終章

「ハッ!」

目覚めのテンプレみたいな声を出し、私は覚醒した。直後に知らない天井…いや、過去に一度見た天井が目に入り、ゆっくりと体を起こして深呼吸をする。

完全なるデジャブなんだけど。これって六周年記念限定の企画じゃなかったの?

メタもそこそこに、いつぞや同様ソファの上で寝ていた私は、覚醒直後だというのに大体の事情は把握していた。見覚えのある交番の内装に溜息をついて、またここに世話になってしまった事を嘆かわしく思う。

「あ、気が付いた?」

そしてこのやり取りも全く同じ!

私は勢いよく振り返り、想像した通りの人物が立っていた事に安堵するやら絶望するやらで、複雑な気持ちを抱きながら返事をした。

「ジュンサーさん…」

私の元へ駆け寄ってきたのは、前に一度お世話になったジュンサーさんだった。
やはりな、と室内を見回し、交番で眠りこけていたと確信して、頭を抱える他ない。もはや何も考えたくないレベルだったが、ジュンサーさんはそれを許してくれないので、愛想笑いを浮かべるしかなかった。

「またあなたのカビゴンのおかげでスリーパーを捕まえられたわ…本当にありがとう…」

礼を述べつつジュンサーさんも何だか呆れ気味だ。そうだろうよ。私だって呆然とするわ。

元々事態は把握していたが、スリーパーという単語を聞き、いっそ嫌になるほど全てを理解した。

そう、あれは随分と前…コンビニに行こうとしていた時の事だ。いきなりやってきたスリーパーに通り魔的に催眠術をかけられた私は、次々と妙な夢を見せられて、とんでもない目に遭ったのである。具体的な内容は前回の企画を見てくれ。私はもう思い出したくないから。

そのスリーパーには女性のトレーナーがいて、これがまた不幸な女なのだが、結婚詐欺に遭ったために精神を病んでしまい、入院を余儀なくされたというのだ。結婚を夢見る彼女のために、せめて夢の中では幸せにしてあげたいと、スリーパーは道ゆく人々に催眠術の練習をしまくった。その被害者の一人が私である。

本当にひどい目に遭った…思い出したくもねぇよ…。あの時はトレーナー思いの健気なスリーパーに同情して被害届は出さなかったけど、もはやそんな事は言っていられない。

つまりどういう事かと言うと、またあの時と同じスリーパーに、同じように催眠術をかけられて変な夢を見せられたってわけ!ふざけやがって!もうしないって言ったじゃん!?舌の根も乾かぬうちとはこの事だよ!

せっかく傷も癒えてきたというのに、まさかの再犯に心底がっかりである。事情説明を受けるまでもなく察している私へ、ジュンサーさんは神妙な面持ちで語りかけながら、公務員としての仕事を全うしていた。本当にご苦労様だよ。絶対働きたくねぇな。

「…覚えてる?今日の行動」
「コンビニに行こうとしたらスリーパーに催眠術をかけられて悪夢を見た事なら…」
「意識はハッキリしてるみたいね、安心したわ」

ぼんやりしてられねぇからな。今日という今日は許しちゃおけない。前回情に流されたせいでこんな目に遭ったわけだから、もはや遠慮はいらないだろう。
必ずや被害届を提出するという強い意志を持つ私に、説明してもいいかしら、とジュンサーさんが問うので、もちろん大きく頷いた。何を言われても訴える決意は変わらないが。

「実はスリーパーのトレーナーがね、入院先の医師と交際する事になったらしいのよ」
「へー」

モブのくせにリア充してやがるのか。私は夢でも中途半端なリアっぷりだったってのにな。

「でも奥手な二人はなかなかスキンシップできないみたいで…悩んでたらしいの」
「はぁ」
「そこでスリーパーに頼んだんですって。少し大胆な夢を見せてくれたら…先に進めるかもしれない、だから催眠術をかけてほしいって…」

そこまで言い、これ以上の言葉は不要…とばかりにジュンサーさんは俯いた。呆れ顔で溜息をつくと、同情的な眼差しを向けられる。

いやまぁ前回と同じパターンだろうとは察してたよ。だから何も驚く事はないんだが、この言い知れぬ不愉快な感情、そしてリア充の爆発を願ってやまない気持ちが混ざり合い、私は立ち上がって叫んだ。

「つまりまた実験台にされたって事ですよね!?」
「真面目で慎重なスリーパーなのね…トレーナー相手には失敗したくないって思ったんじゃないかな…」
「知るか!」

そんなしょうもない動機で眠らされてたまるか!またいろいろ一方的に気まずい思いを抱えなきゃならなくなるだろ!ただでさえ元々若干気まずい面子なのに!
私は机を叩き、トレーナーの望み通りに催眠術を取得したスリーパーを、頭の中で何度も殴りつけた。

何が真面目で慎重なスリーパーだ馬鹿野郎。無差別催眠を繰り出す奴が慎重なわけないだろ!軽率すぎじゃねーか!シャイニングみたいな顔してたし、絶対ろくなポケモンじゃねぇ。このままじゃ腹の虫がおさまりませんよ!

訴訟だ訴訟!と出るとこ出る意志を表示すれば、ジュンサーさんは頷き、被害届提出のための書類を準備してくれた。前回は事件にする事にお互い乗り気ではなかったが、二度目ともなれば話は別である。

このまま野放しにしたら絶対また同じ事するだろうからな。これ以上被害を出さないためにも私は動くよ。かつてない正義感を抱いた瞬間であった。
そのトレーナーとスリーパーは熱く固い絆で結ばれているのかもしれない、そしてそれを引き裂くのは可哀想かもしれない、でもお前はやり方を間違えた…きっちり刑務所で反省してくれ。これが私の温情だよ。

しかし書類に記入しようとした時、ジュンサーさんから放たれた言葉で、私の手は止まった。そして永久に動く事はなかった。

「結婚するんですって。スリーパーのトレーナー」

硬直した私は、重圧のせいで顔を上げられない。

「離れ離れになったら…花嫁衣装を見せてあげられないって…泣いてたわ」

出すなってこと!?圧力やめてよ!
何故かこっちが悪い事をしている気分になり、私はジュンサーさんを二度見した。全く他意はないような顔をしていたが、そんな話を聞かされて書類にサインできるほど、私は非情ではなかった。ぶっちゃけ寝てただけだし!朝まで生放送見て寝不足だった体がすっかり万全だし!

結局今回も被害届は出さず、どうか八周年の時は違う企画になりますように…と祈りながら、私は真っ直ぐ家に帰るのだった。
もう当分コンビニ行くのやめよ…。