砕蜂様に、「早朝に隊首室に一人で来い。他言無用だ」と言われた時点で、なんとなく予想はしていた。
「久しいの、侑李」
「100年以上会ってませんからね。お久しぶりです、夜一様」
あの日と同じところに座った夜一様が、にっと笑った。
「元気にしておるようで安心したぞ」
「まあそれなりにってところですね。夜一様も相変わらずの瞬神っぷりなようで」
「なんじゃ、聞いておったか」
「一応全ての情報は私のところに集まるようにしているので」
「さすが侑李じゃ。ほれほれ」
軽く膝をたたいて呼んでくる昔の上司に、少しためらったけど従った。どれだけ経ってもあまりかわりのない膝枕をしてもらって、思い出すのは昨夜私を呼んだ現上司の顔だ。
「私これ砕蜂様に怒られません?」
「あやつのことを砕蜂様と呼んでおるのか!?」
きっもちわる、と思い切り顔に書いていますよ、夜一様。
「今は彼女が二番隊隊長なので」
「ほ〜ん」
自分で話題を振ったにもかかわらず一通り気持ち悪がったら興味をなくしたらしく、夜一様は興味なさそうな相槌を打ってわしゃわしゃと私の頭をなでてきた。本当に変わらないなこの人。
「おぬしも出てくると思って身構えておったんじゃが、今回の騒動には一度も表に出てこんかったの」
「まあ表立って戦うのは私の仕事じゃないので。その分情報のとりまとめとか伝達とかで旅禍への対応はしてましたよ」
というか、多分私が忙しくなるのはこれからだ。藍染の企みが表にでて、それに関する情報収集と分析をしなきゃいけないし。大霊書回廊とか四十六室地下議事堂とか禁踏区域ばかりだから隊長格に調査は手伝ってもらうとはいえ、全体の指揮は私が取ることになるだろう。
この際だから、色々と入り込めるようにしておきたいんだよなぁ。全くの禁踏区域にしちゃったから藍染が堂々と隠れ蓑にできたんだって言えば、ある程度融通はききやすくなる気はする。
そうすればきっと、
「あやつらがどうしているか知りたいか?」
脳内に浮かんだ何人かの姿を見透かしたかのように聞いてくるものだから、思わず身体が一瞬固まった。
「……夜一様の頭の回転はどうなってるんですか」
「そうやってあやつらのことを考えて策を練る侑李を見るのは二度目じゃからの」
一度目はあの夜のことだなんて、言わなくてもわかる。代わりに一度深く息を吸って呼吸を整えた。
一時の感情に任せない。大局を見極めて、最後に最善の結末を得られるように。
あの時にそう決めたはずでしょ。
「全員生きてますか?」
「あぁ」
「じゃあそれだけでいいです。詳しく知ったら探しに行きたくなっちゃうから」
「何か伝言があれば喜助を通じていれてやっても良いが」
「んん、あの日のことってどれくらい真子達に話しています?」
「おぬしが病室を抜け出していたことは、儂と喜助しか知らん」
「そうですか」
なら、真子達は私が自ら選択して尸魂界に留まったことを知らないということだ。
「伝言、特にないです」
「いいのか」
「はい。精々黙って置いて行ったって思えばいいんですよ」
そうしたらきっと、優しい彼らは帰ってきてくれるかもしれないから。……なんて思ってもないことを思い込んで、やるべきことを粛々と進める。
私には、そんなことしかできない。
多分私に真子達の話をするために時間をとってくれたのであろう夜一様には申し訳ないけれど、とチラリと元隊長の顔を盗み見ようとすればばっちりと視線が合った。
「侑李は」
「はい」
「藍染に対してどう思っておる」
「えぇ?普通に腹が立ってます。できれば自分でぶん殴ってやりたいですけど……あっ」
いきなり飛んだ話に面くらいながらも素直に答えている途中で、夜一様が何を確認したいのかを理解して思わず声がこぼれた。
なるほど、これも確認をしにきてくれたのか。
「夜一様、心配してくれてます?」
「相変わらず頭が回るのう」
「まあこれでも夜一様に見初められたもんで。……大丈夫ですよ、一人で突っ走ろうとか考えてません」
できること、できないことはこの百年あまりに何度も仕分けてきている。
実際に対面した時にちゃんと実行できるかはさておいて(全治三か月の怪我と引き換えに一発くらい殴れそうだったら殴っちゃうかも)、今のところは単独で復讐とかは考えていない。
「ていうか藍染が仕組んでいたからって、藍染ぶん殴れば真子達が元に戻るわけじゃないですし。それならもっと建設的なことしますよ」
別に、元に戻らなきゃ尸魂界に帰ってこれないわけじゃない。
けど、もしもこれから先もずっと一緒にいたいなら、土壌があるべきだ。
彼らが受け入れられるだけの、土壌が。
ひと際強く頭をなでてきたから夜一様の顔は見えないけど、なんとなく笑っているのだけはわかった。
「お主が変わらず強くて安心じゃ」
「あは、頑固なだけですよ」
たった一本の糸に縋っていないと経つこともままならないだけ。けど、夜一様が言うならきっとそれは私の強さなのだろう。
……本当に、夜一様が会いに来てくれてよかったな。
「それにしても、この体勢だとつい昔みたいに署名をいただきたくなりますね」
「おぬしの顔に書いてやろうか?」
「やだ、夜一様のお手つきみたいじゃないですか」
「実質そんなもんじゃろう」
ようやく手をどけてくれた夜一様は、やっぱり私が大好きな顔で笑っていた。