その目は甘い


コレの補足と数日後


「紗織って処女?」

三ツ谷が飲んでた茶を盛大に噴き出し、場地がご機嫌に飲んでいたラムネを落とし、マイキーがろくに噛まずにたい焼きを飲み込み、オレはオレで持っていた缶ジュースを思い切り握り潰すほどのその場に居る全員に衝撃を与えた発言だった。問いを掛けた一虎はというと興味から聞いただけのようにも見える。そして投げ掛けられた紅一点であり我がチームの相談役の紗織はというと、突然の話題に顔を真っ赤に染める…わけではなく、全力で呆れたような顔をしていた。

「彼氏も居たことないんだから当たり前でしょ。」
「え、居たことないの?」
「あのねぇ、クソガキ共がどこ行っても引っ付いてくる状況でどうやって彼氏を作れって言うの。バカ言ってないで早くソレ食べちゃいなさいよ。」

特に気にしてない、とでも言わんばかりの対応だった。確かに言われてみれば一虎と場地が引っ張って来た年上の彼女はいつも二人に振り回されたりマイキーが甘えに行ったりと忙しそうではある。自分達の知らないところで、と考えてみたが彼女は学校が終われば道場へと行くか校門で待つ一虎に引っ張られてオレらの集まりに加わるかのような生活だ。


「さっちん彼氏いないって。良かったね、ケンチン。」
「おー…。」

潜ませた声でマイキーに言われて頷く。とは言え、先程の彼女の対応から考えると自分は恋愛対象に入るのかとも思う。クソガキ共という発言が誰を指しているのか聞けなかったので、オレもそこに含まれている可能性だって大いにある。ちらりと横目に三ツ谷を見ればキョトンとした顔でこっちを見て来る。…コイツはクソガキに入ってない可能性の方が高い。制止役という観点で言えば似たような立ち位置ではあるけれど、三ツ谷はオレほど見境なしに喧嘩をふっかけないしこめかみにあるタトゥーだって見えてない。力をひけらかすというよりかは誰かを守る為に拳を振るうような男だとオレが一番知っている。深く溜息を零すと三ツ谷が苦笑混じりにオレの背を叩く。

「オレはドラケンは含まれてないと思うけどね。」
「わっかんねー。」

早乙女紗織、二個上の中三。東卍結成と同時に勝手に仲間に入れて事前に相談しなかったことを全員正座で怒られた記憶はまだ新しい。マイキーを「猫か、お前は。」と言って甘やかし、人の言うことを聞くのが嫌いな筈の場地と一虎を叱り飛ばして言うことを聞かせられる。パーのわかんねぇ!に分かりやすく噛み砕いて説明を続け、三ツ谷と一緒に作り置きの話をするような人間。最初は母親が居ればこんな感じなんだろうと思っていた。甘えることを許し、間違いがあれば叱り、理解出来ないことも根気強く付き合い、それでいて家庭的なそんな人。二つ上ってこんなにしっかりしてんのかと思うくらいに、店の自立した大人よりも余程大人に見えた。この恋心をいつ抱いたのかと言えば、正しく一虎と場地が怒られていた時だった。

「大事にしたい人を大事に出来る人間になりなさい。」

そう言い切った彼女の横顔が格好良くて、心臓を掴まれたみたいな気持ちになったのだ。なんでそんなに怒るのかなんて疑問はすぐに何処かへ行く。彼女が怒るのは、大事だと思うものをその人がぞんざいに扱ったからだ。一虎と場地はそれから彼女の言うことが自分の為なのだと気が付いて、言うことを聞くようになった。どうしたらいいか分からなくなった時に相談している姿も何度も目撃している。マイキーもそこから何かあれば紗織の所へ行き、彼女へ抱き着いて頭を撫でてくれと強請るようになった。みんな、彼女だから相談役という立場を設けて一緒に居て欲しいと願ったのだ。…でも、オレはマイキーたちみたいに純粋な気持ちだけじゃ見れなくなっている。仕方ないなと言うのに必ず手を貸してくれる彼女に頼られたいと、マイキーがするみたいにオレに甘えてほしいとそんな風に考える日が増えて来て自分の気持ちを理解せざるを得なかった。


「ドラケン、……ドラケン?おーい、…おりゃ。」
「いって!」
「考え事?」
「…ちょっとな。」
「なんかあったら言いなね。アンタすぐ一人で考え込むんだから。」

そうしてさっき叩いたオレの背中を撫でて笑ってくれるこの顔を独り占めするにはどうしたらいいのかなんて、聞けるはずもないのに。

「紗織は彼氏欲しいの?」
「思ったよりくだらないことを…。そうねぇ…アンタたちの世話焼くので忙しいからそういうのはあんま考えてないかな。それに…、」
「それに?」
「彼氏なんて居たら、アンタらと一緒に居られないからね。」

まるで愛しいものを見るみたいに優しい顔で笑うから、それ以上なんにも言えなくなってしまった。オレらと居るのが一番楽しいって、そう思ってくれているんだろうか。だとしたら、オレらの中でも一緒に居て一番楽しいと思ってくれんのかな。そんなことを考えてたら彼女が急にオレの目を見上げてくるから心臓が跳ねる、顔に出てないといい。

