オリジナル・ラブ

その日、人類は思い出した。
私にはミーハーの母がいることを。その母の誕生日が近いということを…。

私の名はレイコ。ガラル地方をうろつくニートレーナーだ。
スタジアムで大々的にジム戦が行われるこの土地で、ジムリーダーやチャレンジャーはスター的存在である。カントーや他地方とは比べ物にならないほど人気を博し、グッズやレプリカユニフォームも数多く売られていた。

今は東京五輪に夢中な母も、私がガラルにいると知れば、どうせユニフォームを買ってこいと言う事だろう。本当にミーハーだからな。ラグビーW杯を観に行ってたと思えば世界野球にも行ってるし、嵐のファンクラブにも入ってたりで、私より各地を飛び回ってる疑惑がある。ニノロスで少しは大人しくしてくれてりゃいいんだけどな。

そんな母がもうすぐ誕生日だ。普段何もしてないし、たまには贈り物でもしようと気まぐれを起こして、とりあえずジムリーダーのユニフォームは七着確保できた。しかしネズさんのレプリカユニフォームだけは売り切れで、入荷は少し先になると言われてしまい、悩んでいたらマリィが助け舟を出してくれた。スパイクタウンにあるものを譲ってくれると言うのだ。

やっぱ持つべき者はジムリーダーの妹だね。ミーハーなだけで別にネズさんの大ファンってわけじゃないんだけど…と正直に伝えても快く承諾してくれたわ。優しすぎるだろ。町をあげて応援したくなる気持ちが大いにわかった。
私もまともな家族が欲しいもんだよ…と癖の強すぎる両親を憂いながらスパイクタウンに行くと、マリィより先にネズさんに出会った。面倒事を頼む気かと疑われたので、隠すのもダルかったから正直に伝える。

「マリィにネズさんのレプリカユニフォームを貰う約束してたんです。売り切れだったもんで」

人気ですね、と茶化すと、彼は気怠そうに頭を掻く。

「なんでマリィに頼みますかね」
「いや…本人に言うのも厚かましいかなって…」

そもそもマリィにだって頼んだわけじゃない。たまたまスタジアムのショップで会った時に、ネズさんのユニフォームが売り切れだった事を伝えたら、流れで譲ってもらえる事になっただけだ。そんないきなり突撃して、ユニフォームくれ!なんて言うわけないだろ。こっちは慎ましいニートなんだよ。

まぁくれるって言ったから貰うけどな…と図々しくスパイクタウンまでやってきたけれど、マリィは来客中ですぐには来られないらしい。待っているところをネズさんに捕まって駄弁っているというわけだ。
別に面倒事に巻き込む気はないし私だって巻き込まれたくねぇよ的な態度でいると、ネズはまじまじと私を見たあとで、まともな事を言った。

「サイズがないかもしれませんよ」
「大丈夫です。着るわけじゃないから」
「そうですか」

納得したネズに、一応用途は説明しておいた。雑巾にでもしますかね?とか言われる前にな。

「母の誕生日にプレゼントしようと思って」

健全すぎる理由を、ネズは感心も茶化しもせず、ただいつものように虚な眼差しで私を見るだけだった。興味なさそうな態度につい苦笑したが、態度とは裏腹に何かがネズの心を動かしたようで、予期せぬ展開が訪れた。

「じゃあ俺から一着あげますよ」
「えっ」

マジで?なんで?いや別にいいけど。催促したわけじゃない事だけは主張させてくれ。
マリィの手を煩わせたくないって事かな?と推察し、ちょっと待っててくれと言われた私は、おとなしくその場で待機した。まさか自ら面倒事を引き受けてくれるとは思わず、何だかんだと世話を焼いてしまう彼の性質に笑ってしまう。

見た目はあれだけど…普通にいい人なんだよなネズさん。歌も上手いし責任感もあってさ。私にもあんな兄貴がいたら人生変わってたかもしれないけど…残念ながら身内はミーハーの母とイカレた親父のみである。非情な現実に打ち震え、落ち込んでいる間にネズは戻ってきた。目に刺さるピンクと黒を渡された時、表を見た私は衝撃の光景に目を見開く。

「えっ!さ、サイン書いてくださったんですか!?」

マジかよ!サイン入り!?サービスが過ぎるぜ哀愁のネズよォ!親切のネズに改名した方がいいんじゃないか!?
まさかの気配りに、私は感動した。と同時に恐れもした。こんなに良くしてもらって、タダで済むとは思えないからだ。

どう考えても非売品じゃん…!値段のつけられないようなものを渡されて…どうしたらいいんだよ…!臓器売るか?私の心臓がほしいのか!?

