弁償怪奇ファイル

「妙な事が起きたんですよ…」

怪談でも始めるような口調で、私は語り出した。実際、これは怪談である。

「どんな事でしょう」

向かいの席でクールに尋ねる裁判官は、普段ならあまりお世話になりたくない人である。
今でこそぼちぼちのヒーローであるが、新人の頃は私もかなり無茶をしたものだ。凶悪犯を捕まえるためにガラスを割ったり、凶悪犯を捕まえるためにドアを壊したり、凶悪犯を捕まえるためにビルを倒したりね。どっちが凶悪なんだよ。
裁判官さんとのファーストコンタクトは、もちろん法廷である。あの場に立つたびに、いつもすいません…って感じだったが、今日はたまたまカフェで出くわした。相席の相手だった。
知り合いといえば知り合い…という微妙な仲なので、沈黙が気まずいあまり、私は語るはめになったのだ。自らの身に起きた怪談を。

「私、ゲームのCMに出てるんですけどね」
「ええ、拝見しました」
「あ…ど、どうも…」

社交辞令に照れながら、そんなことはどうでもいいんだよと話を続ける。

「そのゲームのイベントがあったので、自前のゲーム機を持参して行ったんですけれども。やり込んだおかげで盛り上がったまでは良かったんですが…その帰りに…殺人犯と出くわしたんです…」

自分で言いながら、こんなコナンみたいな事あるか?と悲しみに暮れた。仕事柄犯罪者に慣れているとはいえ、オフの時に殺人犯に会うのは初めての事だった。
このようにフィクションじみた話をしても、裁判官は茶々も入れず静かに聞いている。さすがだ。この冷静さで何度非情な判決を下された事か。思い出すとつらいからやめよう。

殺人犯に出くわしたと言っても、殺害現場という意味ではない。手配中の男が街中に現れたらしく、気付いた通行人によってちょっとしたパニックが起きていたのだ。それを収めようと、そして犯人を捕まえようと揉み合っている時に、事件は起きた。

「殺人犯を捕獲したその時!ルナティックが現れたんです…!」

さすがに超展開すぎたのか、裁判官も目を細めた。しかし事実なんだ、私も夢ならいいのにと思ったよ。ルナティックが現れる、それは粛清が始まるって事だからな。
のどかなカフェに、緊迫した空気が流れる。気にせず私は続きを話した。まるで稲川淳二に憑依されたかのように。

「まずいな〜まずいな〜って思ってたら…持ってたゲーム機が地面に落ちてしまったんです。でもそれどころじゃないですよね、だってルナティックが現れたんですから…」

身を乗り出して語る私を、裁判官はじっと見据えるだけだ。この目で見られるとたまったもんじゃない。また賠償だなって思う。つらい。

「当然ルナティックは殺人犯を狙ってきました。私はそれを庇いながら奮闘し、他のヒーローが来てくれたおかげでどうにか犯人の命は守れたんですけど…代わりにゲーム機はルナティックの炎で燃えカスに…」

このコーヒーのように真っ黒…とカップを見せながら、段々と落語家みたいになっていく自分を止められない。

「その次の日ですよ、事件が起きたのは!」

今の話は事件じゃなかったんですか、と言いたげな裁判官を無視して、私は鞄からあるものを取り出した。ここからがホラーの始まりであった。

「なんと、事務所に燃えたゲーム機と同じものが届いたんです!匿名で!」

現物を出し、机に叩きつける勢いで置きながら、私は吠えた。そんな私の迫力に、隣で注文を取っていた店員が肩を揺らす。すいません。でも今いいところなんで。
軽く謝り、もはや店員など気にしていられず、すぐに話に戻った。口を開いたらもう止まらなかった。

「怖くないですか!?だってゲーム機が燃えカスになったこと知ってるの、犯人とルナティックだけですよ!?犯人は拘留中だから送ってくるわけないし、そもそも色も!型番も!元々持ってたのと同じなんです!怖すぎますよね!?怖い!そして同じもの送ってきたところでメモリーカードとゲームソフトは駄目になっちゃったから何とかルナティックに弁償してもらいたいんですけど可能ですか!?」
「相手の素性さえわかれば」
「ですよね!」

