遠ざかる友情

私の名はレイコ。一言で人間性を表すならば、そう、ニートだ。
ニートと言えば、基本的に家から出ないものである。少なくとも私はそうだ。だから持ってる服は部屋着ばかりだし、あとは旅に向いたアウトドアファッション…つまり小綺麗な衣装なんてものは、実家のクローゼットの奥深くで眠っている。

ダイマックス研究の会合に同席してほしいとマグノリア博士に言われた私は、何の気なしに了承し、約束の時間に研究所までやって来ていた。
すると出迎えたソニアから、その格好はまずいんじゃない?と指摘され、確かに普段着だったが、そんなかしこまった会合だとは知らなかったので、まともな服を持ってない事に私は焦った。仮に持ってたとしても取りに行く時間などなく、どうするか悩んでたらソニアが服を貸してくれたので、持つべき者は博士の孫だと痛感した。

ありがてぇ〜本当助かったよ。ソニアがいなかったら博士の婦人服を借りなきゃならないところだったわ。ていうか真面目な会合ならそう言ってくれたらいいのに…いやそうでもないけど一応ソニアが気遣ってくれたのかもな、チャンピオンが粗末な格好じゃまずいと思って。
そういうささやかな気配りができるところ…大人だよな、人間ができてるよ。その点私はフォーマルな服を所持していないクソニートである。天と地ほどの差があり、チャンピオンになろうとも変わらぬ自堕落さには絶望せざるを得ない。

溜息をつきながら着替え、博士を迎えに行ったソニアから留守を預かっている私は、自分の人間性だけでなく手先の不器用さにも辟易していた。借りたブレスレットを留められないのだ。

か、金具が短い…!片手じゃ留めにくいよ…!決して私の腕が太いなんて事はないしそう信じたいけど、何度やっても金具が上手く引っ掛けられずに苦戦した。
服も持ってねぇ、ブレスレットも付けられねぇ、職もねぇ、一体何のために生きてんだろうな。ガラルの人々があまりに真面目に生きてるせいで、私は自身のアウェー感に、生きる意味さえ見失っていた。
皆が真っ当に生きている中、私ときたら何をやってる?カレーを食い、だらだらごろごろし、ジムチャレンジをこなして、ムゲンダイナを倒し、新チャンピオンになっただけじゃないか…。いや充分な功績だったわ。

ニートからは大きく逸脱している事を嘆きつつ、ブレスレットはソニアが戻ったら付けてもらうか…と諦めた時に、研究所のドアが開く音がした。タイミングいいな、と立ち上がって階段に向かうと、やって来たのは目当ての人物とは違う人だった。

「ソニア!来たぞ!」

ホップの声だ。タイプ相性を覚えてるだけで褒めてくれる奇特な少年!

私は階段を駆け下り、さっさと中へ入ったホップを追いかける。
最近研究所で勉強してるらしいからな、今日もそのために来たんだろう。彼とは一緒にトーナメント目指して旅してたけど、毎度熱心な様子を見せられ、私はさらに自分のしょうもなさを痛感して何度もヘドバンしたもんだよ。とてもつらい以外の感情がない。
心を失った私は、ブレスレットと格闘しながら客人に口を開く。

「ソニアならいま留守だよ」

背後から話しかけると、ホップは勢いよく振り返り、私に笑顔を向けた。この爽やかさにいつも癒されてきたが、今日はどうやら癒されるばかりではいられないらしい。

「なんだ、レイコも来てたの…か…!?」

すると何故かホップは驚き、私を見てポカンと口を開けた。振り返るまで普通のテンションだったのに、急にモンスターでも見たような表情になって、とうとうニートがバレたかと焦る。

なに、身のこなしで無職を察したか…?これまで巧妙に隠してきたけど、ついにオーラで気付かれるまでになってしまったというのだろうか。
恐怖を抱きながらも、聞くしかない状況なので、放心するホップに声をかける。

「ど…どうした」
「レイコこそどうしたんだ!?パーティーか?」
「え?まぁ…そんなとこ」

彼の口振りから、何に驚いているかようやく気付き、私は自分の姿を確認した。

そうか…ニートのくせに小綺麗な格好してるから衝撃を受けたんだな。確かにホップと会う時はワイルドエリアで暴れ回れるよう袖を引きちぎった服を着てたし、危ない奴に絡まれないようモヒカンにしてたから驚いても無理はないね。
もちろん嘘だけど、とにかくアクティブな格好ばっかりだった。普段オールバックの人が髪を下ろすと印象が変わるのと同じで、ギャップに戸惑ったんだろう。私もバトルタワーでのお前の兄貴には驚かされたからな。イケメンすぎて訴えかけたわ。

