拝啓、平和な国にいる父さん母さんへ。
好きな人が、出来ました。

背の高い人です、陽に当たる金髪の美しい人です。
とても強い、男の人です。

この手紙が、二人に届く事はないけれど、
何時か、もし二人に紹介できる日が来たら…
なんて、柄にもなく私が思ってしまう人を、
好きになりました。

けど、その人は。
私の今いる会社のライバル会社の幹部の人です。
多分、気づいてももらえないだろうし、受け入れてもらえないと思います。
母さんと、父さんはどうやって出会い、
恋人になって結婚したのかって聞いておけばよかったって今更になって少しだけ後悔してます。
もし、私に覚悟ができたら二人に会いに一度日本に帰ります、それまでどうかお元気でいてください。
親不孝な娘より


送る予定もない手紙の結びの言葉を書き終えた丁度その時ノックの音が私の部屋に響く。

「誰?」
「……さつき、時間。」

ガチャリとドアが開いて顔を覗かせたのは相棒とも言えるエドアルドで、丁度午前11時を指し示す時計を確認して一つ頷く。

今日はチェーロステッラートファミリーとの会合でボスの護衛として守護者の半数が出向くということに決まっていた。

「うん、今行く」

グシャリとさっきまで書き綴っていた手紙を握りつぶしゴミ箱に放り入れてエドアルドの後ろを続いて部屋を出る。

会合場所に着くまで30分、今日はあの浮き雲は来るのだろうか…


ーーーーーーーー


会合場所到着し、ホテルの一室に案内される。
案内人はホテルの従業員の一人で全く私達がどんな人間かは知らない弱いこの国の住人…
いや、私達がどんな人間かは察してるのかもしれない。
けれど、なす術もなくただ仕事をこなす事しか出来ない弱い男なのは変わらないか。


「やぁ、いらっしゃい」

部屋に入り一番最初に聞こえる男の声は相手ファミリーの頂点に君臨する優男。

「あら、待たせちゃったかしら?」
「そんな事はないよ、君達に会うのが楽しみで
僕が屋敷を出るのが早すぎただけだから気にしないで」
「そう?。ありがとう。」

そう答えるのは私のファミリーを統べる美女。
そんな小説よりも奇妙な私の日常。

席につくボスを見届けてそっと後ろに控える、たまたま立った位置が相手の守護者の属性と対になるように立ってしまったようで相手の浮き雲と目が会う。

言葉もなくニコリと笑む浮き雲に瞬きを一つ返し目をそらす。
数十秒経った後にちらりと見るともう視線はこちらに向いておらず自分のボスの背を見つめていた。
その事に少し落胆し、私もボスの背を見つめる。

やっぱり、私は自覚したから可笑しくなった。
こんな事、考えるような人間じゃなかったのに。

20分ほどボス達は当たり障りのない話をした後、二人きりで話があるからと守護者全員が別室に移動する事になった。

一番最初の一つのテーブルに向かい合うように置かれた二つのソファ以外は何もない部屋とは違い二つのテーブルとそのテーブルの周りに囲むようにソファの置かれた部屋で、それぞれのファミリーがテーブルを囲み座り各々が自由に過ごしている。

違うファミリーだからと線引きをせずにいるジェスタは向こうの雷と話をしているし、アンナは向こうの嵐とクスクス笑っている。

浮き雲は自分の太陽と何かを話していた、それが少し癪に触り、スーツのジャケットに隠されたショルダーホルスターに収められた自分の獲物を確認し、歩き出す。
向かう先は向こうの浮き雲。


「ねぇ、どうせ貴方達の事なんだからもう一部屋くらい取ってるんでしょ?殺ろうよ」
「えぇ…」

私の言葉に苦笑する男の笑みを見て胸に苦いものが過ぎる。

「貴方が殺らないってなら別に良いよ、その人に相手してもらうから」
「私か?構わないぞ!」

そう言って顎で向こうの晴を指すと仕方無さそうに立ち上がる。

「もう…ポラリスが戦ったら部屋が無事に済まないからダメだよ…」
「む!私だってちゃんと状況はわかるぞ!」
「すぐ熱くなって周り見えなくなっちゃうでしょ、ポラリスは」
「そんな事はないぞ!!!」
「はいはい、すぐ“抗ってやるぞー!”って全力で暴れちゃうんだからダーメ」