「ジュース買って来る。」
「着いてく?」
「ううん、三ツ谷に頼む。ドラケン連れてったらマイキーに怒られちゃうからね。」
「…そ。」

彼女が選ぶなら、きっと三ツ谷なんだろう。ちくりと痛んだ胸を誤魔化すようにマイキーの元へと足を進めた。



「なんてこともあったな。」
「マジで結構前から私のこと好きじゃん。」
「嘘つく必要ねぇだろ。」
「それもそうか。」

武蔵寺の日陰に入って、二人で並んでジュースを飲む。相変わらず騒いでる二人を三ツ谷が溜息混じりに止めて、寝てるパーの腹で寝るマイキー。数日前に漸く付き合えた彼女は宣言通りいつも通り接して来るから夢じゃねぇかと思うのに偶にこうして近寄って来ては皆に見てないような位置で手を繋いでくるからタチが悪い。

「あの時のクソガキにオレって入ってた?」
「え?入ってないけど?」
「三ツ谷は?」
「入ってない…ていうか、あれ圭介と一虎のことだし。」
「……当時のオレ、悩み損じゃねぇか。」
「んー…説明が難しいんだけどさぁ。一虎とマイキーは多分私に母親を求めてんだと思ってて…圭介は姉とかかな。とりあえず、無条件に甘えていい人を私に求めてたと思う。」
「…そうだな。」
「三ツ谷も姉とかかなー、でも多分甘えたいじゃなくて頼れる人が欲しかったんだと思う。パーは理解出来ないことを理解してくれる人辺りかな。」

当たらずとも遠からずだろう。少なくとも、紗織のことをそういう目で見ていたのはオレだけだった。じゃあオレは、何を求めているように見えたのだろうか。そう思って聞いてみたら紗織は目を瞬かせた後、視線を騒ぐ三人からオレへと向ける。長い睫毛に縁取られた緑色がキラキラと輝く。

「ドラケンはねー、わかんなかった。」
「…わかんねぇ、とは。」
「目を見ても態度を見ても分からなかったのよ。」
「アー…教えてやろうか?」
「うん、教えて。」

体を屈めて耳元に口を寄せるとなんの抵抗も恥じらいもなく耳を傾けてくる。警戒心とかねぇのかよ、彼氏だからこそ下心しかねぇぞ。付き合う前にキスしたの忘れてんのか、なんて自分でやっておいて思うのだからオレも大概面倒だ。

「甘えて、頼って欲しかった。」

耳元にそう囁くと紗織の肩が跳ねて溢れそうな程に目を見開いてオレを見る。それがなんだか無性に嬉しくて陰で繋いだ手を一度解いて指を絡めて繋ぎ直す。じわりと染まった頬に気付かないフリをして答え合わせの感想を問うてみる。

「……そりゃ気が付かないわけだわ。」
「そんだけ?」
「割と恥ずかしい。…でも私、結構甘えてたと思うけどなぁ。」
「は?甘えてたの三ツ谷にだろ。」
「まー、三ツ谷は根っからのお兄ちゃんで甘やかしのプロだから無意識に甘えてた分はあるかもしんないけど、一番甘えてたのも頼ってたのもドラケンだよ。」

耳貸して、と言われたので今度はオレが耳を差し出せば紗織が少しだけ背伸びをしてオレの耳に唇を寄せる。

「だって、ドラケンには甘えたくて甘えてたもん。」

ぽん、と落とされた爆弾。今度はオレが赤くなる番だった。顔を覆い隠すと紗織がくすくす笑って思い返してごらん、なんて言う。必死に記憶を手繰り寄せてみれば、確かに寒くないなら上着を貸して欲しいとか、他のヤツらには与えるばかりの彼女がオレには美味しそうだから一口頂戴と強請って来たこともあった。ドラケンが一番安全運転じゃんと言い切ってバイクの後ろに乗ることも多かったし、眠いけど他のヤツだと絶対寝させてくれないし高さが丁度良いから肩貸してとも言われたことがある。他の人間に言ってることを見たことがなく、それらしい理由も提示した上でのあからさま過ぎない…それでも確かに甘えられていたらしい。

「分かりにくいだろ、流石に。」
「分かりにくくしてたの、他に好きな子がいると思ってたんだから当たり前でしょ。」
「盛大に勘違いしやがって…。」
「それ、私が選ぶなら三ツ谷だって思ってたドラケンが言うの?」
「なんで知ってんだよ!?」
「だっていつも何かあればすぐ三ツ谷の名前出すじゃない。まあ、確信はなかったし半分くらいはカマかけただけなんだけど。」


失敗したとさっきとは別の意味で頭を抱えるオレの肩に寄り掛かる紗織は上機嫌に最近流行りの歌を口遊む。弾き語りの練習の為にも最近はその曲ばかりを聴いていて頭から離れないのだろう。ちらりと辺りを見回して、誰もが見てない事を確認してから掠める程度にそっと唇を重ねた。紗織は驚いた顔をした直後、パッと繋いだ手を離して立ち上がる。

