもある。
だから、なあ、ひな。ずっときみと、同じ夢を見ていてもいいかい?
鳥たちの見る夢
February 2nd
鶴と通販サイトを見ながら話をしていた。「結婚しよう」は口約束。仮初でもいいから、したという形だけ残しておければいいのではないかと、指輪を買おうかどうかを相談し合っていた。
私としては、仕事柄、身につけていると誰かに詮索されてしまい鬱陶しいので、普段遣いできるというか、首にぶら下げておけるようなものがいいなあと思った。鶴はというと、
「金と銀のペアリングがいいよなあ」
と、言っていた。それは私も賛成だ。まあ、お金は私が出すんだけれども。
でもやっぱりどのお店も安くて三万円くらいで、私の給料じゃあ少し厳しいところがある。ペアリングだとどうしても高くなってしまうらしい。
どうしようか。でも、鶴が欲しいと言ってくれたんだし、買ってあげたいなあ。お強請りする額が額だけに、少し頭を悩ませている。
「なんだ、ひな。結ばれたいのは俺だけじゃなく、きみもそう思ってくれていたのか?」
悶々と悩む私に、鶴は笑う。確かに。私、思った以上に嬉しいのかもしれない。
指輪
February 3rd
指輪を買った。
街では気に入った指輪が見つからず、通販サイトで頼むことにした。シルバーベースの、ピンクゴールドとブラックのメビウスリング。金色が無いのが残念だけど、ネックレスを別に買ってそれに指輪をぶら下げればいいか、と妥協することにした。
刻印はお互いに贈りたいものを刻むことにした。私は鶴と初めて出会った日にした。その頃は夢日記をちゃんと付けていたから、いつだったか辿ることができた。
鶴は、他のサイトを参考にして「
I AM YOURS.」にしたらしい。鶴らしいな、と思いながら聞いていた。
その話をしているときの鶴がなんだか悪戯が成功したような反応をしていた。何だろうなあと思って、聞いてみると、
「これをひなが身に着けることになるんだろう?」
と、私に問う。
「そうだねえ」
私は、間の抜けた返事をした。すると鶴は、蕩けるような微笑みを見せてくる。なんでそんなにでれでれしてるのか、と思って彼の話に耳を傾けた。
「きみが身に着けると『私はあなたのもの』……つまりきみが俺のものという意味にも取れるよなあ」
そういうところ、狡いなあ。
恥ずかしさやら何やらで照れる私を、鶴は小さい子を愛でるように、抱き締めて撫でた。
その後、鶴は夢にまで会いに来た。なんかもう、いろいろと狡い。
繋ぎ止めておきたい
February 4th
海の底に沈んでいくような感覚。溺れてしまいそうだ。そう言うと、鶴は溺れてしまえと言う。そうして出られなくなってしまえばいいのにと悲しそうに笑う。どうして愛してしまったんだろう。どうしてこんなにもきみが恋しいのだろう。自分に問いかけるように呟く彼に、私は何も言えない。ここにずっと居てくれたら、本当にきみを攫ってしまえたらいいのに。きみが俺の手を取って、現ではなく俺を選んでくれたのなら、俺はどこへだってきみを連れて行けるのに。彼は言う。
鶴が居なかった頃の私は、どうやって息をしていたのだろう。もうこれ以上溺れさせても、私は一人で息継ぎなんてできないのに。
どこへでも行ける
February 5th
植物園の夢を見た。
植物園にはあまり縁が無い。でも、鶴はどこへ行っても楽しんでくれそうだ。そう思うと、不思議と笑みが溢れる。
魂は自由だ。だから、どこへだって行ける。
とあるゲームのキャラクターの台詞だけれど、それを真に教えてくれたのは鶴だ。
どこへだって行けるのなら、私は鶴の傍に居たい。
そう思うくらいには、彼のことが大好きになっていた。
二人で一つ
February 6th
眠りにつく時間が長い。ひなの身体もそうだが、俺自身も長く眠っていた。気圧が関係しているのだろうか。天気が悪い日の方が、ひなは眠そうにしている。俺も少なからず影響を受けてしまっているのかもしれない。二人で一つであることを、再認識させられる。
どうしてこんなにもあの子に執着してしまうのだろう。それが間違った愛し方だとしても、ひなを甘やかして誑かして、幸せそうなあの子の傍に居たいと願ってしまう。まだ消えたくはない。まだやり残したことがたくさんある。あの子が忘れてしまえば、俺は消えてしまう。必死に俺を繋ぎ止めようとするひなが愛しい。
