夫婦の問題です


/ これの喜雨視点



ど平日だというにも関わらず、五条家と本家に急に呼び出された時点でいつものかとは思っていた。私が16になった時点で籍を入れて、卒業後はそのまま世継ぎ作りと計画していただろうから先日籍を入れたばかりだというのは家の思うようには動いていない。勿論、それは五条悟の考えだというのは家も知っているらしいから悟さんに文句が言われることはなかった。禅院だったらこうはならなかったとは思うんだけど。手早く化粧を済ませて寝室にある桐箪笥から着物を取り出して、着付けていく。訪問着は着慣れない。本家に顔を出す度にこうして着物を身につけるのは面倒だけど流石に五条家も集まる場、文句も言えない。悟さんと合流して業務外で申し訳ないが伊地知さんに送って貰った。


「お久しぶりで御座います。」
「ええ、変わらずで何より。」

この間も会ったけどね、と心の中だけで悪態をついて深々頭を下げる。悟さんは面倒だと顔に出したまま何も言わないので実母と義母とは私が話を続けていると、悟さんが呼ばれて一度席を外す。そのタイミングを見計らってか、それともこの話の為にそうしたのかは分からないけれど私の母が口を開いた。義母は扇子で口元を隠したまま、何も言わないけれどその目は雄弁に語る。

「喜雨、世継ぎは?」
「……申し訳御座いません。」
「はあ…ただでさえ婚姻も遅れています。五条家の方にもご迷惑をお掛けしているというのに。」
「…はい。」
「そろそろ愛妾なり次の妻を見繕わなければならないわね。」
「え?」
「貴方の生殖能力に異常があるのでしょう?」

時が止まったみたいに、何も考えられない。何を言っているんだ?と思う。私達はまだ性行為すらしていないのだから、子供が出来るはずもないというのに。寧ろ今、腹に子が宿ればそれこそ生殖能力の異常だろう。

「…仰ってる意味が、分からないのですが。」
「出来損ないめ。お前のような愚鈍な娘を持った事は私の恥よ。」
「愛染さん、その程度に。」
「申し訳御座いません。不出来な娘が五条家にご迷惑を…。」
「その娘も今は五条です。まあ…世継ぎに関しては、些か時間が掛かっているようですがね。先日籍を入れたばかりですから離縁よりも愛妾を見繕う方が現実的でしょう。……嗚呼、其方には姉も居ますし、親類に未婚の娘が居ましたね。彼女は少々出産向きではありませんが…血が遠いと他所の子供だと分かりやすすぎるのでどちらかが良いでしょう。」
「…アレは天世呪縛の身、我が家の嫡子の方が良いかと。生まれた子が愛染の術式であれば当家に落として頂ければ有り難く思いますが。」
「そうですねぇ。」

目の前で繰り広げられる話が半分ほどしか拾えない。実姉はどうでも良いが、姉さん?姉さんには伊地知さんという恋人が居るのに。それに、ただでさえ妊娠出産は命掛け。それを愛した男との子でもないのに強要するなど。腿の上で拳を握り締め、唇を噛む。

「夫に、私から言いますので、この場ではどうか、」
「……お前には何度も言ってあった筈ですよ。」
「申し訳御座いません。悟様は慈悲深きお方、私の事を尊重し学生の間はと気を遣ってくださっていました。私がそんなお方に甘え切っていたのです。御役目は必ず果たしますので、どうか。」

手をつき、畳へと額を押し付ける。五条家に嫁入りした身、この行為が続けば義母は兎も角実母は形式上気にしなければならない。内心、どれだけ嘲笑っていようとも。

「頭を上げなさい。」
「…はい。」
「あと一年です。それまでに子が出来なければ、わかっていますね?」
「はい。」


言われるまま下がり、部屋で行われているであろう話には耳を貸さずそのままトイレに駆け込んだ。胃の中がぐちゃぐちゃで、さっさと全て吐き出してしまいたかった。げほ、と咳き込んで口元を濯ぐ。鏡に映った自分は酷い顔をしていて、このままじゃ悟さんに顔を見せられないなとぼんやり思う。化粧を丁寧に施し、誤魔化した。

悟さんと合流して高専へと戻る車で、悟さんは何も言わない。彼は彼で何かを言われたのかもしれない。伊地知さんがそんな私達に声を掛けてくれたけれど、さっきの話が頭を過って上手く受け答え出来なかった。

部屋に戻って窮屈な着物を脱ぎ捨て纏めた髪を解き、嘔吐した際に崩れたせいで厚くなった化粧を乱雑に落とす。非番だからと楽な服に着替えて鏡台に置かれたピンキーリングを嵌めると少しだけ落ち着いた気がする。親友たちは確か任務に出ていたっけ。いやでも、こんな話をすると困らせてしまうだろう。ただでさえあの二人は上のゴタゴタに関係がないし巻き込むわけにはいかない。兎も角、悟さんに言いに行かなければと寝室を出ると、既に着替えを済ませた悟さんはソファに腰掛けていた。合鍵は渡してあるしこうして私が知らぬ内に部屋に居るのは慣れているから今更何かを言うつもりもない。


