さっき可愛いって言ったやつ

人間には二種類いる。SNSに自撮りを載せられる奴と、載せられない奴だ。

「レイコ…お前の写真飯ばっかりだな」

私は後者のレイコ。ネットリテラシーに敏感な女だ。
ガラルでジムチャレンジに参加する事になった私は、順調に勝ち進むたびに、かつてないほどスターダムを駆け上がっていくのを感じていた。スタジアムで試合をするため、普通に有名になっていくからだ。

マジで私も仮面つけときゃよかったな…まさかこんなに目立つ事になるとは思わなかったよ。
静かに暮らしたい吉良吉影のようなニートである、知らない奴に話しかけられるたびにビビり、怯え、握手をし、何だかんだ慣れつつあったが、ファンと名乗る人々は会うたびにこう尋ねるのだ。
「SNSはやってないんですか?」と。

もちろん現代人だからツイッターアカウントくらいはあるよ。匿名だけどな。知り合いの動向と、父親が馬鹿みたいな呟きをしてないか監視するための垢である。たまに親父を不適切な内容として報告したりもするから大事なツールではあるけど、でも自ら発信する事は特になく、半年ロムれを守って生きてきたのだ。
しかしジムチャレンジ運営の方から、よければ公式アカウント取得しますよ、と言ってもらい、せっかくなのでやってみる事にしたわけである。
瞬く間にフォロワーが増え驚きはしたが、SNSもわりと楽しいもんだな…と充実感を覚え始めていたんだけども。

「飯の写真に…何か問題が…?」

ナックルシティのカフェテラスでケーキの写真を撮っていたら、通りかかったキバナにSNSについて言及され、私は困惑した。いきなり何だこいつとしか思えなかった。

キバナさんはナックルシティのジムリーダーである。8番目のジムなだけあって強いトレーナーだが、それを鼻にかける事もなく、ファンサも手厚いし、面倒見の良い人だ。
確かにキバナさんがアップしてる写真はどれもこれも洒落ているが…私だって飯用のビューティープラス使ってるし、美味しそう!というコメントも貰っている。普通に満足だったけど…何?
飯の写真ばっかりだな…と?で?

「ファンが喜ぶのはどんな写真だと思う?」
「どんな…?」
「考えてみろよ」

ナチュラルに向かいの席に座られ、ただでさえぼっち飯で目立っていた私は、さらに大衆の目に晒される事となった。なんで勝手に相席してんだよ。普通に紅茶注文してんじゃねーよ。

言うまでもなくキバナさんはこの地方で長年の人気者だ。私のように短期でスターダムを駆け上がったニートとはファンの厚みが違う。よって客の目を一身に浴びながら、SNSについて真剣に考えさせられ、まるで圧迫面接のように恐縮した。なんだこれは。拷問?私ケーキ食いに来ただけなんですけど。

「私は…推しが清く正しく健康に投稿してくれたらそれで…」
「…まぁそれもいいが、そうじゃなくて自分かポケモンの写真を載せた方がいいって話をしてんだよ」

力強く言われ、私は軽く頷いた。
つまり自撮りをしろって話か。推しの薬物所持、結婚、活動休止などを見ているともうただ普通に投稿してくれるだけで充分…みたいなオタク精神が根付いてて失念してたわ。ついでに言うと飯の写真ばかりアップするのもオタクの特徴だからな。泣かせないでくれ。

そんな根暗な私が、自撮り棒を馬鹿にして生きてきた私が、自らの写真を撮ってデコってアップするなんてできると思うか?無理だよ!だから飯の写真しか上げてないんだろ!?わかってよ!世代じゃないの!ネットに本名と顔を出す事に抵抗がある時代を生きてきたのよ!

曖昧に笑いながら、まぁそのうち…と適当に返していると、スマホロトムを取り出したキバナは、おもむろに画面を見せて喋り出す。

「これがお前の昨日の投稿。パスタカレー」
「美味しかったです」
「これは一昨日のボーンカレー、その前はミックスハーブカレー、さらに前はトロピカルカレーだ」

なんでやけにカレーに詳しいんだよこいつ。

「カレー職人にでもなったのか?」
「いや…上手に作れたから見せようと思って…」
「美味そうではあるけどな」

実際美味かったんだよ、と言うのは止し、なんだかこんなにカレーカレー言われると普通に恥ずかしくなってきた私は、画像一覧の茶色率にようやく危機感を覚え、瞳を細める。

キバナが人の投稿をいちいちチェックしている事はさておき、確かにこれじゃどう見てもインド人のアカウントである。巨大なナンのおかわりを勧めてくると危惧されそうだ。
ガラル中が注目する才色兼備な最強トレーナーがカレーまみれでいいのか?と焦り、もっとこう格好良く戦ってる動画とかも載せるべきか…と首を傾げる私は、そもそも自撮りに馴染みがなさすぎてどうしたらいいかわからない。
困り果てて眉を下げながら、キバナに正直に打ち明ける。

「私あんまり写真とか慣れてないんですよね」
「でもいつもカメラ持ってるだろ?」
「あれは研究の手伝いなんです。プライベートのじゃなくて…」

迫り来るウールーとかは撮り慣れてるんですけど、という私の言葉に失笑するキバナは、どうやらこちらに積極性がない事を悟ると、それ以上の無理強いはしなかった。カレーで喜ぶファンもいるか、と何故か納得し、頼んだ紅茶をさっさと飲み干すと立ち上がる。