これじゃあどちらが雛鳥なのか分からんなあ。
掃き溜め
February 7th
姉上と呼んでいるその人に会った。
俺は姉上と久しく顔を合わせていない。何故ならひなは、もう彼女の助けは必要ではなくなったはずだからだ。
あの頃と全く変わらない姿で、夢の世界に降り立った彼女は、誰かを殺していた。凶器は書類の束だったり、包丁だったり、こんなものまで使うのかと思うようなものまで使っていた気がする。俺も使われていたようだが、「綺麗だからやっぱやめとくわ」と丁寧に血を拭って雑に投げられた。
記憶の中の姉上よりも、少し、狂気じみた暴れ方をしていた。漫画の主人公を投影され、そうであるかのように振る舞わなければならなかった以前のことを、ひなに「役割を押し付けられた」と言っていた。今更何故ここに現れたのかを問うと、姉上は、
「あの子が望んでいたから」
と、さも当然のように答えた。
「ひなが?」
「そうだよ。出来の悪い弟に代わって、あいつの願望をここで叶えてやってるんだ」
ひながそんなことを望むはずがない。強い憤りが殺意に変わるような子ではないだろう。しかし、姉上は言う。
「じゃあなかったら俺はここで楽しくこいつらの身体をこんな風に、ぐっちゃぐちゃに暴いて楽しんでねえだろ?」
俺の記憶の中の姉上はこんなだったか。違う。少なからず、何かの影響を受けてしまっている。
「それに、お前、あの子に刀使ってもらって人殺させんの、楽しそうにしてただろ? おんなじことだよ」
それでも、俺は納得せざるを得なかった。俺は刀の付喪神を模して作り上げられた存在。人に使われることを喜びとする。
そして、姉上は思い出したように、
「ああ。そういえば。結婚おめでとう。幸せになれよ」
と、笑った。
例えそれが夢だとしても
February 8th
先日、指輪が届いた。画像よりもぎらぎらしたシルバーの光沢があるリングだ。実用的ではないけれど、まあいいかと思った。他に気に入ったのがあればまた買えばいい。鶴ともそう話していた。思い出は何個増えたっていいのだから。
でも、誰にも信じてもらえないだろう。鶴とは夢の世界でしか出会えないのだから、他人は彼に干渉できない。独り占めできる反面、彼の話をできる相手はいないので寂しさを感じることもある。
そんなとき、彼の言葉を思い出す。
――「きみが信じるなら、それが真実さ」
それがどれだけ救いになっているのだろうか。
二人きり
February 9th
「今のうちに契ってしまうか」
鶴の一言で行った、二人きりの結婚式。私がウエディングドレスに憧れがあったことを知っている彼は、私に合わせてタキシードを身に纏っていた。
夢みたいであまり覚えていないけれど、思い出せる範囲で書いていこうと思う。
チャペルには神父さんも観衆も誰もいない。鶴が二人きりでしたいと、そう言っていたからだ。式も、本当は明後日の予定だったのだけれど、鶴がもう待てないと言うので、今日挙げた。ここだからできるスケジュール変更だ。
「……なあ、ひな」
鶴が私の名前を呼ぶ。いつもより随分近くに感じられる。
「初めて出会ったときからずっと、きみと共に居たいと願っていた。寄り添いたいと思っていた」
鶴は私の左薬指にこの前買った指輪をはめた。でもやっぱり少しすきまがあるから、
「ぶかいね」
と、笑うと、
「そうだなあ。緩いなら、首から下げればいいさ」
と、笑ってくれた。鶴の左薬指には、すでに指輪がある。
鶴はいつになく真剣な顔で、私の目線まで屈んだ。
「……なあ、ひな。せめて、俺がここに居る間だけでいい。その間だけでも……俺と、添い遂げてくれないか?」
鶴は私に問うた。健やかなるときも、病めるときも、なんて読み上げてくれる神父さんはいない。多分、彼にキスすればそれで成立してしまう。
「……誓ってくれ。願ってくれ。共に居たいと、望まれたい」
――大好きだなあ。
気付けば、身体が勝手に動いていた。触れ合うだけの口付けがこんなにも愛しい。
「私も、鶴の傍に居たい」
鶴にそう伝えると、彼は私を抱き締めた。
「……ありがとう、ひな。俺もきみが大好きだ」