まともに返されて落ち着いた私は、コーヒーを飲んで一息ついた。裁判官さんなら法律の専門家だし、何とか訴訟の手立てを考えてくれるかと思ったが…やはり無理だったか。
すいません変な話して…と謝罪し、構いませんよと返してくれた彼に、私は少し救われる思いだ。
法廷で会うと死神にしか見えないけど、プライベートでは結構印象違うな…普通にいい人だ…こんなわけわかんない話黙って聞いてくれるし…相変わらず顔色は悪いけど。仕事忙しいんだろうか。そしてそれは私たちのせいではなかろうか。すまん。寝て。
溜息をつき、空になったカップを見つめながら、私は解決の兆しの見えない怪奇現象を、再び口にする。

「一体誰がゲーム機送ってきたんだろう…」

普通に怖い。あまりの恐怖に郵便物の履歴を追ったけど、どうやっても送り主を見つけられなくてそれもまた怖かった。ストーカーの類も疑ったが、他に被害はないし、そもそもゲーム機郵送も別に被害ではないから参っている。
どうなってるんだ。もやもやするぜ…と頭を抱えていれば、裁判官は静かに口を開く。

「あなたのファンからでは?」

私は歯切れ悪く返事をし、それでもやっぱおかしいんだよなぁ…と首を傾げる。
ファンがたまたまタイミングよくゲーム機くれただけなのかな…CM出てるしありえない話じゃないけど…。確かに私のファンはオタクが多く、グッズやら何やらが送られてくる事はある。わりと危ない奴もいる。
というのも、デビューの頃は加減がわからなくて、凶悪犯を追い詰める際、かなりボコボコにしてしまっていた。全治数ヶ月なんて事もザラで、それを自業自得だからもっとやれと支持する層がいたわけだ。私はわざとじゃないから困ってたし、今はコントロールもできるようになって怪我を負わせる事も減ったけど、その時代のファンが残っているのも事実である。まぁルナティックの登場でそっちに結構流れて行ったが。それもどうかと思うけどな。

たまたまですかね…と苦笑し、しかし話したおかげで少し気が晴れた。他のヒーロー仲間に喋ると茶々が入ってうるせぇからよ、静かに聞いてくれて有り難かったよ。優しい人だ…これで判決も優しくしてくれたら最高なんだけどな。
甘いことを考えていると、次の仕事があると言って裁判官さんは席を立った。貴重な休憩時間をクソみたいな話で潰してしまった事を申し訳なく思い、そのうえ何故か私の伝票を持って行こうとしたので、いやいやいやいや!とダチョウ倶楽部のように立ち上がる。

「す、すいませんお忙しいのに…!私奢ります!今月は何も破壊してないから余裕あるんで!」
「いえ」

実はボーナスも出て…と金額を暴露しそうになったが、裁判官は頑なだった。私の伝票を離そうとせず、この不健康そうな肉体のどこにそんな力が…?と恐れおののく。隠れマッチョか?怖すぎでしょ。

「楽しい話でしたよ、レイコさん」

いや絶対嘘だろ。表情筋死んでたじゃん。
社交辞令まで言わせて申し訳なさがピークに達したが、最後の捨て台詞が不覚にも胸に刺さり、私は伝票戦争に出遅れてしまうのだった。

「それに、私もあなたのファンですから」

真顔で言われ、私は驚きと照れで固まった。その隙に裁判官は会計を済ませて立ち去ってしまい、やり場のない感情とコーヒー代を持て余して、私は唸った。
奢られてしまった…申し訳ない…本当に申し訳ない…全てが申し訳ない。クソ怪談を聞かせた挙句金まで払わせるとは…ヒーロー失格。この借りは必ず活躍でお返しします…憎きルナティックを捕まえ、ゲーム代を弁償させ、そしてこんな話を裁判官にするはめになったのもルナティックのせいなわけだから、コーヒー代も奴に支払わせるわ。それで許していただけたらと思う。
ゴチになります…と合掌する私は、すでにコーヒー代をルナティックに払ってもらっている事など、もちろん知る由もない。

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