これの続き


気の迷いだ、君が好きなのは僕だからじゃなくて、僕が強い男だからでしょ。確かにそう言ったのは僕自身。だからこんな感情は間違っている。そんなことは重々承知だが、一つだけ言わせてほしい。僕だって、


遡ること三時間前。会合場所の地下で相手のファミリーの浮雲の少女と楽しい時間を過ごした。それ自体はとても有意義な時間で、彼女と刃を合わせるのは僕としても非常に楽しみなことの一つだ。命のやり取り、油断の隙を与えない戦闘は元から好きだったし、少女は同じように楽しんでいると勝手に思っているのでお互いの息抜きのような、そんな時間だと思っていた。顔を付き合わせる度にやろう、と寄ってくるのは可愛いと思うし、感覚で言えば人馴れしていない野良猫が擦り寄ってくるみたいな感じ。幼馴染であるポラリスからも会合の話が出る度にやったな!と声を掛けられてしまうくらいに僕は少女とやり合うのが好きだった。

が、一つ問題がある。年齢差は気にするほどでもないから良い。こんな世界だ。五つ下なんて大した問題ではない。敵対ファミリーでもないのでこれも一旦おいておく。問題となるのは…少女だった。強さを求める少女が僕に向けている好意に実は僕は気が付いている。けれど、あくまで彼女が興味を持ったのは「強い男」だからだ。これは自惚れでもなんでもない、事実。うちのファミリーに戦えない人はいない…寧ろ攻撃特化と言っても過言ではない。その中でも鉄砲玉部隊なんて呼ばれる僕に少女の気が向くのは当然と言えば当然だった。レイテッドさんも確かに強い、僕にはない強さはあるが少女はあくまで肉弾戦を求めている気がするので彼に興味は向かなかったのだろう。ある意味消去法とも言える。それに属性も一緒だから何かと関わる機会は多い。会合の時に正面になる事も多いしね。


そんなわけで、僕は少女に淡い気持ちを抱かれているわけなのだが…それは本当に恋心なのだろうか?強いイコール好きではないとは思う…訂正、思いたいが、その可能性も捨てきれはしない。その証拠に僕の一瞬の動揺に少女の気力は削がれてしまった。力では敵わない浮雲、そんな僕だから少女は胸をときめかせているだけではないのだろうか。きちんと恋心だと自覚してる側からすればそれは酷く小悪魔のようにすら思えた。本当に、厄介だよ。


「…浮かない顔してる。」
「アオイちゃん…。」

どうしたの?なんて彼女は聞かない。話したくない事は話さないでいい、という考えなんだろう。何と言って良いものかと悩んでいるとふと彼女の目元が気になった。右目はいつも通り眼帯で隠されているものの左目が赤く、腫れているような気がしたからだ。不思議に思って見ていると視線に気が付いたのか彼女はああ、と一言漏らす。

「ちょっと泣いただけ。問題は解決したから気にしないでいいよ。」
「…………ジュゼッペさんか。」
「煩いよ。」

彼女は先日、少女の所属するファミリーの右腕の男とめでたく交際をスタートさせていた筈だ。僕が少女の事を好きだと思っても問題としていないのはこの二人の事例があるからなんだけど。というか泣かされたって…酷いことをされたのだろうか。僕の視線が鬱陶しかったのか彼女は小さく舌打ちする。女の子なんだから…とは口に出来ないけれど。後が怖いから。

「……別に、セックスしたら涙は出るでしょ。」
「っ!」
「それで?何悩んでんの。」

あ、疑問形じゃなくなった。でもこれは彼女なりの優しさだ。自分も話したんだから言え、って顔で僕が話しやすいようにしてくれている。こうやって気を回せるからこそこの年齢で右腕の位置を務めることが出来るのだろう。凄いなあ、なんて自分に出来ないから素直に感心してしまう。そして同時に、あの少女は不得意そうだ、なんて考えてしまうのだ。なんか、日に日に少女が頭を占める割合が増えてしまって困る。

「……僕の事を好きだと思ってくれてる子がいるんだけどね?」
「さつきの話?」
「…………はい。」

なんでバレたのかな…。本当に鋭い子だ。

「自分がそうだから見てて解るだけ。案外、好きな男を見てる女って分かりやすいよ。………あいつに教わっただけだけど。」
「不満そうだね…。」
「まあね。それで、どうしたいの?」

