「む、ムシャーナ!」
引きつった悲鳴を聞いた私は、ハッとして目を覚ました。
すぐさま起き上がり、なに!?と辺りを見回して、ぼやける目を擦る。
なに!?何事!?何の声よ!?
すっきりしない頭のせいで、私はすぐに状況を把握できない。まずここはどこだ…と目を細めた時、やっと全てを思い出し、これまでの出来事が走馬灯のように駆け巡った。
そ、そうだ…!
ムシャーナが夢でフラグ乱立の今夜部屋を取ってある施設!
いろいろ混乱したが、私はいま新施設の打診に来ていたんだった。それだけなのにとんでもない目に遭った気がするが、覚醒すると徐々に記憶が薄れてくる。
なんか…すごい怒涛の展開が起きまくる夢を見た気がするんだけど…どれも衝撃すぎて逆に忘れたわ…。強すぎる刺激は毒となり、ぼんやりとレストランの光景だけが脳裏に浮かぶ中、意識を保つべく首を振った。
いや今はそれどころじゃねぇ、そんな事より謎の悲鳴だよ。
慌ててメルヘンベッドから周囲を見回した私は、店のオーナーとムシャーナの姿を確認し、そしてすぐに様子がおかしいことに気付く。
「ムシャーナ…!しっかり…!」
床でヤムチャのようにぐったりと転がるムシャーナに、オーナーが駆け寄ってその球体を揺さぶっていた。シャトルラン走り切った奴みたいに力尽きた姿は、心なしかげっそりしている。
ど、どうしたんだムシャーナ…さっきまで私に催眠術をかけまくっていたんじゃなかったか…?
施術中に一体何が…?とベッドから飛び降り、すやすや眠っていただけの私は状況が飲み込めず、オーナーへ聞き込みを行なっていく。
「ど、どうしました…!?」
まさか催眠術のPP切れ…?と駆け寄れば、私の起床に気付いたオーナーはハッとした顔でこちらを見上げ、額から冷や汗を流した。そして神妙な顔つきになると、何故か目の前で合掌をする。
「さすがチャンピオン…凄まじい精神力ですね…」
「は?」
いきなりわけのわからない返答が来て、私は思い切り眉をひそめた。どうかしたかと聞いたのに精神力の凄まじさを語られて、意味がわかる奴の方がおかしいだろう。
いや何の話だよ。会話をする努力してくれよ。
こっちは寝起きで機嫌悪いんだぞ、と最悪の人間性を披露していれば、立ち上がったオーナーは静かに説明を始めた。ひとまずムシャーナは休んでおけば大丈夫らしい。眠り始めた巨体に布をかけ、なんだか通夜みたいな空気になっているが、気にせず椅子に座り込んだ。寝ていたはずなのに異様な疲労感があり、立っていると体が怠い。
何この倦怠感。私がニートなのを差し置いても体重すぎなんだが。
「たまにいるんですよ、自我が強すぎて催眠術と力が拮抗してしまう方が…」
語り出したオーナーを尻目に、私は疲れた体を伸ばし、実家のように寛いでいく。少しは遠慮しろ。
まだ話の本筋は見えないが、ムシャーナは普通に催眠術を施していたみたいだ。私も術にかかっていた記憶があるし、なんかこう…様々な地方の男という男と対面した覚えがなくもない。それと何か関係があるのか?と首を傾げれば、段々核心に近付いていった。
「ムシャーナは恋愛方面に貴方の意識が向かうよう導いてたと思うんですが…それに抗うチャンピオンの精神が強すぎて、力を使い果たしてしまったんです」
あっ、私がムシャーナをこんな風にしちゃったって事?寝てただけで!?
ようやく理解が及び、私は哀れなムシャーナを二度見した。本来なら順調に効くはずだった催眠術が、私の体質のせいで上手く通らず、いつもより余分に力を使って疲れ果てた、と…そういう事なんですか!?
全くの無意識だったというか、そもそももはや記憶も曖昧なので、何が何だかわからず呆然とする。
寝てるだけで人に迷惑をかける、これがニートか…。私は少し申し訳なさを覚えながらも、いやでも勝手に恋愛ジャンルを指定したのはそっちだからな…と秒で開き直った。つまり私が恋愛の概念を喪失してるからそもそも術が効きにくかったみたいだ。鈍感夢主力が強すぎたって事かな?うるせぇよ。
今度からは客の要望をちゃんと聞くんだぞと上から目線で考える私をよそに、オーナーはゲンドウポーズで一人深刻な表情を作る。どうやら滅多にこんな事は起きないらしく、彼女の中では思い詰めるに値する出来事だったようだ。
「ムシャーナがこんなに疲れ果てるなんて…」
「なんか…すいません…」
「いえ…こちらこそ…無理に恋愛を押しつけてしまって…」
本当にな。現実世界だと疲れるから仮想空間でリングフィットアドベンチャーをさせてほしかったですよ。
性根まで腐ったニートの私へ、オーナーは深く頭を下げたあと、何故か菩薩のように悟った表情を浮かべた。チャンピオンに向かってなんだその顔は…と口元を歪めずにはいられない。
そしてわけのわからない台詞を紡がれて、さらに顔面を険しくさせてしまうのだった。
「こんなに抗うってことは…チャンピオン…余程強く想ってる方がいらっしゃるんですね」
「はぁ?」
いねぇけど、と言いかけたと同時に、オーナーはすぐ違和感に気付く。
「でもおかしいな…そんなに好きなら、真っ先に夢に出てくるはずなのに…」
だからいねぇんだよ。今一番熱い気持ちを向けてるのはリングフィットアドベンチャーだっての。
不思議な現象に首を傾げるオーナーだったが、原因究明よりも重要な事を見出したようで、眠るムシャーナを撫でながら、こちらに顔を向けた。力強い瞳が私を捉え、何故か決意を表明する。
「…私たち、もっと修行します。今日はありがとうございました」
「あ、はい…」
必ずパワーアップして帰ってくるからね!的な雰囲気を醸し出し、オーナーは私を出口まで見送った。あれよあれよという間に退出させられた私は、しばらく呆然と入口前で佇み、ぼーっとしたのちに我に帰る。
何だったんだ一体…結局私…何しに来たんだっけ?
起きたばかりですっきりしない頭に加え、あの施設はオープンするのかしないのか、させていいのかいけないのかわからず、全てを放棄したくなる。
もう…いいか、何でも。報告書には私が鈍感夢主すぎて催眠術の実験台には向かなかったと書いておけばいいや。よくねぇよ。
ちょっとコーヒーとか飲んでから考えるか…と歩き出し、何だかすごい体験をしたはずなのにもはや1ミリも思い出せず、疲労感だけが残る体を早く落ち着けたかった。
何だろうこの謎の感覚…どんな夢見せられたんだろうな…効きが悪くてそんなに露骨な内容にはならなかったみたいだが、恋愛に馴染みがなさすぎて想像すらつかないぜ…。何故なら私はニート、食う寝る堕落の三大欲求で生きる新人類なのだから…。
「あ」
そこまで考えてハッとした。さっきオーナーが言っていた言葉の答えが突如として舞い降り、まさか…と冷や汗を流して足を止める。
強く想ってる人などは特にいないが…もしかして…ニートへの強い思いがありすぎて…恋愛感情を凌駕する堕落を披露してしまったのでは…?
夢の中でさえだらけたいのかよ!と自分で思っていた以上のクソデカ感情に衝撃を受け、催眠術を妨害するほどの無職力に、呆れるやら誇れるやらで複雑なレイコであった。
この調子だと…夢でさえリングフィットアドベンチャーもできなさそう…つらいね。