「ま、撮りたい時に撮ればいいわな。聞きたい事ができたら俺様が教えてやるぜ」
「ありがとうございます」
「それはそれとして一枚撮ろうか。記念にな!」

なんでだよ。どれをどれとしたらそうなる?
ケーキに手をつけれないまま振り回されている私は、よくわからない状況に苦笑して、とりあえずフォークを置いた。まぁこれも練習か…と諦め、スターでいられるのもどうせガラルにいる間だけなんだし、芸能人気分を味わおうと割り切る事にしたのだ。

キバナのスマホロトムが正面を飛び、背筋を伸ばしてシャッター音を待っていると、どうしてかキバナは私の横に来て身を屈めた。どうやらツーショットを撮るつもりらしい。なんか若手俳優みたいだな。

ていうか…屈んでも尚その背丈なの?でか!バスケットマンじゃん!
隣からの圧に思わず振り向くと、意外と距離が近くて驚いた。どの角度から見てもイケメンな事にもびっくりしたが、根明の人間から発せられる陽の気が眩しすぎて、私はたまらず目を細めた。

つ、強い…!これが真の芸能人なの!?高い鼻、透き通る肌、カメラ写りを理解し切った表情、何気に純粋な目、全てが光すぎる!闇のニートには刺激が強すぎるよぉ!
急に緊張してしまい、私はテンパるあまり真顔になった。

無。それは正気の裏返しである。気が触れて心を失った私は、光のイケメンを視界に入れないよう気を配り、ロトム早く撮れよと視線で訴えた。
水溜りが日光に晒されるとどうなる?蒸発してしまうだろうが。こっちは泥水なんだよ。大体私みたいな余所者がこんなスターと写真撮ったら炎上するんじゃね?蒸発どころじゃ済まないでしょ。

やっぱ断るべきか?と百面相をしていたら、キバナはテーブルを見て指を差す。

「おっと、ケーキも写しておいてやるとするか」
「いや飯の写真にこだわってるわけじゃないんで…」

いらねぇよ、と苦笑すると、シャッター音が響いた。気の抜けた顔を撮られたことに呆然とし、今じゃないでしょと林修顔でロトムを非難する。
なんでニヤついた時を撮る?もっと美しい時あるから!ワイルドエリアの湖畔に佇む私とか息を飲むほど美しいんだからな!今度撮ってやるから絶対見ろよ!でも今は撮り直し優先だよ!
もう一回頼む、と滝川クリステルの角度を作ろうとしたが、キバナは満足したようで、写真を見せながら笑っていた。

「よーし。なかなか可愛く撮れてるぜ!」
「ああ…ここのケーキ可愛いから映えるって有名なんですよね」

いや別に飯を撮る事にこだわってるわけじゃないけど!と言い訳をしながら、すっかり映えに魅せられている私に呆れているキバナを見つめた。しかしキバナが呆れているのはそっちではなく、私の鈍感夢主属性に対してだったが、もちろん鈍感夢主なのでそんな事に気付くはずもないのだった。

「そっちじゃねーけど…まぁいいか!」

肩をすくめながら立ち上がると、キバナは自分の伝票を持ったので、どうやら帰るらしい。特に用があったわけじゃなくて単純に絡まれただけっぽいな。友達か。
まぁ彼なりの歓迎方法だったのかもね…と余所者への優しさだったと思う事にし、やっとケーキに手をつけられそうな状況を喜んで微笑んだ。
するとキバナは口を尖らせ、不満げに顔を寄せる。

「帰るとなるとご機嫌か…傷付くよな」
「え、そ、そんな事ないですよ!自撮り頑張りますって!」
「冗談だよ。じゃあなレイコ!」

孤独のグルメを邪魔されて困惑している事を見透かされたのか定かではないが、最後にキバナは笑っていたので、怒ってはいないみたいだ。去りゆく姿を見つめてホッとし、人目は気になるがとりあえずケーキを食べようとフォークを持つ。

天候を操るだけあって嵐のような人だったな…写真だけ撮ってさっさと行っちまった。
まぁ長居されるよりはいいけど…と映えまくりのケーキを口にし、脳に染み渡る甘味に私は多幸感を得て、せっかくだからキバナさんも食べていけばよかったのに…と調子のいい事を考える。

一口くらいあげればよかったかもしれないな。とりあえずめっちゃ美味しかったという事を投稿しておこう…とアプリを開き、書き込もうとしたところで、キバナがさっきの写真を早速アップしているのが見えた。ニヒルに苦笑している私がイケメンの横にいて、何の拷問なんだろうな…と思わずにはいられない。

まぁ和気藹々とした写真だけど…でもやっぱもうちょっと威厳のあるポーズを撮っていただきたかったね。仁王立ちとかな。嘘に決まってんだろ。
私も今度エキシビジョンの写真とか撮ってみるか…と触発されながら、ふとキバナが画像につけたハッシュタグに気付き、首を傾げる。
そこには「ケーキの方じゃないぞ」という一文だけが添えられていた。

「…何の話?」

さっぱり意味がわからない私は、これどういう事ですか?とコメントを送り、その思いもよらない返事に照れると共に、炎上を死ぬほど心配して眠れない夜を過ごす羽目になるのであった。