どうしたいか、とは案外切り込んだ質問だ。本音を言ってしまえば恋人になりたいとは思っている。だが少女は勘違いをしているのだ。僕の想い人はポラリスである、と。確かにポラリスは世界一大切な女の子。でもそれは色恋の感情ではなく、妹として大切で守りたいというだけである。少女に向ける感情とは大きく違う。何故ならポラリスは背を預け、僕に守られる事を許容してくれるが少女は烈火の如く怒り狂うだろう。守られる程弱くない、と。それがまた僕が一つ悩む原因なのである。

「勿論恋人って関係になれるならそれに越した事はないよ。でも例えば、例えばね?僕が彼女を好きだって言って信用してくれると思う?」
「まあ、無理だね。」
「でしょ?」

アオイちゃんはある意味少女と同じ立場だ。同盟ファミリーの一人、好きだなんて伝えたところで自分の所属するファミリーの為のハニートラップだと思う事だろう。そりゃそうだ。アオイちゃんも少女も自分が誰かに純粋な好意を寄せられるとは思わないだろう。それはこの世界に居れば当たり前のように染み付く思考回路だ。刷り込まれたと言っても過言ではない。だからこそ、僕から言うのは…悩ましい。

「でも伝えなくちゃ本気な事が伝わるわけない。」
「え?」
「上部だけの言葉なら幾らでも言えるし、感じ方は人それぞれだからコウがいくら本気だって言ったってさつきが信用する保証なんてどこにもないよ。でもさ、伝えなくちゃ伝わるわけないんだよ、本気だって事。」

アオイちゃんの顔はどこか懐かしそうな、愛しい彼を思い浮かべているような、そんな表情だった。有り体に言えば色っぽい、オンナの顔と言ってもいい。きっと彼女も色々考えたに違いない。彼は右腕で、彼女もまた右腕だ。均衡を崩すまいと気持ちに蓋をして見ないフリをしてきたんだろう。それでも、今は二人は恋人同士になっている。きっと幸せなんだろう。…羨ましいと素直に思う。でも間違ってる。だって、僕は少女に何も伝えていないのだから。思い立ったら即行動、これは鉄則。相棒を手に取って車のキーを引っ掴むとアオイちゃんは笑った。

「連絡しておいてあげる。さっきの会合場所って。」
「ありがとう!…あ、アオイちゃん。首元、見えてるよ?」
「隠れなかったのよ。見たけりゃ見ろ。」


こういう男前なところはうっかり惚れそうになってしまう。彼のあからさまな所有印を彼女は隠さない。彼との関係を隠す必要はない、と言いたいのかもしれない。なら、僕だって負けていられない。だって僕も、この気持ちを隠す必要は無いんだから。談話室に背を向けて走り出す。たった一人の少女の為に。




「…なに?またやるの?」
「開口一番がそれ?」

地下駐車場の最下層、少女は来てくれた。こんな埃っぽいところで話すのはどうかとも思うけどバーとか、そういう場所に呼び出した所で来てくれる気がしなかったので妥協案である。せめてホテルの一室取れば良かったなんて後悔も少ししてるけど。やる気満々ですと顔に書いてある少女の前髪はやっぱり短くなっていて罪悪感もあるけどそれを口にするとまた怒りそうだし、気分を損ねて話が出来なくなるのは避けたい。

「……今日は話したい事があってさ。」
「なんで。」
「話の後なら幾らでも付き合ってあげるから。」

その為の相棒である。願わくば相棒の出番は来ないでほしいけれどこの少女相手にそれは厳しそうなので大人しく腰に構えたままにしておく。少女は話自体には興味はなさそうだがその後の方は楽しみにしてくれているようで大人しく獲物から手を離してくれた。良かった、同時進行とかは流石に嫌だしね。


「…さっき、此処で僕が話した事覚えてる?」
「どれ?」
「気の迷いだ。君が好きなのは僕だからじゃなくて、」
「………貴方が強いから。」

うん、覚えていてくれたみたいで良かった。あまり表情に出ない子だと思っていたけど、実はそうではないみたいだ。傷付けちゃったかな、ごめんね。でもここで終わりじゃないから最後まで聞いてね。

「……僕はさ、君が…、」
「待って、何の話?さっき冗談だって言った。」
「話聞いてよ…。そんなに続きが聞きたくない?」

ぴくん、と僅かに少女の肩が跳ねた。図星かな?沈黙は肯定だと受け取っちゃうけど良いよね。だって君は僕が幼馴染を好きだと思っているし、君は君の気持ちを恋心だって思ってるんだもんね。