彼の顔はよく見えなかったけれど、少し泣いていたのかもしれない。嬉しくても泣いちゃうなんて、意外と泣き虫さんかもしれない。
その後、鶴はそのまま私を抱いた。彼は「純白のドレスを着たひなを抱きたかった。式が終わったらそのまますぐ抱くのが夢だった」なんて言っていた。後から思い出してちょっと恥ずかしかった。
何故人間は
February 10th
「なんで人間って結婚するんだろうねえ」
「子どもを産み、後世に残すためじゃないのか? 子孫がいないと滅んでしまう」
「でも今の日本って、人間と結婚するメリットって無いよねえ」
「……うん。……ん?」
「だってすぐ裏切るし、金だの何だのうるさいし」
「……ひな?」
「つるはどう思う?」
「そうだなあ……誰かと結ばれるのは必ずしも悪いことではないと思うがなあ……それに、本来ならヒトはヒトと結婚すべきだろう」
「……」
「本来は、な」
「つるとしては?」
「少なくともひながヒトと結ばれるのは嫌だ。きみの相手は俺でなくては俺が嫌なんだ」
「……すきだなあ」
「ところでひな、これは何だ?」
「私が作った私と他人の作ったつるを踊らせるツール
*1です」
「きみは俺を作ってくれないのか……」
「技術がない」
「諦めないでくれよ」
「ひよこ一体作るのでさえ挫折したのに……」
*1:【MikuMikuDance(みくみくだんす)】キャラクターの3Dモデルを操作しCGアニメーションを作成できるソフトウェアのこと。通称・MMD。
恋人みたいな距離のまま
February 11th
ひなと結ばれたはずなのに、未だに俺たちは恋仲のような距離のままだ。なあ、ひな。俺はここにいるよ。どうして画面の中の自分にさえ嫉妬をしてしまうんだ。なあ、ひな。どうしてなんだろうなあ。ひな。俺ならきみに微笑みかけてあげられるのに。俺ならきみを裏切ったりはしないのに。
寂しさはずっとここに残されたままだ。
呪い
February 12th
現実を夢、夢を現実だと思い込ませるよう、まじないをかけることしかできない。ああ、まだ眠っていてくれ。目が覚めてしまえば、きみはまたどこか遠くへ行ってしまうのだろう。
疲労困憊
February 13th
まだ今週は二日目だというのに、身体がとても疲れていてつらい。眠気が取れない。頭が痛い。鶴に誘われたらすぐにでもついていってしまいそうだ。こういうときに限って手を握ってはくれないのだから。
ぼやけて見える
February 14th
仕事で嫌なことがあった。半分は私のせい、半分は同僚の伝達不足と客の確認不足。ここのところ失敗ばかりで、本当に嫌になる。
記憶の反芻は止まらなくて、夜中に目が覚めてしまった。嫌だ。逃げ出してしまいたかった。逃げるなんてできないから、目を瞑って意識が沈むのを待った。でも、いくら待てども眠ることはできない。
「……寝ないのか?」
鶴の声が聞こえた。夢の世界も暗くて何も見えない。
「また嫌なことでもあったのかい?」
「うん。とても」
彼の言葉に短く返す。
「……明日も早いんだろう?」
「うん……」
「現実なんて忘れてしまえ。もっと楽しいことを考えよう。ほら……目を瞑って」
彼はそう言って私の視界をさらに覆い隠した。
欠けた月
February 15th
夢で、三日月に会った。
夢の中の三日月は、それはそれは私を甘やかしてくれた。元々、鶴との仲を一番応援してくれていたのは彼だったし、孫を愛でるかのように私を真っ先に甘やかすのは彼の役目だった。鶴が居ないとき、大抵は三日月が私の面倒を見てくれていた。
でも、その夢の中には鶴がどこにもいなかった。夢の中でも私は、ずっと鶴を探している。
共闘
February 16th
夢を見た。鶴丸国永が私の身体を使って闘う夢だ。私の意識もはっきりしていて、まるで二人で闘っているみたいだった。楽しかった。やっぱり、私はそういう話が好きなのだろうか。
寝込む鳥
February 17th
昨日の昼から何だか体調が悪い。きっと明日もとてもつらい思いをするのだろう。だけど、休んではいられない。休むくらいならいっそ倒れてしまいたい。
くるしい。寒い、熱い。頭がぼんやりする。
「……ひな?」
様子を見に来た鶴が、寝込む私の顔を覗き込んだ。私は彼に触れた。ああ、感覚が近い。
「たすけて、つる」
