「よぉ、レイコ。探したぜ」
そうグリーンに話しかけられた時、もはや人目を気にせずカフェで二時間YouTubeを鑑賞する事は不可能なのだと察した。知り合いが誰もいない街である事がパシオの良さだったのに、完全にその美点は失われ、ただのニートできる街へと成り下がってしまっている。充分いい街じゃねーか。
屋敷にいるとライヤーに面倒事を押し付けられそうだったので外に出てみたが、これじゃどっちがマシだったかわかりゃしない。ここでは完全他人のグリーンに声をかけられてしまった私は、二杯目のタピオカミルクティーをテーブルに置き、動画を一時停止して応えた。
「なんか用?」
普通にいつもの調子で返事してしまった。ここでは他人だっていうのに。いやどこでも他人だけども。
ていうかグリーンに対して他人行儀に喋るのって難しくね?どうやんの?クソガキ対応しか知らない私は困惑していたが、グリーンは特に気にせず話を続けた。そして勝手に向かいに座られた。他人とは思えぬ傍若無人さよ。
「お前、来週から始まる地方対抗戦にエントリーしてるんだろ?」
してないね。知らない行事すぎる。ここではリントの言葉で話してくれないか?
突然そんな事を言われてスペースキャットになる私は、肯定も否定もせずただ黙るしかなかった。グリーンがそう言ったという事は、恐らくエントリーされているんだろう。ライヤーが勝手にしたパターンだ。ふざけんなよ成金。知らぬ間にポリゴンフォンにリマインダー登録するのやめてくんないか?財力と太平洋を跨ぐほどの長い脚がなかったら何も許されてないぞお前は。わかってんのか。
慌てて端末を確認すると、確かにエントリー済み、チーム未登録となっている。おのれライヤー。歯が砕けそうなほど食いしばりながら怒りを鎮め、何とか平静を装い、私はグリーンに無表情で頷いた。するとクソガキ顔で笑ったグリーンは、好都合と言わんばかりに身を乗り出して私を勧誘する。
「カントー出身だったよな?どうだ、俺と組まないか?」
新鮮すぎる。グリーンが私の出身地も知らないなんて。本当に他人なんだ、クソガキ時代に出会わなかった世界線こうなんだ。いや今もクソガキだけどな。
味わった事のない感情に戸惑いつつ、その瞬間、突如として私の脳に閃きが走り、二つ返事で了承するに至った。
「別にいいよ」
「よし!決まりだな」
喜んでやがる。他人のグリーンの方が可愛げがあるかもしれないぞ。
「お前と一緒だと面白くなりそうだ」
燃えるグリーンをよそに、私には思惑があった。
二つ返事で了承した理由、それは、リーフの家の場所が知りたいからであったのだ。
マジでマサラのどこにリーフの家が入り込む隙間ある?絶対ないだろ、土地足りないって。
しかしいきなり、リーフの家ってどの辺?と聞くのも不審すぎる。ゆえに、何とか自然な流れに持っていって聞き出せないだろうかと考えたのだ。グリーンとチームを組んでいればいつか尋ねるチャンスが訪れるはず。あわよくばマサラの写真が見たい。本当に私の知ってるマサラなのか?もしかして全然違う土地なんじゃないのか?カケルとアユミも恐らく別のパラレルマサラから来ていると思われるので、グリーンとリーフの住んでいたマサラもド田舎ではない可能性が捨て切れない。気になる。気になりすぎる。気になって夜と昼と朝しか眠れない!
何故こうもマサラに興味を惹かれているのか知らないが、私は好奇心の赴くままに早速話を切り出した。
「グリーンの家ってマサラなんだっけ」
「ああ」
「静かでいいところだよね」
心にもないことを言った。こんな大嘘をついたら地獄に落ちそうだ。
「まぁなんにもないけどな」
褒められて照れたのか、グリーンは本当の事を言って目を逸らす。
やはりマサラには何もない、地元の奴から見てもそうなら私の知ってるマサラと同じなんだろうと思う。だったらリーフの家は…リーフの家はどこなんだよ!もう気が狂いそうだよ。グーグルのストリートビューで見ればいいと思うかもしれないが、マサラのド田舎にグーグルカーは入れない!