「スケベ。」

べ、と舌を出してまだ薄く桃色に頬を染めたままパタパタと小走りで去っていく彼女の後ろ姿がどうにも可愛くて困る。ニヤつく口元を缶ジュースで隠して一気に飲み干し、小さな背中を追った。


人気のない、木々に囲まれた場所に彼女は居た。声を掛けたら手招きされて促されるままに近寄ればあっという間に手首を取られて引っ張り倒される。不思議と痛みはなかったが理解しきれなくて困惑するオレの体に跨り上から唇が重なるから本気で理解出来ずに居るオレを放置して何度も紗織の柔い唇が何度も触れるばかり。舌先を捻じ込みたい衝動に駆られるも何とか堪えていれば鼻先が触れる距離で視線が絡む。

「は…っ、」
「急にどうした、んだよ。」
「なんとなく?」

なにをどうしたら自分より30cm近くデカくて20kg以上重い人間を片手間かのように押し倒せるのかとか、そんなことは今更思いやしないが。キスされたのだって、オレ自身許可も取らずに襲った経験があるから咎めることも出来ない。紗織は本当になんとなくしただけだったのかそのまま立ち上がって軽い謝罪を口にしながら手を差し伸べてくる。二回り程小さな手に触れればまたあっさりと起き上がる手助けをされてなんだか悔しいとまで思い始めてきた。体幹は勿論のこと体の使い方や力の流し方を熟知しているだけだと言われても男としてなんとも言えない気分だ。


「今日何時くらいに解散だろ。」
「さぁ、いつも通りアイツら次第じゃねぇの。」
「だよねぇ。」

オレたちは基本的に自由人たちの気分に乗っかるから今日もそうだろうと返せば紗織が小さく唸って、そのままぽすんと柔らかい体が胸に飛び込んでくる。なにかと問う前に紗織がオレに抱き着いたまま顔を上げて見上げてくるから言葉に詰まった。

「……二人きりになりたいね?」
「オマエなぁ…!」
「ふふ、折角一人暮らしだけどマイキーを放っておくと拗ねるしなぁ。」
「クッソ…!」

煽るだけ煽ってそのまま離れようとする体を腕の中に閉じ込めて上を向かせやや乱暴に口付けると紗織の腕が微かに跳ねて、カーディガンを掴む。柔く下唇を食んだり啄む程度には手を出したが舌を突っ込むまではしないように気合いで堪える。唇が離れると同時に紗織が熱っぽい吐息を零すからまた噛み付きそうになるのを理性を総動員して抑え込んだ。

遠くからオレたちを呼ぶ声が聞こえて、仕方なしにそのまま離れると紗織がオレの手を取ってから「今行く」と声を張ればオレらを呼ぶ声は止まった。

「行こっか。」
「おう。」

暫くの議題は二人きりの時間の確保についてだな、なんて思いながら引かれるままに足を進めれば合流直前に手を解かれる。駆け寄って来た一虎と場地に奪われていった彼女の背中を眺めてから自分も昼寝から覚めたマイキーと疲れ切った三ツ谷とまだ寝てるパーの元へと向かう。

「紗織ー!コレ一緒に食おうぜ!」
「絶対これ紗織好きだから!」
「わかったわかった、食べるから座れ……は!?あんたらこんな寒いのにアイス食うの!?」


「さっちん取られたケンチンじゃん。」
「うるせぇ。」
「あの二人纏めるのはもう紗織の十八番だな。」
「あそこから回収したらその後がめんどくせぇしな。」

離れた場所でぎゃあぎゃあ騒ぐ二人に挟まれながらアイスを食わされている自分の彼女を見る。食べ物は与えられるばかりだった二人だが最近は場地と一虎が自分が美味いと思った物を紗織に食わせるのにハマっているらしく、よく見る絵面になって来た。冷え性の彼女が寒い中、口にアイスを突っ込まれてやや不憫ではあるが。後でホットココアでも与えるか、なんて思ってたらマイキーがニヤつきながらオレの腹を肘で突く。

「ケンチン、顔やべー。」
「あ?」
「いや、まあ…多分オレらに見せる顔じゃないよ。」
「どんな顔だよ。」
「さっちんすきすきーって顔!」
「してねぇ!」
「してましたー!三ツ谷も見てたし!」
「残念だけどそんな顔してたよ、ドラケン。」


してねぇ、ともう一度言い切るが自信はないから紗織から目線を外した。付き合いの長いコイツらが言うんだから多分、緩んだ顔してたのは間違いねぇし。それでもやっぱり聞こえてくる彼女の悲鳴じみたSOSに反応してしまうのだから笑えない。

「こんな寒ぃ中アイス食わされてるさっちんかわいそー。」
「冷え性だしなぁ。」
「クッソ…!」


結局彼女の元へと駆け寄り着ていた上着を掛けてやれば場地と一虎にまで冷やかされる羽目になったけれど、オレのカーディガンに包まれている紗織を見たらもう全部どうでも良くなる。

「ヨメ大事にして何が悪ぃんだよ!」

なんて、間抜けなオレの声が響いた。



タルト有馬す。