恋とはどんなものかしら

思えばあのゲームは、イカサマだったのかもしれなかった。
罰ゲームで使うはずだった薬は、現在私の胃の中である。廊下で出くわしたスネイプに、怪しい薬物を所持している事を咎められた時点で、私はかなりテンパっていた。

ウィーズリーの双子が、どこからか入手した惚れ薬を、スネイプの飲み物に入れてやろうと提案したのは半日前である。お前ら死にたいのか?と思ったし、もちろん私は付き合うつもりなどなかったので、軽く諌めたり関わり合いになる気はないと伝えたりして、難を逃れるはずだった。
しかし、最近スネイプに目をつけられては、事あるごとに減点されている我々である。恨みがないといえば嘘になり、何だかんだ丸め込まれ、ゲームで負けた奴が実行しようという話になった。これが罠だったのだ、きっとそうだ。乗った私が馬鹿だったぜ…と後悔した頃には遅く、惚れ薬を持て余したままうろついていたところ、本人に見つかって私は御用となった。とんだ間抜けだった。

最初は、何とかごまかして逃げようと思ったんだ。
「先生はご存知ないかもしれませんが、これは日本人なら誰でも持ち歩いている栄養ドリンクです」国籍を活かした作戦で、私はスネイプの魔の手から逃れようと奮闘した。しかし、下手に栄養ドリンクなどと言ったせいで、「ならば飲んでも問題はないな?」と揚げ足を取られ撃沈した。その後、「英国の方のお口には合わないかと…」「無論、生徒の所持する怪しい薬など飲まん。飲むのは君だ」という絶体絶命トークを交わし、私は詰んだのだ。どうする事もできず、いろいろ考えたものの、惚れ薬所持がバレたらきっと停学だと思ったら、飲んで証拠隠滅を図るしかなかった。どうせ効き目は数分なのだ。何とかやり過ごせばいい、そう決心し、勢いよく薬を飲み干す。不味すぎて地獄だった。でも本当の地獄はこれからなんだよな。

惚れ薬の定番は、最初に見た相手を好きになる、ってやつである。もちろんこの状況で最初に見るのはスネイプだ。一瞬でもスネイプを愛するなんて人生の汚点だけど、でも停学よりはマシだろう。
日本から単身ホグワーツに来て早四年…魔法のマの字も知らないどころか、英字すらまともに書けないながらに頑張ってきた日々を、あのクソ双子のせいでぶち壊されるのはマジで御免だ。人の人生なんだと思ってんだ?そもそも惚れ薬なんてもので人間の感情をいたずらに操作するとか悪質よ、ゲスの極み。半分乗った自分は棚に上げ、目を開けた瞬間、クライマックスは訪れた。そもそもウィーズリーの双子が持ってる薬なんて、ろくなもんじゃなくて当然なんだ。

「うっ!」

激しい動悸で、私はその場にうずくまった。さすがのスネイプも身を案じてくれたので、いい先生だなぁ…なんか好きだなぁ…と見事に薬にやられながら、私は現在、医務室にいる。


「なるほど、君が実に愚かだということはよくわかった」

恋は盲目だ。せっかく証拠隠滅をしたってのに、医務室に運ばれた私は、動悸がおさまった直後、スネイプに尋問されるがまま、大体の事情を語ってしまっていた。もはや自暴自棄だった。
双子とのゲームに負けて薬を押し付けられた、という簡素な説明をしただけなのに、普通に罵倒された私は、落ち込みと興奮で頭がおかしくなりそうである。
先生に呆れられるのはつらい…でも医務室で二人きりなのは嬉しい…そういう感じだ。この薬やべぇな。すごい効いてるじゃん。この私があのスネイプをわりとマジに好きになるなんて。危険物どころの話じゃねぇわ。
やばい薬かもしれないという事で、一応検査を受けるはめになったが、対応が完了するまでの間、私はスネイプに見張られる事となった。願っても無い展開だ。薬が切れたら全て悪夢に思えるんだろうけど。それも今は寂しい気がしてしまう。

「そのような薬を何故捨てなかった?当然退学になる事は想定済みでしょうな?」
「返す言葉もございません…」
「それとも、誰かに使う予定が?」

鋭い指摘に、私は露骨にびくついた。正直本当に使う気があったかどうかは、よくわからなかった。
だって絶対やばいもんな。双子の悪ノリに付き合って人生棒に振る気ないし。でも今となっては、冗談抜きでわからないのだ。スネイプ先生に心奪われている私は、もしかしたら使っていたかもしれないと考えてしまう。
なんだろう。また動悸がしてきた。こんな気持ち初めてだ。

「せ、先生に…」

口が勝手に動くまま、私は語り出す。

「あなたに…使うつもりでした」

紛れも無い事実だったが、私の感情は事実とは異なっている。だというのに止まらない。この動悸も止まらない!