そう言って獲物を腰に差して私に目配せをして部屋を出て迷いなく廊下を歩いていく。
ほら、準備してるくせしてそんな気もありませんって澄ました顔をする。


用意されていた部屋は部屋と呼ぶには相応しくなかった、地下駐車場の一番下を貸し切ったようで、私達の炎なら余程のことが無ければボロボロになりようのない場所だった。

ここを選んだのはあのヘラヘラと笑って心の読みにくい大空の男じゃないだろう。
きっと遮蔽物のほぼない広く、頑丈さのある場所を選んだのは温厚そうな顔をして命のやり取りを楽しむ戦闘狂の気がある目の前に立つ男。

「この場所を選んだのは貴方でしょ?殺り合う気なんてありませんなんて顔をしていた癖に期待してたの?」

スーツのジャケットを脱ぎ捨てショルダーホルダーからナイフを抜き構える。

「そんな事はないよ、使われないならそれで良かったんだ。けどあの部屋で戦うってなったら困った事になるから…保険だよ」

“結局使う事になっちゃったけどね”なんて言いながら腰を落とし居合の構えをする男を見てニィ、と口角が上がる。

「…なんでも良いや、貴方を殺せれば」

そう言い終わるが早いか走り出す。
わざと歩幅を一定に保たず走るのはどれくらいの時間で相手を切り結ぶ事になるのかを読ませにくくする為。

上段から首を狙い振るうナイフを刀の峰で受けられる、その衝撃を生かしてそのまま後ろに飛び距離を取る。

音もなく振るわれる刃を高い金属同士のぶつかる音をさせながら往なし隙を見つけてはナイフを振るう。

激しく動く体に比例して上がる心拍数とは裏腹にどんどん研ぎ澄まされる聴覚と思考。
さっきまで聞こえていた金属音は遠くなり、聞こえるのは相手の呼気と相手の獲物に斬られる風の音だけ。

良い、快い、好い。
この命同士をぶつけ合い削り合う状況。どんどん体に回る酸素が薄くなり重くなる体に比例していく一瞬でも切る札を間違えたらすぐに散る命の軽さ。
この両腕に、回り続ける思考に降りかかるリスクに。
避けきれず体を掠める刃に裂かれた肌の痛みに笑みが深まる。

相手の頬を切り裂いた私の獲物、頬を伝う血をペロリと舐める男の目に浮かぶ私の命を獲らんとする欲の色。

ハッ、ハッ、と上がっていく呼吸にどうしようもない色を感じる。


「酷い顔してるよ貴方、そんな顔をして人を抱くの?」

「まさか、そんな訳ないでしょ」

刃と共に交わされる私の口から出たと思えないほどに下品な軽口。
否定する言葉に膨らむ小さな期待、絶対に口から出ない、出せない言葉。

[それは私だから?]

そんな思考を相手に向けて振り抜くナイフで切り裂く。
上段から振るわれる刀を弾き腹に蹴りを入れる、その足を掴まれバランスを崩す前にグリップで殴りバックステップで距離を取る。

避けきれず切られた数束の前髪がハラリと視界に散るのが見えた。

「あっ…」

前髪が切られた事によって拓けた視界に入ってくる男の唖然とした声と顔に此方が驚く。

すぐに私の驚きは冷め、相手の冷めない驚愕に隙が見え距離を詰め足を払いそのまま胸ぐらを掴み押し倒しマウントを取り喉にナイフを突きつける。
押し倒した際の衝撃で相手の驚愕は冷めたようだがナイフを突き刺さんばかりに突き付けているのに抵抗する様子はなく今日の殺し合いは終わりかと残念に思う。

押し倒され私に乗られたままの男はそのまま口を開くが何も言わずに口を閉じる。
見慣れない男の行動に疑問を抱く。


「何?」
「ごめん…」
「何が?」

再び開かれる口から溢れる謝罪に問い返す。
そうすると気まずそうにもう一度謝られ理解ができず眉を寄せる。


「最後の最後で手を抜いた事?」
「違うよ…いや、それもごめん…?」
「意味が分からない」

気分が削がれ突き付けていたナイフをホルスターに納め男の上から退く。
身を起こした男に手を貸さず背を向け放り捨てられたジャケットを拾ってついた埃を払いそのまま羽織る。