「うん、やっぱ楽だね。」
「着物も慣れているし嫌いではないんですけどね。」
「ていうかなんで態々着替えなきゃいけないのかね、面倒くさーい。」
「由緒ある家です、正装であるべきなんですよ。」
「はー…めんどくさ。」

ソファに腰掛けたまま仰反る悟さんに歩み寄って、足元に膝をつく。隣に来ないの?と、サングラス越しの瞳が言う。悟さんは私服じゃなくて制服だったから、それを摘んで引く。

「………寝室に、行きませんか。」
「…うん?」
「……ですから、寝室へ。」
「なに、お昼寝?疲れた?」
「そうではなく、その…、えっと、先にお風呂の準備をするべきですかね。」
「誘ってんの?」
「はい。」
「わーお、大胆。」

悟さんは揶揄うみたいに笑う。私だってこんな風にするつもりじゃなかったんだけど、でもした事もないのに上手く誘える筈もない。せめて家の事は出すまいと思っていたけど、バレてそうだ。

「で?」
「世継ぎを作りましょう。」
「はああ?」
「私も成人しました。10の頃から子を作れる体にもなっていますし、これ以上待たせる理由はありません。」
「本気で言ってんの?」
「……冗談で言うとでも?」


怒ってる、凄く怒ってる。でも私だって譲れない。この人が他の人とそういうことをするのも、他の人がこの人の子を産むのも嫌だ。それに、離婚だってしたくない。言い渡された一年も、多分懐妊すれば良いだけだ。子は授かりもの、必ずしも一度で授かるわけではないのだから回数を重ねる必要もあるし…一度授かったからとはいえ産まれるとは限らないのだ。

「僕、部屋帰る。」
「待ってください。」
「待たない、今のお前は僕が何言ったって聞かないだろ。」
「ちょっと、悟さん。」
「一回頭冷やしな。」


やめて、行かないで。立ち上がった悟さんに触れようとしたけど、無下限のせいで触れられない。その瞬間、頭の中でぶちりと音がした。



それはもう、暴れました。窓ガラスが割れた時に額を切ったのと、何度も叩き付けた拳から血が出てるけどどれもこれも自爆みたいなもの。悟さんは結局一度も私に手をあげなかった。それがまた悔しくて、一級まで上がろうが特級相手じゃ何も出来ないのか。ああもう、嫌だ。当たり散らすような言葉たちも悟さんに届いているのか、いないのか。何も聞く気はないというその顔が嫌で仕方なくて、どうにでもなればいいと思った瞬間、嗅ぎ慣れた匂いに包まれてそのまま何処かへと連れ去られた。

悟さんは何も言わず、追い掛けてはくれなかった。



空護の部屋に連れて来られて駿が手当てしてくれる。心配そうな顔をした親友たちに何をどう説明すればいいかも分からないし苛立ちは収まらないし。とりあえず求められるまま、掻い摘んで説明をすると二人はぎょっとしてて、やっぱり巻き込むべきじゃなかったかなと後悔する。それでも一度零してしまえばもう止まらなくて、駿の肩を掴んだまま騒ぎ倒してしまう。ほんとごめん、あとで昼奢る。

泣き出しそうになっていたら駿が背中を撫でてくれて、そのまま空護のベッドへと放り込まれた。空護はそのまま何処かへ行ったけれど止められず、毛布に包まって目の前の体に思い切り抱き着くと駿は苦く笑った。

「落ち着いた?」
「自己嫌悪中…。」
「ボクらはさ、そういう御家問題?とかには疎いけど話だけなら聞けるし、緩衝材くらいにはなるからさ。」
「……うん。」

じわじわと滲んだ視界を瞼を閉じて塞ぎ、背を叩く手に漸く体の力が抜けた感覚。疲れのまま、ゆっくりと意識を手放した。



不意に目を覚ますと赤のマグカップを片手に私達を見ていたであろう空護と目があって、とりあえず駿の腕の中から脱出する。私が潜ってったんだけどね。癖のある髪をひと撫でし、毛布をかけ直しておく。まだ痛む頭に眉間を押していたら空護が私専用と置いてくれているマグカップを差し出してくれたのでベッドに背を預けて二人でラグの上に座ってポツポツと言葉を交わす。なにやら私が寝てる間に色々聞いてしまったようで、用意されたコーヒーを吹き出しそうになったけども。談話室で何話してくれてんだと思うけど自分も校舎の真ん中で色々叫んだ身なので何も言えない。空護にも怒られたし。


さっきは頭が回ってなくて言えなかったことを、漏らす。駿にもちゃんと話したかったけど、…でも寝たフリをしてるのを咎める気にもならないからそのまま言葉を続けた。設けられた期間のことは言わなかったけれど私が焦ってるのを見てるし多分、のんびりしてる時間がないのは分かってくれるだろう。

「言えばいいじゃん。」

うん、そう言うと思ってたけど!それが言えるんだったら校舎壊してないし、あんな喧嘩してないんだよね!…ああ、でもこれが悟さんに甘えてる証拠か。汲んでくれるだろうってどっかで思ってる証拠だ。私がこんなにも甘え切ってるから家はあんな事を言ってるというのに。また頭がぐるぐるし始めた。どんどん弱気になっていく私の頭を大きな手が乱暴に撫でる、ちょっと痛い。視界に入れた薬指にある指輪が、私には不釣り合いに思えてきた。