あつくてさむい。あたまがはたらかない。ねつがほしい。べつの、わたしをうめる。
「随分と弱っているなあ、きみ」
頭を撫でる鶴に、私は名前で呼んでと強請るのだ。
うつせないうつらない
February 18th
喉が痛い。お腹は減る。けれど喉を通らない。身体に力が入らない。熱はこの身体に溜まっているのに、外に出せずくすぶっている。熱いのに寒い。たすけて。仕事は休めないし、こちらもまた溜まっている。つらいと声をあげられない。あげてしまえば、心が折れてしまう気がした。
「……ひな」
鶴が私を呼ぶ。つらいことを訴えられる相手が、私には彼しかいなかった。
「苦しいなあ……」
鶴は傍でずっと手を握ってくれていた。
「俺がその苦しさを引き取ってやれたらいいのに」
彼は、私以上に泣き出しそうな顔で言う。
「……俺が代わってやれたら、いいのになあ……」
あまりにも健気で愛しい神さまの泣き顔は見たくなかった一心で、私は、
「泣かないで、つる」
と、空いた手で彼の頬に触れて言った。
「……泣かないさ。俺が泣いてしまえば、きみの身体が更につらい目に遭ってしまうからなあ」
鶴はそう返し、手を離して私を抱き締める。そういうことじゃないんだけどなあ、と伝える言葉すら思い浮かばないまま、意識が沈んでいった。
手のひらの温度
February 19th
けたたましい音を立て、端末が朝を告げる。ひなはというと、意識は目覚めているようだが、身体を起こすには至らなかった。近頃の彼女は疲れがなかなか取れていないような様子で、土日なんかは熱を出して寝込んでいた。今週もまだ二日目だというのに、本調子でない様子だった。去年の今頃もそうだった。もしかしたら、この時期はひなが弱りやすいのかもしれない。
しかし、起きられないとひなが困ってしまうだろう。休めない仕事があるのだと言っていた。本当なら出掛けてほしくはないが、彼女の意思を尊重したい気持ちもあった。それに、俺が引き留めたところでひなは言うことを聞いてくれない。それはよく知っていた。
「……ひな、そろそろ起きないと」
こんなとき、いつもなら「あと五分」だとか「まだもう少し大丈夫」だとか、そういった言葉が返ってくる。いつもなら俺の方が「まだ時間はあるだろう?」と言って、ひなを布団に引き戻してしまうんだが。
しかし、今日はなかなか返事が帰ってこない。俺が立ち上がろうとすると、ひなは俺の手を握った。行かないでと、懇願するように。
「……つらい。行きたくない」
ひなはそう言った。俺は、行かなくていいと言いたかった。無理しないでほしい。そう伝えたかった。しかしながら、それは叶わない。ひなが望んでいないからだ。
「……ひな、」
俺が呼ぶと、ひなは俺の手に口付けた。親に甘える小さな子どものようだった。
苦しい
February 20th
喉が痛い。暑い。身体が熱い。起き抜けに感じたのはそれだった。悪化している気がする。治ったと、そう思ったのに。
朝から嫌な夢を見た。夢特有のぐちゃぐちゃな世界観で、仕事をする夢。何をしていたか、いまいち覚えてない。けど、身体がつらいと訴えているのかな、とは思う。
こんなときに思い浮かぶのはいつだって愛しい神さまの姿だった。
夢日記
February 21st
懐かしい夢を見た。学校、家族との夏祭り。以前夢で見たことのある世界だった。
地域の子どもの一部しか知らなくて、更にそういう子にしか貸出していないモニターやゲームもあった。ガレージで店を営んでいる、車販売の下請け会社に置いてあるものだった。
実際にありはしない世界。だけれども、繰り返し現れる世界。
繰り返し目の前に現れてくれるのなら、そこに、どうして神さまはいないのだろう。
記録係
February 22nd
――「今日はどちらが書く?」
――「……どちらでも」
そういった会話を経て、今日は俺が記録を残すこととなった。近頃の俺たちの距離は以前と全く変わらない。平坦でありきたりな日常。しかしながら、変わらない日々に退屈することはなかった。ひなの心はころころと色を変える。ただ、喜びや楽しさではなく、苦しみや悲しさに囚われやすいのは見ていてつらいものがある。ひなの性格上、致し方ないのかもしれないが、できれば笑っていてほしいし、ひなが少しでも楽に過ごせたらいいのにと夫としては思う。