「レイコは?」
「えっ?」
田舎の風景で頭がいっぱいになっている時に話しかけられ、一瞬意味がわからなかったが、すぐに文脈を思い出し姿勢を整える。
「私はヤマブキ…」
マサラ人の前で大都会の名を出す事は躊躇われたが、本当にグリーンが何も知らないのだと思うと素直に込み上げるものがあった。
私の事を全然知らないグリーン…不思議すぎる。こっちはオーキド以上にお前の成長を見守ってきたというのに…。まぁでもこれでいいのかもしれないな、同世代の子達と切磋琢磨する青春。思春期手前でダウナーニートお姉さんに性癖を狂わされるより絶対いいだろ。
後方腕組み奴になりながらグリーンの健全な人生を祝福する私であったが、次の彼の言葉で感情のビッグウェーブが起き、ビーチのサーファー達を混沌の渦へと追いやっていく。
「ヤマブキか!ロケット団がシルフを乗っ取った事があったよな。あの時はレッドが…」
知らない思い出話をするグリーンに、さすがに私の中の若旦那も騒ぎ出すしかない。
いやそれ俺!俺!俺俺俺俺!Ah〜〜〜〜真夏のJamboree〜〜〜〜〜!!
シルフのロケット団追い払ったの俺!解散させたのも俺!ポスターの裏のスイッチ押したのも俺!全部俺!キャスト全部山寺宏一くらい俺!私の中では全部俺なんだよ!
己の功績が他人のものになっている世界に、私の不満は最高潮に達した。
癪すぎる。このパシオでは数人が個別にやってる世界救い事業を私は全部一人でこなしたってのに、あの苦労も全てなかった事になるわけ?理不尽すぎるパシオ。ゲームコーナーの地下でくるくる回ったり、怪電波を止めたり、マグマの中に突っ込んだり、干上がった湖で跳ねるコイキングを水辺に運んだり、観覧車で変質者に絡まれたり、残念ですがさようならを止めたり、フォトンゲイザーで死にかけたり、ブラックナイトの隠蔽を暴いたり、泥団子投げまくったり、AIと戦ったり、人間梯子登ったりした事もみんなやってない扱いされるの腑に落ちないわ。誰かいないの?私と同じ世界から来てる奴はいないの?最強ニートレーナーの私を知ってる奴はいないの!?
ここで我に返った。いやいなくていい、知り合いがいたら自由に遊べないし、実力を知られたらいろんな場に駆り出されてしまう。不条理な世の中を耐え忍び、物言わぬニートとして過ごすと決めたじゃないか。
いやでも知り合いいなくてもこんな風にゲリラ的にグリーンに声かけられて謎のバトル大会に誘われるよな?もはや大人しくしてても無意味なんじゃないか?最近は本当にこういう事が増えた。何らかの大会のチームに誘われたり、一人でうろうろしてたら声をかけられたり…。まさかもうすでにおひとり様時間は終わってるというの?俺のニート人生、ここで終わりかよ?
いや終わらねぇ。人の夢もニートの夢も終わらねぇ。
リーフの家さえ探ったらあとはもう引き篭もろう。外に出ず、ライヤーに小言を言われながら暮らしていこうよ。そう決意するクズの私を、不意にグリーンが意味深な眼差しで見つめた。一瞬不届な思考を見透かされたかと思い心底焦った。
「レイコ」
急にガチなトーンで名前を呼ばれ、つい真顔になる。
「お前がすごいトレーナーだってこと、見てたらわかるぜ」
「えっ?はい…」
なに突然。誰も私の功績を知らなくて内心不貞腐れてたのがバレたのか?