「お、おいくらですか…」
「いりませんよ、そんなの」

するとネズはすぐにそう言ってくれたが、さすがにそれは厚かましすぎる気がして、私は神妙な面持ちで唸った。だってそんな…サインだぞ?コピーじゃない、いま本人が書いてくれた直筆のサインなんだよ!貴重どころの話じゃねぇだろ!

気が咎めすぎてフリーズしていると、ネズは濃いメイクの奥で穏やかに微笑み、重い私の心を軽減させた。

「マリィとも仲良くしてもらってますしね」

そんなにでもないけどな。今後はめちゃくちゃ可愛がらせてもらうわ。

「ありがとうございます…母も喜びます…」

優しいネズに頭を下げ、この御恩に報いるためマリィのためなら何でもしようと兄に約束した。それくらいの価値がある。このサインだけでなく、ネズの親切心の価値だ。

本当に優しいじゃん。神〜。なんか感激したからiTunesストアでネズさんの曲ダウンロードしよ。顔は暗いが心は温かいネズへの好感度が爆上がりし、私はようやく最後の一着が手に入った喜びで、ホッと胸を撫で下ろす。

「これで全部揃った…」

安堵のあまり独り言を呟くと、ネズは私を振り返って首を傾げた。

「は?」
「いや、他のユニフォームは買えたんですけど…これだけ売り切れで困ってたんです。本当に助かりました」

再度頭を下げ、やっとあの大荷物を郵送できる喜びに息をついた。
さすがにユニフォーム何着もあるとグッドルッキングガイくらい嵩張るわー。ついでに親父に頼まれてた資料とか入れたらやたらでかい箱になっちゃって、ホテルに置いとくの邪魔で仕方なかったんだよな。
やばくなりそうな送料の事はとりあえず忘れ、あとはマリィにこの事を伝えて帰ろうと考えていると、ネズが私の前までやって来て意味深に溜息をついた。

「…レイコ」

何となく不満げな声色だと察し、もしや返却しろと言われるんじゃ…?と危惧した私は、思わずユニフォームを強く抱える。

「そこは嘘でも俺だけだって言うもんですよ」
「え?」

脈絡がわからず固まっている間に、ネズさんはさらに言葉を続けた。

「俺は君だからあげたんですしね」

そこまで言われてようやく理解した。確かに無礼千万だったかもなと己を顧み、でもネズさんに言われた事が少々意外で、気の抜けた声が出た。わりと常識ある人だもんな、見た目のわりに。

「そういうもんですか…」

他の誰でもない、ネズさんのユニフォームだから欲しいんだよ!的な態度を取るのが正解だったってことね。もしくは最初からミーハーの母である事を言っておけば良かったんだな。どちらにせよ譲ってもらえただろうが、印象が違ってくるという意味だろう。
それは気が回らず申し訳ない…と苦笑し、忖度の難しさをニートは痛感した。すまねぇな、こっちはポプラのクイズで88歳を選ぶ正直な人間だからよ。

別に気を悪くした様子はないので、親切のネズとしての助言だったに違いない。確かに私だってサインを求められた時、有名トレーナーなら誰のでもよかった、とか言われたらブチギレるだろうしな。気が短すぎるだろ。
しかし短気でも助言はすぐに受け止められるので、私はネズに声をかけた。

「じゃあもう一着くださいよ」
「はぁ?」
「私も欲しいし」

わけがわからないという顔をするネズへ、早速教えを実践する。

「ネズさんのだから欲しいんですよ」

ジムリーダーをマリィに譲ったらレプリカユニフォームも入れ替えになって手に入らなくなるし今のうちにな、などという空気の読めない事は言わず、私はネズにお願いをした。

ネズさん普通にいい人だし、これ着て今度ライブに行くのもいいかもしれない。この風貌のわりにやべぇ歌ってわけでもなかったからさ。せっかく知り合ったんだ、敵の撹乱以外の目的でもちゃんと聴いてみたいとは思うよ。

ついでにサインもしてくれ、と厚かましい頼みをすれば、ネズは心底呆れたように首を振って頭を掻いた。そしてまた何か教訓をくれたようだが、これに関しては最後まで何の意味かわからず、私の心を燻らせるのだった。

「きみ…悪タイプもびっくりの小悪魔ですね…」
「はあ?」

天使な小生意気と言われた私を捕まえて…小悪魔?何の話だよ。
どういう意味ですかと問い詰めたけどネズさんは何も言わずに去っていき、あとでやってきたマリィがネズのサイン入りのユニフォームを持ってきたので、わけがわからないまま受け取るしかない私であった。