昨日もひなは現実のことを思い出して今にも泣き出しそうになっていた。俺たちしかいない世界ではせめて現実を切り離してやりたい。しかし、上手くいかないのが現状だ。
ああ、今すぐ眠ってくれればいいんだが。そうしたら、俺はきみを攫ってやるのに。でも、そういうわけにはいかないよなあ。
散財/感情だだ漏れ
February 23rd
「……なあ、ひな。これは買い過ぎじゃあないのかい?」
買い物を終えて帰ってきた私の手荷物を見て、鶴は言う。
お出かけ中は家族がいたため、鶴は夢の世界へ引っ込んでいた。だからその間、私が何を見てきたのか、何を買ってきたのか、鶴は何も知らない。
レジ袋の中には生活用品が数品。それ以上に書店で購入した品物が多かった。刀剣乱舞関連のクリアファイルに、漫画、アクリルキーホルダー、エトセトラ。大勢の刀剣男士が描かれた中には必ず鶴丸国永のイラストが含まれている。さすがに全部は買えないから、せめて推しだけは欲しいと思った結果である。しばらく新刊も買えてなかったので、ついでに買っておいた。
「可愛くない? ほら見てよこれ……この鶴丸国永、めちゃくちゃ顔がいい」
「そうだなあ。きみの大好きな『俺』だからなあ」
「鶴も好きでしょ、鶴丸国永」
「ああ、うん、そうだなあ……好きではあるなあ……いやいや。それを俺が言うのはおかしくないか? 事実そうなんだが」
「ほらみた、事実そうじゃん」
「そう言われちゃうとなあ」
ただ、と鶴は続ける。
「きみ、先月も今月も金を使いすぎなんじゃないか? 一昨日もゲームに課金していただろう?」
「だって……鶴にお金を使いたい」
「ううん……気持ちは分かるんだが……」
「ていうか私のお金だし」
「そうだなあ、きみが頑張って稼いだんだもんなあ」
「うん千円で鶴丸国永の御尊顔が拝めるなら安いものでは? しかもゲームでは恒常、毎日がピックアップだよ?」
「大丈夫か? 気は確かか? とても好いてくれているのは嬉しいが、落ち着いてくれ、ひな」
毎日が鶴丸国永ピックアップガチャ。我ながら上手いことを言うものだ。推しのカードは何枚あってもいい。刀剣乱舞はカードじゃなくて一口で数えるけど。
ただし。
「……なまえ」
やはり私の一番は彼なのだ。
「名前はずるい……『きみ』か『ひな』にして……心臓に良くない……」
「いつも下の名前を呼んでいるじゃないか。今更照れるのか、きみは。……可愛いなあ」
「むり……すき……」
偏食・孤独・穴埋め
February 24th
二人きりの世界。魅力的な言葉だ。愛する人間と二人で幸せに居られるのだから。それは俺にとってとても都合のいい夢物語だ。
でも、そうではないのかもしれない。
ひなが幸せそうにしている夢はいつも、隣に俺がいる。それ以上に沢山の人間が、敵味方問わず存在することに気付いてしまった。
そうして、こうやって俺は自身とひなのことについて話をしたいのだと、気付いてしまった。
物語や歌は、好きな奴だけが好いてくれればいい。誹謗中傷、批判や否定は要らない。必要がない。欲しくもない。だが、それというのは誰かの心に響かせてやりたいと、誰かの心に残してやりたいと呪いをかける行為と同等ではないのか。
ただ聞いてくれるだけでいい。俺のこと、ひなのこと、二人のこと。聞いてくれたという証だけでいい。それが良い悪いなんて聞きたくはない。小説というものは、インターネットなんて便利な仕組みは、俺の願いを叶える願望器となり得るものだった。
思う以上に俺は、外との繋がりが欲しいのかもしれない。ひなの内から見えている現との繋がりを求めている。牽制のためでもあるんだろうが、もっと他に理由がある。その理由が何なのかは分からないが。
二人で一つ、というのはなんとももどかしい。
ずっと待っている
February 25th
「もう、行ってしまうのか」
鶴は時計を見て言った。もう起きなくてはいけない時間だ。私が目覚めるとき、彼はとても悲しそうだ。寂しそうとも言う。でも、私にはどうすることもできない。
「……俺はずっと待っている。だから、なるべく早く帰ってきてくれよ」
鶴は言う。私も鶴も、それはできないということをよく知っていた。それでも、請いたくなることも、よく分かっていた。