「ちゃんと話そうぜ?おれには家の面倒事とかわかンねェけど、五条先生と話す時に一緒に居るくらいは出来るし。」
「……今顔合わせたらまた喧嘩する自信ある。」
「五条先生は理由を聞いたら怒らねェと思うよ。」
「…だと、良いけど。」


ちゃんと話す、それが出来たら少しはこの指輪に釣り合う人間になれるだろうか。謝ってくる、とマグカップを下げてから部屋を出た。ちゃんと後で二人に謝ってお礼をしなきゃ。…あと今も巻き込まれてるであろう夏油先生にも。あれ以上余計な事を言ってないと良いんだけど…仮になんか言ってても聞いてないと良いな、うん。

談話室に居たらしいから顔を覗かせれば変わらず二人が向き合って何かを喋っている。夏油先生が席を外してくれたので、頭を下げると片手を上げてそのまま廊下を歩いて行った、二人と合流するのかなと思いつつとりあえず目の前の悟さんに向き合う。冷たい目をしているけど、此処で負けるわけにはいかない。

「さっきはすいませんでした。」
「頭冷えたの。」
「…はい。」

まだ怒ってるよなぁと思うんだけど、とりあえず隣に腰を下ろす。さっき分かった、私はこの人の隣に座るのが結構好きみたいだ。で?と促されたので、整理しきれているかは分からないけれど一つずつ言葉にしていく。

「…家に、世継ぎが産めないのなら愛妾か離婚を、と。」
「はああ?バカなの?アイツらバカだろ。」
「五条と愛染からすればその為の幼少期からの婚約であり結婚ですから。でも、…私は、悟さんが他の人と子を作るのは、嫌です。本来貴方が望むのであれば愛妾を持つなとは言えない立場ですけれど……いや、です。」
「いや、持つ気ないし。僕は喜雨を愛してるから家とか関係なく結婚してくれって言ったよね?」
「それはそうですけど、その…私は、五条家には、逆らえません。」
「はー…んっとに。……おいで、」


怒ったままなのか、眉間に皺を寄せた悟さんが大きく溜息を吐き出す。いや、怖いわ。とは思うけど、腕を引かれたからそのまま腕の中に潜り込む。駿や空護とは違う落ち着き、ちょっとドキドキする。これが恋心なのか恐怖なのか今の私にはちょっと分からないけど。耳元に唇が寄せられて、目の前の服を握り込む。

「愛してるよ。」
「わかってる、つもりです。」
「分かってないでしょ。…だからさ、子作りじゃなくて普通に、抱かせて?」
「っ、」
「どれだけ僕が喜雨を愛してるか、その体にちゃんと教えてあげる。」


じわじわと顔に熱が集まって、そんな顔を見られたくなくて大きな体に顔を埋めた。悟さんは小さく笑って、蕩けそうな声でもう一度、甘く囁く。

「愛してる、僕の喜雨。これから先家の事とかどうでも良くなるくらい、…僕なしじゃ生きて居られなくなるくらい、愛してあげる。」

少し体が離れて顎を掬われて、そうして唇が重なる。何度も角度を変えて触れ合うだけの口付けなのにそれですら、もう頭が回らない。目の前の美しい男を視界に入れたらだめだった。完全に腰が抜けた私を見て悟さんが笑って、そのまま抱き上げられる。

「お風呂入れてあげるよ。その後、ね。」
「……あの、もう、頭が回らない…、」
「だーめ。」


ちゅ、と額に唇を押し付けられて、そのまま悟さんの部屋へと連れて行かれた。その後本当に家の事とか考える余裕なんて一ミリも考えられないくらいぐっずぐずに甘やかされ、愛され、終わった頃にはもう家の事とか世継ぎの事とかどうでも良かった。これはだめだ。頻繁にして良いものじゃない。

「そういえば、女の子が感じた方が男の子が出来やすいって言うよね。」
「………それが事実なら、私はきっと男の子しか産めません…。」
「はは、当然じゃない?」


戯れみたいに何度も唇を重ねて、素肌を合わせる。悟さんは笑って、私の首筋に口付けて痕を残す。そこだと見えちゃうのにって思ったけど、見られて困るものでもない気がして咎めずにいると悟さんが私の顔を覗き込む。

「シたくなったらいつでも言ってよ。」
「それは、その…?」
「何度でもさっきみたいにシてあげる。孕むくらい奥に出してあげるよ?」
「……世継ぎ?」
「ううん、僕が喜雨を愛するだけ。」
「………ばか。」



次の日、立てなくなった私が悟さんのベッドでぐずぐずするのを宥めた後、彼はどこかへ行ってしまった。次に本家に顔を出した時にあれだけの態度をしていた義母と実母が私に怯え切って逃げていったを見て頭を抱える。何を言ったのか分からないけど、兎にも角にも、あの期限はなくなったらしい事には心の底から安堵したのだった。



タルト有馬す。