「………続けて。」
「ありがとう。僕はね、君が好きだよ。」
「は?」

「君が強いからじゃない。だから君を守りたいとも思ってない。…向けてるのは肉欲だ。」

ひとつ、足を進めると少女は後退る。けど歩幅は僕の方が大きいし数メートル先の壁まで追い詰めるのにそんなに時間は掛らない。少女の逃げ場を奪うように壁に背を付けさせて膝を少女の足の間に捻じ込み片腕を彼女の顔の傍に置いた。30センチ弱の身長差では随分と見下ろす形になってしまったけれどそこは許して欲しい。

「……わかる?僕は君を抱きたいんだよ。」
「っ、そんなの、」
「困るって?なら呼ばれたからって軽々と出て来ちゃダメだよ。いくら君が強くたって僕は男で、君より強いんだから。」


キッと下から睨み上げる。遠回しに弱いと言われた事に腹を立てたのだろう。でもそうじゃないか。君、一度だって僕に力で勝てた事はない。前回の様な事はそう何度もある事ではないし今の状況から逃げ出す事はほぼ不可能だろう。ひたり、と手で服越しに少女の体に触れる。驚いたのか一瞬硬直した体を見逃してあげられるほど僕は優しくないんだ、ごめんね?あんまり思ってない謝罪を頭の中だけでしながら素早くジャケットの中に手を差し入れて少女の獲物を抜き取り背後に投げるとキン、と高い金属音がしてそこで少女は意識を取り戻したようだった。

「なんの、つもり。」
「……やろうと思えば僕は君を押さえつけて無理矢理犯すことが出来るって証明かな?」
「趣味悪い。」
「何とでも。どうせ君は僕に振り向かないんだから一回くらい良いよね?」

そのままシャツの胸元のボタンを外すと少女は唇を噛みしめる。諦めるなんてこの子らしくない。…勿論僕はこれ以上少女に触れるつもりはない。肉欲を含んだ好意というのはこういうものだ、と伝わればいい。だから勘違いしてはいけないよ。君の好意は決して僕という個体に向ける愛情ではない。


「………好きにして、いい。」
「へっ!?」
「っ、だから!好きにしていい!」
「え、君意味分かってる!?」
「子供じゃない、分かってる。」

なんという予想外の展開だろうか。僕の予想だと暴れるもしくは泣くだったんだけど…何故受け入れてしまうのか。ちょっと心配になってきた。

「……あのね、」
「私だって、貴方のことが好きだ。だから、本望。」
「好きって言うけど君が好きなのは僕の強さでしょう?僕が戦えない体になったとして君はそれでも僕の隣に居るって?」
「………きっかけは、確かにそうだけど、今は違う。」

下から見上げる視線。それはさっきみたいに睨むっていうのじゃなくて、どっちかというと上目遣いってやつだ。というか待って、どういう事。君本当に僕が好きだったの?

「確かに戦ってる最中が、一番好き。ふとした時に目が合うと逸らしたくなる…貴方に気持ちが筒抜けになりそうで、嫌だった。でも、知って欲しいとも思った。戦ってる間の生き生きとしてるのも、少し気が抜けたみたいな笑顔も、幼馴染、の…お世話してるお兄ちゃんみたいな顔も、好きだ。」
「………そう、なの?」
「…悪い?」

悪くはない。全くもって悪くはないのだけれどちょっとびっくりした。憧れの類を勘違いしている物だと思っていたがそうではなかった、らしい。

「こんなの、私らしくない。」
「………そうだね、君らしくはないや。」

至近距離まで詰めた体を離すと不安げに目が揺れる。それすらも愛おしくなってその小さな体を引き寄せて思い切り抱き締めた。すっぽりと覆う事の出来る体は細くて、少し骨張ってる。小さな体で、あまり上手く回らない口で精一杯の表現をしてくれたのだと思うと堪らない気持ちになっちゃうよ。

「でも、そんな君も好きだよ。」
「………悪趣味。」
「何とでも。好きな子の事は何でも知りたいんだよ、僕。それで、好きな子の事はなんでも可愛く見えるんだ。」


ごめんね、狡い大人で。少女の表情は見えないけれど髪の毛から覗く頸が真っ赤に染まっている。可愛いな、初なんだね。これから先は時間をかけなくちゃいけない。

「好きだよ、さつき。」
「………私も、すきだ。」



暫くして、約束だしやる?と聞いたけど今は胸が一杯で満たされてるからいい、と言われて今からでも部屋を取るのは遅くないかな、なんて思ってしまった。前言撤回するには早過ぎるからそっとその気持ちは押し込めて壊さないように優しく抱き締める事に留めておくことにしよう。いつかの未来、君がやろうと同じくらい、ただの僕を求めてくれることを願った。


きなこ