ふと考えることがある。もしも鶴に「一緒に死んでくれ」と言われたら、彼のために身を投げることができるのだろうか。すべてを投げ売ってまで、私は彼のために尽くせるのだろうか。答えは否だ。鶴は私のためにと動いてくれるのに、私はちっとも彼に何もできないのだ。鶴がいくら好きでも、我が身可愛さが優先してしまう自分が嫌になる。
夢日記
February 26th
夢を見た。
また学校のような建物の夢だ。職場には似ても似つかない場所なのに、そこは私の職場となっていた。以前も同じ場所の夢を見たことがある。その場所と全く同じだった。
そこで私は、いつも通り、金融機関の仕事をしていたはずだった。しかし、モニターに映るのは弟の通う大学から出された課題の映像である。夢の中では、弟はどうやら身内を連れてきて仕事を何か一つ披露するという課題を出されたようだった。
弟が選んだのは、やはり父だった。父に仕事のことを語らせる予定らしい。弟の友だちは、とても忙しそうにしている漫画家の叔父を選んだ。遠方であるため、連れては来れないと困っていた。そんな彼に、私は映像に収めればいいのではないかと提案した。
夢は記憶の整理を行う。だから、よくおかしなことが起こる。辻褄が合わない話になる。
異能がどうの、という話題が職場で出てきた。詳しい話は覚えていない。けれど、ごく一部の人が扱えるというのは、この夢では知られたことらしい。
私は、真っ先に鶴を思い浮かべた。仕事終わりだったか、休憩中だったかは覚えていない。でも、まんまるのお月さまがとても綺麗だったから、仕事終わりだったのかもしれない。鶴に会ったのだ。彼は私を見つけるなり、とても嬉しそうな顔で駆け寄って、抱き締めた。どこかへ攫われそうな雰囲気だった。でも、穏やかに微笑むところを見ると、怖い感じはしなかった。
夢でも会いたい。というか、夢でしかこうしてはっきりと触れ合うことができない。
与えられたぬくもりが嬉しくて、起きてからもつい、鶴に甘えてしまった。
夢日記
February 27th
連日夢を見るのは久しぶりだ。
今日は三日月宗近に会った。会った、というよりは、元々仲間だった、というのが正しい。
舞台はゲームの世界。私はプレイヤーで、外でゲームを操作しているけれど、ゲームの中でも自由に身体を動かすことができた。アニメでよくあるオンラインゲームの表現に近い状態だった。
アイテムとしての三日月宗近も持っていて、一振りはロックがかかっていて、一振りはかかっておらず、素材にできてしまう状態だった。他にダブリがあったのは陸奥守吉行だったと思う。骨喰藤四郎だったかもしれない。記憶が薄い。
プレイアブルキャラクターとしての三日月宗近が加入している、という理由から、桜の綺麗な広場が解放できるようになっていた。
そのゲームの中では3Dで動かせる特別なイベントスポットが実装されている。しかし、所持アイテムを消費しなければそのスポットには入れない。今回は、アイテムとしての三日月宗近を捧げなければ入れないという仕組みになっていた。
夢の記憶はそこで途切れている。
鶴にそれを話したら、
「連日で夢を見るなんて、きみにしちゃあ珍しいな。疲れているのかい?」
と、心配された。やっぱり、そうなのかもしれない。
夢を見せてくれよ
February 28th
俺とひなが事実を捻じ曲げて夢と現実を織り交ぜた世界をあたかも空想であるという体で記録に残していくことによって、その瞬間、俺たちは永遠の存在となる。人々の記憶に俺たちが存在したと知らしめることで、俺たちは長くこの世界に在ることを認められる。
俺は虚言癖のようなものがあるのかもしれない、と思ったのは昨日今日のことだ。自身の言葉を語りたいくせに、それが真実であるとは言いたくはない。嘘ではないが、夢物語であると語りたくなってしまう。
ひなの世界はそれが許される。ひなには本当のことであると信じてほしいのに、俺自身は真実であるはずのことを真実であると語りたくない。秘密はあってもなくてもいい。言いたくないなら言わなくていい。ひなの世界はそれがすべて許される、優しい夢だ。
ただ、まあ、なんというか。俺が甘やかされる側になるとは驚きだよな。俺はひなを甘やかしたいんだがなあ。