手のひらの温度

 けたたましい音を立て、端末が朝を告げる。ひなはというと、意識は目覚めているようだが、身体を起こすには至らなかった。近頃の彼女は疲れがなかなか取れていないような様子で、土日なんかは熱を出して寝込んでいた。今週もまだ二日目だというのに、本調子でない様子だった。去年の今頃もそうだった。もしかしたら、この時期はひなが弱りやすいのかもしれない。
 しかし、起きられないとひなが困ってしまうだろう。休めない仕事があるのだと言っていた。本当なら出掛けてほしくはないが、彼女の意思を尊重したい気持ちもあった。それに、俺が引き留めたところでひなは言うことを聞いてくれない。それはよく知っていた。
「……ひな、そろそろ起きないと」
 こんなとき、いつもなら「あと五分」だとか「まだもう少し大丈夫」だとか、そういった言葉が返ってくる。いつもなら俺の方が「まだ時間はあるだろう?」と言って、ひなを布団に引き戻してしまうんだが。
 しかし、今日はなかなか返事が帰ってこない。俺が立ち上がろうとすると、ひなは俺の手を握った。行かないでと、懇願するように。
「……つらい。行きたくない」
 ひなはそう言った。俺は、行かなくていいと言いたかった。無理しないでほしい。そう伝えたかった。しかしながら、それは叶わない。ひなが望んでいないからだ。
「……ひな、」
 俺が呼ぶと、ひなは俺の手に口付けた。親に甘える小さな子どものようだった。

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