手折るのはキミ
コレの補足色々注意
14の頃、酒に酔った実の兄に犯された。そう言えば大抵の人間は兄を非難し、私を可哀想だというだろう。7歳の頃に家を出た兄は元々不良に属していて、過保護な両親に嫌気が差したのだろうと今になれば分かる。実際、中学に上がるまでは兄の存在は随分と曖昧なものだった。ただ、年に一度だけ会うだけの存在。遠い親戚にも近しく、幼い私は彼が実の兄だと言われても首を傾げるような子供でしかなかったし、そんな距離感だったからこそ兄という認識が余りにも薄かった。偶に会うかっこいいお兄さん、そんな感じ。恋愛感情だったとは言わない、憧れのようなものだ。実際、私も兄のダイナミック家出のおかげで両親の過保護に拍車がかかり、心がささくれ立っていたから。兄を憎んでは居なかったけれど、やり方はあっただろうと思ってはいた。
その日は珍しく兄が実家に戻ったのが年末の時期で、親戚が多かった。幾ら非行少年だったとは言え、親戚の男連中に酒を継ぎ足され続けた結果、兄は酔い潰れた。それを放置して盛り上がり続ける大人たちに怒りを覚え、机に伏せて眠る兄にお気に入りのブランケットを掛けてから風呂へと向かう。兄は不器用で言葉足らずだったけれど、私には優しかった。慣れない様子で私の頭をなるべく優しく撫でてくれたし、誕生日には些細なプレゼントを贈ってくれている。言葉を交わす事はそんなになかったけど、嫌いじゃなかったし、いつか兄のような人と恋をしたいとも思っていた。そんな私たちの関係はその晩、音を立てて崩れた。
私の部屋で眠る予定だったが、親戚連中の子供達が使ってしまっていたんだったと気が付いたのは自室の扉を開けてすぐだった。でも、別に兄の部屋を使えば良いとすぐに思い至る。これまでもそうだったから。両親や親戚は兄の部屋へ近寄りたがらず、部屋の手入れは私がしていたし、これまでも子供達に自室を貸して何度も兄の部屋で眠っていた。兄はいつもすぐに帰るから部屋を使うなんて発想が綺麗に抜け落ちていたのだ。必要以上に物を触ったりせず、それでもシーツはこまめに洗濯していたので後はもう眠るだけ。兄の布団へと寝転び、枕に顔を埋める。とっくに兄の匂いなんてしない、嗅ぎ慣れた柔軟剤の匂いしかしない。それでも、なんだか落ち着いて好きだった。親戚に手酌して回ったり子供達の面倒を見たりで疲れ切った体が意識を手放すのにそんなに時間は掛からず、私はそのまま眠りに落ちた。
初めは少しの違和感、そこに痛みが混じり始めた時点で目を覚ませば下腹部への痛みを明確に感じる。14歳の少女とて、ある程度の知識はある。今自分の身に何が起きているのかを理解し、相手を殴ってやろうと拳を握り締めたところでふわりと、ブランケットを掛けた時にした香水の香り。
「すぐ、くん?」
「…、」
返事はない。暗闇の中でぼんやりと見えるその瞳は据わっていて、言葉を続けようとした私の口元を大きな手が覆い隠す。それから先のことは、あんまり覚えてない。揺さぶられる内に漏れる声が不快だったのか、覆う手の力が強くなったり、そういう断片的な事は覚えているけれど。実際何をされたのか、当時は半分も理解は出来てなかっただろう。その時の私が気絶したのか眠っただけなのかは分からないが意識を取り戻したのは数時間後で、隣には兄が寝ている。幾ら性知識が薄いとはいえ、コンドームのない行為がどういう意味を持つかくらいは知っていた。だから、兄を揺すり起こした。
「すぐく、すぐくん、おきて、」
「…ァ?」
「すぐくん、」
何度か揺すった後、不機嫌そうに目を覚ました兄が自分を起こす人間に視線を向ける。目を見開いて私を見た兄の表情を見て、ぼろりと涙が溢れた。剥き出しの肌をシーツで隠して握り締めれば兄は言葉を詰まらせた後、深く息を吐き出した。
「……俺がやった?」
「…ん、」
「ゴムは、…してねぇな。」
「ど、したら…いい、っ、?」
赤の混じる白濁が乾いて、太腿に張り付いていたのを見たのだろう。兄は起き上がり私を両腕で抱え上げてお風呂に連れて行ってくれた。幸いにもまだ明け方で家族は誰も起きていない。悪かった、と小さく零された言葉と共にナカへと吐き出されたソレらを掻き出してから風呂が終わったら部屋に行っておけと言葉を残して浴室を出た兄の背中を見て、また涙が出た。