そりゃ私のすごさは破壊光線一発の威力ですぐにわかると思いますが…とは言えないので黙って身構える。今ここで戦えと言われそうな雰囲気に慄く私だったが、次のグリーンの言葉で別の冷や汗が背中を流れた。
「どうしてか、お前にはいつか絶対勝たなきゃって感じるんだよな」
鳥肌立った。私の知るクソガキグリーンと他人のグリーンがダブって見え、咄嗟に首を左右に振る。
なんだそれは。また大宇宙の記憶!?いいよ勝たなくて!勝てないし!気のせいだし!数回しか会ってない人間にそんなこと感じるのおかしいと思うよ!よく考えて!なんか違ったかもって思うはずだから!思い直してみて!
妙な事を言うグリーンに焦る私だったが、一度落ち着いて深呼吸をし、タピオカミルクティーをダイソンの如く吸引した。
いや大丈夫、そりゃポケモントレーナーたるもの強い奴には勝ちたいって思うのは当然だよなぁ?知らんけど。そういう意味だよ。深い意味も大宇宙の意思もない。強いトレーナーが強いトレーナーに勝ちたいと思った、それだけのこと。
己を納得させながら、強敵を前にテンションを上げるグリーンを、妙に緊迫感ある表情で見つめざるを得ない。
「そのためにも今は共闘だ。お前の手の内見せてもらうぜ」
「お好きにどうぞ…」
無意味にタピオカを混ぜたりしながら、クソガキグリーンと他人のグリーンが私の中で重なり、ついつい減らず口を叩いてしまうのだった。
「どうやっても勝てない事がわかるだけだよ」
他人相手にイキりすぎだろ。難しいよグリーンに他人行儀に対応するの。マジでわからん。うっかり絶対王者の態度を取ってしまうのやめなくちゃ…痛い奴だって思われちゃうよ…でも事実絶対王者だからどうすることもできないよ…。きっと謙遜の心を自分の世界に置いてきてしまったんだろうな。元からない事は言うまでもない。
痛い奴と化した私から一線引きたくなったかもしれないと思いきや、逆にグリーンは笑うと、私をおもしれー女と認定したのか、バッチリ好印象を与えてしまったようだった。
「お前みたいな奴がパシオに来てくれてよかったぜ」
なんか気に入られてないか?こんな痛女のどこに気に入る要素あったんだよ。私の顔が美しいからか?ならば仕方ない。美しさは時に全てを凌駕するからな。
寝言を言うニートを勧誘すること以外、他人のグリーンには私に用などないらしい。そのまま席を立つと、退散しそうな雰囲気だったので、露骨にホッとした表情を浮かべてしまった。いまだにこちらが一方的に知っている状況の相手とどう接したらいいかよくわからないからだ。うっかりバイビーボンジュール煽りをしないように気をつけないと。
「あと一人はお前が誘っていいぜ。ま、俺様の人脈で探してやってもいいけど」
パシオのバトルは基本三対三のチーム戦である。つまり大会に出るにはもう一人必要なので、そのチームメイトを私に選ばせてやると言っているらしい。新参の私が心許せる奴を選べよという心遣いなのかもしれないが、残念ながらそんな気遣いは不要だ。何故なら私には友達がいないから。ましてやカントー地方出身者に絞られるとほぼ詰みである。
「じゃあそうしてよ、人脈ないし私」
誰と組んでも最後に立っているのは私だからな、グリーンが戦いやすい奴を選んだ方が良いのではないだろうか。ガチガチパワー系の私は目の前の敵をなぎ倒すのみ…チームプレイなど縁遠い言葉である。協調性を生み出せないから引きニートなのだという事を忘れるなよ陽キャ共。
しかしここで思い出した。私にはリーフの家を探るという目的があった事を。
そうだ、情報を集めるにはマサラの奴をチームに加えるのが一番早いだろう。グリーンに尋ねると理由を根掘り葉掘り聞かれて不審がられそうだし、口の固そうな、というか無口な奴に聞くのが最善なんじゃないだろうか。まぁマサラ出身者なんて他に誰もいないけど。オーキドくらいしかいないけど。
「ちなみにレッドなんかはどう?」
「なんでだよ」