「髪が…切れちゃったから、そのつもりは無かったんだけど」

前髪の数束を切った事を気にしていたらしい、あれだけ命を獲りに来てた癖に髪の数束を獲ったくらいで謝るなんて訳がわからない。

「それ、私が避けきれなかっただけでしょ。それを謝るなら“私が避けられると思っていたけれど思ったより弱かったから手加減間違えちゃった、ごめんね次はもっと手加減するね”って言ってるようなものだけど」

随分私を馬鹿にするね?と睨むと慌ててそうじゃないよ!とまた謝られる。
この人はもう少し自分勝手に生きて良いんじゃないの?変な人。

「そうとも何?髪を切ったくらいでそんな謝るなら私は“貴方の顔を傷付けたから私が責任を取るわ”とでも言えば良い?」
「そうじゃなくて…」

私の言う言葉に額に手を当て困ったように否定する浮き雲にまた口を開く

「じゃあ何、そんなに髪を切った事が気になるなら私は貴方と殺り合うたびに坊主にでもすれば良いの?」
「何でそうなるの!?」

「そうしたら貴方は私の髪を切ってしまったなんてつまらない事で止まらないでしょ?」

つい、拗ねたような声が出た。
貴方は仕方なく私と殺り合っているんだろうけれど、私がどれだけ楽しんでいるか、望んでいるか知らないんだ。
独りよがりにしかならない虚しさが胸を占める。

「女の子なんだから…」
「やめて、そういう女の子なんだからとか日本人とかだからとか大きなくくりで決めないで」

硬い声が出た、私らしくない。
自由気儘な浮き雲だとボスに認められた私が地に落ちていく感覚にゾッと背に冷たい物が伝った。

「それじゃあ髪を切られて肌を切りつけられてお嫁になんてもういけないから責任を取ってとでも私が言ったら貴方は責任を取れるの?」

「そういう事を言ってるんじゃないよ、それにそんな事気軽に言っちゃダメだよ」

気軽に言ったんじゃない、そう言ったらこの人はどんな反応をするのだろうか。
凍りつくのか、それとも冗談は良くないと困ったように笑うのか、それとも…
天啓のようにある考えが浮かぶ、私が私である為に必要な事が

「貴方が好きだから責任を取ってもらいたくて殺り合ってもらってたんだよ」

ニィ…と私の友人の嵐の女曰く凶悪すぎる笑みを浮かべ言い切ると浮き雲の男は少しだけ顔を顰め、顔を私から逸らす。
それでいい。

「そういう事、言うもんじゃないよ。気の迷いだ、君が好きなのは僕だからじゃなくて、僕が強い男だからでしょ」

少しだけ強くなる語彙にふっ…と私の顔にさっきと違う笑みが浮かぶ。
男の言葉に返事をせずに背を向けて守護者の待つ部屋に向かい歩き出す。
誰も此方に来ないって事はまだボス達の話し合いは終わっていないんだろう。

「ちょっと…」

後ろから聞こえる声に足を止め振り返りいつも通りの顔を浮かべ口を開く。

「冗談だよ。私に恋人は要らない、普通の人が望むような人生私は要らないからね。私が欲しいのは私を殺せる強い敵とそれを殺せる機会だけだよ」

言い終わってまた歩き出す、一つだけ頬を伝う濡れた感覚が気持ち悪く手の甲で拭う。
それだけで何時もの私に戻れた感覚がして落ち着いた。

目に見える癖に手を伸ばしても届かず触れる事のできない掴めない高い所を自由に飛ぶ浮雲、それでいい。
そっとボスに貰った守護者の証に触れる、乱れていた心が嘘のように落ち着いた。
私は私、自由気儘な戦狂いの女。今までもこれからもそれでいい。

取り残してきた男の口からポツリと落とされた言葉は、私の耳に届かずそのまま宙に消えた。


僕だって…



たると


続いた