軋む体に鞭を打って体を清め、兄が用意してくれた服を身に付けて部屋へと戻る。兄は居らず、皺くちゃになったシーツが昨晩を物語っていて、どうしていいかわからずにぐずぐず泣いていたら兄が戻って来て、薬を渡された。当時は訳もわからずに飲んだけど、きっとアフターピルだったんだろう。あの時間に手に入れた経緯は分からないけれど、それはまだ聞けていない。一緒に買ってきてくれたであろう温かい紅茶を飲みながら大きな体に縋り付いていた。無体を働いたのが兄だったとしても、それでも兄以外の誰にも縋れなかったのだ。兄は、抱き締めて大きな手でずっと背中を撫でてくれていた。漸く落ち着いた頃、というか泣き疲れた頃。兄は私の背を撫でながら抱き締めた。
「もう家には近寄らないし、オマエの前にも現れない。それだけで責任が取れるとは思ってないけど。」
「…え?」
「酔ってたからなんて、実の妹に手を出した理由にはならねぇだろ。」
「やだ、…やだよ、」
「紗織、オマエ俺に何されたか分かってるだろ。」
「分かってる、分かってるけど、…会えないなんてヤダ。責任取るって言うなら、ちゃんと傍に居てよ。」
もう自分の前から居なくならないで欲しい、そんな責任の取り方しないで、忘れるからごめんなんて言わないで。そんな事を言った気がする。兄は、何も言わずに頷いた。
「今思えば、相当動揺してたんだろうね。」
「…そりゃそうだろ。」
「ねー。」
温かいカップの中で揺れるロイヤルミルクティーを口に含む私の話を聞いて頬を引き攣らせる竜胆に笑って返す。別に誰に話す気もなかった、私たちの始まり。桃と蘭が買い物に行ってる暇潰し程度だったんだけど、なんだか竜胆ならいっかなって。
「なんでオレに話したの?」
「兄弟で一人の女を共有してる時点でマトモな倫理観なんてないだろうし、蘭みたいに茶化してこなさそうだし。桃はブチ切れて大暴れしそうだから。」
「ああ…。」
「あとはまあ…恋バナをしてみたかったのかも。」
「恋愛感情なの、ソレ。」
「私は英のことを一人の男として愛してるよ。…英が私に向けてるのが恋愛感情じゃないことも分かってる。」
二度目、三度目を誘ったのは私。そこから泊まりに行くと言って、そのままずるずると体の関係を築いて三年目。異常なことくらい分かっている。実兄からレイプされ、トラウマになるどころかそのまま一人の男として愛しているだなんて。
「それでも、もう英は私から離れられないでしょう?」
「女ってコワ…。」
「他に好きな人が出来たから、なんて言えないもの。私が関係をやめようと言うまで英は私の傍にいてくれる。…居ないといけない。」
「ハナブサの気持ちはどうでもいいって?」
「んー…少なくとも面倒だとか嫌悪感はない筈だよ。そっちが強いなら最初に私が縋った時点でキッパリ断る選択肢だってあった筈だし、少なくともあの全てに対して無頓着が一年以上実の妹と関係が続く筈ない。そもそも私が嫌がる事をしていればいいだけだし。」
「じゃあ同意だってコトね。」
「別に他に相手作ってもいいけどね、どのみち私のこと優先するだろうし。私にだけは優しいから。」
竜胆がうへぇ、と声を出すのには笑って返してやる。
「でも本当に英が好きだと思う相手が出来たら手離してあげるよ。」
「へえ、意外。」
「愛してるから幸せになって欲しい。ただ、それまでは私の英で居てねってだけ。」
「ふぅん。」
実際、この気持ちを本人に言うつもりはない。面と向かって言えばきっと一生縛ることも出来るんだろうけれど、それは嫌だ。好きな人が出来てその人が英を愛してくれるのならば、それ以上を私が求めることはない。初恋とは儚く散るものだと言うのだから、散るまでの束の間の中で愛するだけだ。
「あ、桃たち終わったって。」
「んじゃ、迎え行くか。」
「さっきの話、誰かにしたら有る事無い事桃に吹き込むからね。」
「しねぇよ、アイツがキレたら死人が出る。」
店を出て、冷たい風が頬を掠める。あの日のように寒い日だ。今日泊まりに行きたいと後で連絡しよう。そう決めて、竜胆と一緒にハイテンションになってるであろう桃とそれに飽きながらも付き合ってる蘭と合流する為に足を踏み出した。