シンプルに提案した途端、何故か間髪入れずに反応され、私の方が驚愕した。いやお前が私に選んでいいって言わなかったか?と殴りかかりそうになる拳を抑え、アンガーマネジメントもできないニートは目を血走らせる。
別におかしな事は言ってねーだろ、何故にそんなすぐ反発されなきゃならないんだよ?グリーンといえばレッド、レッドといえばグリーンなのが初代からポケモンやってる者の感覚でしょうが。
納得いかない私であったが、何故かグリーンも納得いかないように目を細めており、挙句わけのわからない突っかかり方をされた。
「いつの間にレッドと仲良くなってんだ?」
「いや…私よりもグリーンの方がそうでしょ、幼馴染なんだし…」
何の話をしてるんだこいつは?チームを組むだけで何でそこまで飛躍してんだよ。
ちなみにレッドとはこれまで一切会話をしてない。私が一方的に声をかけ、相手はずっと会釈のみである。どうやって仲良くなるんだよ。ドラムみたいに林原めぐみの声で翻訳してくれよ。
段々と面倒臭くなってきたので、溜息混じりに匙を投げ、じゃあもう得意の人脈で集めてきては?の顔をした。
「嫌なら他の奴でもいいけど」
「別に嫌って事は…」
そう言ったあとに考え込む仕草をしたグリーンは、なんだか自分でも何がしたいのかわかっていないような雰囲気だった。さっきまでの威勢の良さが失われると逆に心配になり、大丈夫かこいつと顔を覗く。
一体何事なんだよ、レッドの話になった途端にフキハラ男になっちゃって…。単なる対抗意識か?自分よりもレッドへの食いつきがよかった事が気に入らなかったか?いやでもそんな奴ではなくないか、このパシオ時空のお前は。ポケマス一番くじのA賞になるほどレッドが人気人物だと理解しむしろそれにライバルとして鼻高々な印象さえ受けるお前が、私がレッド推しだったくらいで機嫌悪くなるわけないだろう。まず推してないし。会話もしてないし。
「…なんか変な気分だな…」
そう呟くと、自分でも妙な態度を取っている自覚があるのか、グリーンは首を傾げて考え込んでしまった。
え?まさか大宇宙の意思じゃないよな?と肝を冷やした私と目が合ったとき我に返ったのか、グリーンはそれ以上泥沼に嵌るのをやめ、バイビーポーズで別れを告げるのだった。
「まぁいいや、とにかく考えておけよ」
いやだからレッドでいいって。なんで結局却下なんだよ。でなきゃオーキドしかないじゃん。この私がオーキド博士に、リーフの家ってどこですか?なんて聞けると思うか?無理だよ。レッドにしてくれ。頼むからレッドにしてくれ。タウンマップ持っていってリーフの家の場所指差してもらうから。レッドとのコミュニケーションはそれだけで十分だから。
結局何だったのかよくわからないまま私はタピオカを噛まずに飲み込み、やはり大宇宙の意思が存在するのか?という恐ろしい疑念を抱え、限界まで眉根を寄せる。
全ての世界線のグリーンの記憶がこの大いなる宇宙を漂い…潜在意識として存在しているのだとしたら…それはまずい事になる。ダウナーニートお姉さんに性癖を歪ませられた記憶を脳波がキャッチしてしまうのもまずいし、何より困るのが、私が自堕落ニートである事をパシオが周知してしまったら本当にまずい。
今のところ謎のトレーナーみたいな面してライヤーの屋敷に居候して体裁を保っているが、無職と知られてしまったらもう恥ずかしくて本当に外歩けなくなっちゃうよ。ニートにはなりたい、しかし世間体は守りたい我儘ボディなんだよ。
やはり正体がバレる前に帰るしかない。フーパのご機嫌を取って家に帰してもらわないと…土下座したら折れてくれるだろうか?プライド捨てすぎだろ。
しかしそんな私にも、帰るまでにどうしても成し遂げなければならない事がある。それはもちろんそう、リーフの家を探る事であった。
絶対突き止めてやるからな。過疎地マサラの真相を解き明かしてやる。直接本人に聞けばいい事には特に気付かない私であった。