「…薬云々より、まずそのおかしな頭を検査した方が良いかと思うが、何か反論は?」
「いや頭がおかしいのは薬のせいなんですが…」
「気付いていないようなのでご忠告差し上げるが…君の頭は普段と何も変わらない」

うそだぁ。いつもはもうちょっとマシでしょ。
スネイプの言い草に、百年の恋も覚めそうで覚めず、私は苦笑を浮かべた。こうやってべらべら自白してるのも薬のせいなんだって。先生への恋心がなかったら絶対言ってないよ。栄養ドリンクだっつってシラを切り通してたよ。でもそうしないのは、先生を好きだからこそ嘘をつきたく無いっていう、健気な乙女の誠実さじゃないですか。わかってほしいなこの気持ち。絶対いつもと違うから。一緒だと困るし。

「私って…先生にはいつもこんな風に見えてるんですか」

尋ねると、肯定通り越して呆れたように肩をすくめられる。うぜぇ。好きだ。

「私は先生のこと、こんな風に見たことなかったし…きっと一生ないだろうな」
「願っても無い事だ」
「でも、今はそれがちょっと悲しいです」

なんだか瞼が重くなってきた。薬の副作用だろうか。
私は目を閉じ、ベッドの上で語り続ける。

「こんな事でもないと、先生のこと好きになれないんだなぁ…」

呟くと、わずかに沈黙があった。間髪入れず発せられる嫌味は、普段なら本当に嫌なんだけど、今は何でもいいから先生と話していたい。
とはいえさすがに失礼すぎる台詞だったかな?と私は失言を嘆く。いつもは嫌いだって言ってるようなもんだからな。実際そうだし。でも私に嫌われたところでスネイプは何も感じやしないだろうし、好かれてもこの調子なのだ。頭のおかしい生徒以上にはなれないのだと思う。ていうか頭おかしくないんですけど?文化圏の違いでそう見えるだけでは?

「それで?」
「え?」

だから文化圏の…と言いかけて、これは私の妄想の話だった事を思い出す。先生に何かを促され、脈絡を忘れた私は、スネイプがどの話題に反応したのかわからなかった。なんだかとっても眠いんだ。目を開けたらルーベンスの絵があるかも、と薄っすら瞼を開くと、ルーベンスにしては辛気臭い教授が私を見下ろしており、直後に温もりが訪れる。

「こうなった気分はどうでしたかな?」

不意に手を握られ、私の心臓は跳ね上がりそうだった。好きな人と手を握ってるんだぞ、舞い上がらないはずもなく、幸福感でどうにかなりそうだった。
へ…変だな…。ただ手を握ってるだけなのに、こんなに嬉しいなんて嘘みたいだ。これが恋なのか。誘発された感情とはいえ、元々私が持っている情熱はきっと嘘じゃない。スネイプを本当に好きになったら、今日の事を思い出して浮かれるんだろうか。それはわりと楽しい事に思えた。
私はへらへらしながら手を握り返し、多幸感を噛みしめるよう、再び目を閉じて答えた。

「結構いいかも…」

緩み切った顔で感想を述べると、心底不快そうな溜息が響いたのち、判決が下された。

「…グリフィンドール、十点減点」

案外低く済んだなとホッとし、私は眠りに落ちた。頭のおかしな私の気のせいでなければ、腕を振りほどかれる事はなかったように思う。

そのまま夢を見た。先生と手を繋いで歩くだけの、ささやかで初々しい夢だ。どこからが現実か曖昧になりつつあったけれど、全て夢で終わらなかった事に、目覚めた私は絶望するのである。

「あー…つら…」

普通に最悪だな。スネイプと手握ったまま寝落ちするとか地獄かよ。昨日の事がほぼ現実であったという残酷さに目を覆い、私は今日の魔法薬学をどうやり過ごせばいいか悩みに悩んだ。気まずいどころの話ではなかった。
もう絶対双子に異議申し立てよう。あいつらのせいで散々な目に遭ったぜ、バタービール奢ってもらっても割りに合わないな。いやでもからかわれるかもしれないからやっぱ黙っといた方がいいか…幸い処罰は軽く済んだし、私とスネイプとマダム・ポンフリーさえ口を割らなければ誰にもバレない。思わぬ温情はかなり想定外だったけど、私は巻き込まれただけだってのを理解してもらえたんだろうか。いやあのスネイプに限ってそれはねぇよ。それはねぇのに…なんでかなぁ?惚れ薬でも飲んだか?

とりあえず減点で済んでよかったー。マジでちょっと好きになりそうだわスネイプ。嘘だけど。

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