喪女には刺激強すぎる罪の制定を待つ私に、正気を取り戻したホップは、両手を合わせて照れ笑いを浮かべた。

「驚いてごめん…でもレイコが大人の女の人だって忘れてたからびっくりしたぞ…」

いや24時間胸に刻んどけよ。重要情報だろ。
もしかしてこれまで出会ったクソガキ達も私が清く美しい大人のお姉さんだって事を忘れてんの?と思い至り、どうりで舐めた態度を取ってくるはずだと撃沈した。ホップでさえこうなんだ、グリーンとかはニートを人間とみなしていない可能性さえある。人権を忘れられた哀れな無職は肩を落とし、そんな私を見て、彼は慌てながら弁解した。

「ほ、ほら!だって…今までレイコとはチャレンジャー同士で…友達でライバルだったし…」

え?過去形なの?せめて友達関係は現在進行形にしてもらわないと泣くんだけど。

「でも、レイコだって大人なんだもんな…」

なんだか急に立場が違うと気付かれたみたいで、私は慌てた。確かに私は大人だが、大人とか子供とか以前に人間性が底辺のクソニートなので、そんな理由で距離を取ってほしくなかったのだ。

無職とか信じらんないしもう付き合いたくないぞ!って言われるんならまだいい、でも大人だからってそんな…距離を感じなくてもいいじゃんか!私も自分より年上の人だろうとわりと舐めてかかってるところあるし!それは改めろよ。

フォーマルな衣装を着ただけで大人扱いされるのも複雑だな…と遠い目をしながら、私は口を開く。
確かに大人か子供かは大事な線引きだし忘れてはならない事だが…友人関係においてそれを適用するのはちょっと悲しいって私は思うよ。ホップがよそよそしくなったら傷付くし、元々少ない友達がさらに減ってつらいしさ。

「そうだけど…でもホップと友達でライバルなのはこれからも変わんないから、あんまり気にしないでよ」

少なくとも私は気にしねぇ。本当に困ったらホップが子供なのも構わず金を借りたりすると思うわ。ただのクズじゃねーか。
そんなクズの本懐を知る由もないホップは、私の言葉で培った友情を思い出したのか、すぐに笑顔を取り戻し大きく頷く。

「そうだよな!」

根明の本質を取り戻したホップに微笑み、ついでに友情を利用して腕を差し出した。

「ところでこのブレスレット付けてくれない?」
「え?」
「上手くできなくて…」

恥をしのんでお願いすると、仕方ないな、と笑いながらホップはブレスレットを受け取った。言っとくけどガムの包み紙で鶴を折れるくらいには器用だからな?と謎の負け惜しみを言いつつ、金具と肌が触れ合う感覚にくすぐったさを覚えて身をよじる。

「難しいぞこれ…」

どうやら金具が固いのも相まって、なかなかの難易度になってるみたいだ。苦戦するホップを応援し、エール団の真似をしていたら気が散ると怒られた。ごめんて。
静かに見守っていると、ようやくホップの手が離れ、金属の感触だけが腕に残った。

「できた!」

満足げな彼の声に、私は手首を目の前まで持っていく。いつもデカいダイマックスバンドがある位置に宝石が輝いていて、何だか不思議な心地だ。
考えてみればメガバングルとかメガリングとかZリングとかずっと装着させられてたからな…お洒落なブレスレットなんて久しぶりだぜ。七五三の前撮り以来かもしれない。それはねぇよ。

私もいい大人なんだし、たまには洒落た服を着て洒落た小物を付けるのも悪くないかもね。まぁ着たところで家に引きこもるだけだけどな。無意味。
でも今日は友達が見てくれたから意味がある!

「ありがとう」

絶世の美女と化した私を見てくれてサンキューな。もう二度とないかもしれないから是非これを目に焼き付けて生き証人となり、そして永遠に語り継いでいってほしい。兄を倒したチャンピオンは世界三大美女に引けを取らない美しさだったと…。盛りすぎだろ。

気分よく微笑みを向けると、ホップは呆気に取られたように瞳を見開き、そして何だかよくわからない事を口走って後ずさった。

「やっぱ俺今日はちょっと駄目かも…」
「は?何が」

顔を覗き込んだら、ホップは少し頬を赤らめ、露骨に距離を取る。目を合わせようとしない彼の挙動不審さに首を傾げ、徐々に熱を帯びていくブレスレットに、私は気付かないのだった。

「照れる!」

それだけ言うと、ホップはせっかく来た研究所から走り去って行った。私はどうリアクションすればいいかわからず呆然とし、しばらくしてから段々とくすぐったくなって、ブレスレットを無駄にジャラジャラ構ってしまう。

な、何だったんだ…。こっちが照れるわ…レイコが美しすぎて直視できないなんて言われたら…そこまでは言ってねぇよ。
都合よく脚色したけども、まぁ大体似たようなもんだろう。この分じゃ真の友人関係になるのはもう少し先になりそうだなと思い、慣れてもらうためにも、日頃からフォーマルに身を包む事を検討する私なのであった。