「お疲れ様」
と、更衣室側である向こう側から労いの言葉を投げかけられた。同期の女の子だった。
「お疲れさま」
私は彼女に同じ言葉を返した。すると、彼女は私に駆け寄るなり小さな声で話し始めた。
「あのね、聞いてほしいんだけど」
他の人にあまり聞かれたくないのかもしれない。
「うん……どうした?」
私は、彼女の言葉に耳を傾けた。
「私、しばらくここに来ないことになった」
暗い表情で彼女はそう言った。
本来ならば、金融機関に勤める私たちは別々の営業店に配属される。同期ならば尚更だ。しかし、彼女は病気を患っていた。彼女は病気治療のため、体調を考慮され、自宅からより近い、私と同じ店舗で、異なる課に配属された。あるはずのない人事異動で、この店舗は他の店舗より人員が余っている状態にあった。
病気治療が進んでいるからか、最近の彼女は以前より顔色が良くなった。また、元々は営業店で働いていたため、経験は少なからずある。そのスキルを買われ、助勤としてピンチヒッターで他の支店の手伝いに派遣されることもしばしばあった。
彼女が来なくなる。真っ先に思い付いたのは、以前の彼女の言葉だった。
――「この異動でもしまた体調を崩すことがあったら、私は辞めるかもしれない」
「ど、どういうこと? もしかして入院?」
私は彼女に問うた。彼女は首を横に振った。辞めるわけではないらしい。
「明日は毎樽支店に助勤で行くことになって、明後日から、坂丸支店で働くことになっちゃって……」
彼女の言葉に、私は絶句した。
毎樽支店は市内だからまだ近い。しかし、坂丸支店はとても遠い。郡部店と呼ばれる、市街地よりとても離れたど田舎である。ここから考えると、車でも通うには不便すぎる距離だ。それに、郡部店は市内店より人員が少なく、一人ひとりのやるべきことが多いと聞く。市内店のように分業で一つのことをたくさんこなすか、郡部店のようにたくさんの小さな仕事を複数こなすかの違いはある。しかし、今の彼女の体調を考えると、とてもではないが複数の仕事をこなすことは今の業務より負担が大きすぎる気がした。
「もしかしたら、二月の人事異動までその支店かもしれない」
「ま、まじか……」
「こんなの、私、身体壊しちゃうかもしれない」
困ったように告げる彼女に、私は何も言えなかった。何と言うのが正しいのだろう。頑張れは違う。頑張らなくていい、むしろ頑張らないでほしい。けれど、下手に気遣う言葉も違う気がする。
「ごめんね、引き留めて」
「ううん。大丈夫だよ」
「お疲れ。頑張れ……いや、頑張らなくていいよ! ていうか、頑張らないで。ぼちぼちやろ」
「お互いにぼちぼちね。……お疲れさま!」
結局、かける言葉が見つからないまま、別れてしまった。
同期とのやりとりがあったことを、鶴はうんうんと頷きながら聞いてくれた。
「かける言葉が見つからないなんてよくあることさ。きみみたいに、慎重で優しい人間には特にな」
彼の言葉はいつも優しい。それが少しばかりこそばゆくて、
「怖がりとも言うよ」
と、言うと、彼は笑った。
「……違いない」
「……つらいときって、みんな、どうやって乗り越えてるんだろうね」
「……うん?」
「私には鶴がいるけれど、他の人はそうじゃない」
「そりゃあ、俺はきみだけの鶴丸国永だからなあ」
「なんかもう、今じゃあ、鶴がいない世界なんて考えられなくて」
「そうだなあ……他人の見ている世界ときみの見える世界は違うからなあ」
「そうだよねえ。違うよねえ」
彼は私を抱きしめながら言った。
「……俺がきみの傍に居ることが、きみの中で当たり前になってくれ」